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【次世代農業】
次世代農業の“芽” 第14回 植物工場技術の革新が促す生産者像・農地のあり方のイノベーション

2019年01月29日 古賀啓一


 トマトをモデルケースとした植物工場の技術革新が進んでいます。近年、品種に合わせた最適な生育環境に関する最先端の研究成果と、それを実現する環境制御技術の組み合わせにより、単位面積あたり収量(単収)を国内における単収の平均の5倍以上に伸ばすことも可能になってきました。そのため、「導入コストなどを含めて経営として成り立つのか」というかねてから指摘されてきた懸念についても、植物工場の設置場所やビジネスモデルに一定の前提を置けば、補助金等に頼らずとも経営可能と評価されるようになりました。既存の温室による施設栽培とは生産効率において一線を画した新しい植物工場技術が国内で拡大ステージに入ろうとしています。

 では、こうした植物工場技術はどのような拡大の方向性が考えられるのでしょうか。筆者は、特に植物工場技術の経営評価に携わった経験を踏まえ、「生産のみならず営業・販売を含む組織づくりができる生産者」が植物工場の経営者となり、「大消費地とアクセスのよい生産適地、現在は平野部で水田等が優占する日照条件の良い立地に植物工場(例えばトマトの植物工場は一般的に全面がガラスやビニールで覆われており、透過した太陽光を栽培に活用している)を集約する」将来像を提案します。これは、植物工場事業が成立する前提条件であるだけでなく、農業の産業としての強化につながると考えるためです。

 わが国で施設栽培の延べ面積が大きな品目は、トマト、ほうれんそう、いちご、きゅうりなどがありますが、これら以外にも、パプリカなど消費ニーズが高い施設園芸向きの品目があります。こうした品目の生産を支える農業生産者は高齢化が進み、近い将来の国内生産量の急減が懸念されています。また、露地栽培では気候変動が大きな影響を与えるようになってきたことなども考慮すれば、植物工場技術による農業生産の拡大を急ぐ必要があるのは間違いありません。

 現在、国内の植物工場はモデルケースや実証研究として散発的に立地している状況ですが、生産性のほか、川下との価格交渉力を向上させることまで考慮すると、数ha以上の規模で集積することが経営的には望まれます。

 ところが、生産・販売に有利な農地は、必ずしも施設園芸が集積できる状況にありません。わが国は、古くは年貢から戦後の食糧管理法まで、歴史的背景から全国的に水田本位で農地が形成されてきました。しかし、輸送や販路開拓の面で有利な大消費地にアクセスしやすい農地は、比較的保存が利く廉価な穀物ではなく、鮮度の影響を受けやすい野菜類等の生産が本来は適切で、安定生産可能な植物工場にとっては供給先確保の重要性がさらに高まります。また、人口密度の高い大消費地周辺に立地することで労働力を確保しやすくなる効果もあります。植物工場の経営者が、生産技術のみならず、こうした販売に有利な立地や労働力を活用できるようになることで初めて事業を成立させ、高い収益を実現できるようになるのです。

 実は、農業が与える環境影響の観点からも植物工場にはメリットがあります。農業は投入した肥料や農薬が外部に流出することなどによって環境に影響を与えています。加えて、植物工場は環境制御に化石燃料を消費しているため、露地栽培と比べて環境負荷が高いという見方があります。しかし、植物工場は肥料や農薬など生産資材の投入のみならず排出状況を徹底的に管理できます。農業以外の産業ではCSR(企業の社会的責任)として工場等からの排出を管理するのが一般的ですが、植物工場であれば同様の管理も可能なのです。農業生産の現場から外部環境に排出される物質について、海外ではNGOのネガティブキャンペーンの対象となった例も出てきており、農業の環境影響把握はこれからの農業経営においても無視できないテーマです。

 世界的な農薬規制の流れにも植物工場であれば対応できそうです。例えばEUでは、ハチの保護の観点からネオニコチノイド系農薬を規制することが2018年に決まりました。ハチははちみつ生産以外に野外の植物の花粉を送粉する役割が知られており、生態系の中の多くの送粉昆虫の代表として注目されていますが、EUにおいてハチの大量失踪問題(蜂群落崩壊症候群、CCD)が確認され、その要因のひとつとして問題視された農薬が規制されたのです。わが国の生態系の実態はEUとは異なるものの、農薬規制を世界の潮流に合わせる方向にあり、わが国においても規制が強化されていくことが予想されます。そうした状況にあって、使用した農薬が環境外に流出しにくい施設栽培についてはEUでも規制の対象外となっており、植物工場であれば引き続き安定的な生産を継続できると期待されます。

 これまでモデルケースとして点と点の形で作られてきた植物工場が面で展開するよう農業立地のグランドデザインから見直す、生産者が新たな需要開拓や販売方法の提案、労働環境整備といったビジネス的な工夫に自ら取り組む、そして、他産業のように環境保全の取り組みのようなSDGsの実現に自ら取り組むようになれば、農業の企業的経営を強化するのみならず産業としての農業の強化にもつながっていくでしょう。生産技術の革新を踏まえ、「農業生産者像」と「農地のあり方」にも、これまでの農業生産の延長ではないイノベーションが必要だと考えます。

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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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