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日本総研ニュースレター 2018年7月号

脳波データの産業用途への活用に関する期待と課題

2018年07月01日 松岡靖晃


脳波計測で自己状態を把握する時代へ
 脳科学分野の研究が進み、脳に対する理解が深まっている。1990年代から脳の解明研究が盛んになった米国では、2013年に政府が予算総額45億ドルの“The BRAIN(Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies) Initiative”を立ち上げた。国立衛生研究所と国防高等研究計画局、全米科学財団が中心としたこのプロジェクトでは、基礎的な脳機能や疾患の解明を組織横断で進めている。日本でも2014年に国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が“脳とこころの健康大国実現プロジェクト”を立ち上げ、脳の神経回路の構造や認知症等の精神疾患に関する診断法、治療法の確立に取り組んでいる。
 最近、これら実験結果や分析手法の蓄積が産業用途にも拡がりを見せ始めている。深い瞑想を手助けするポータブル脳波ヘッドバンドはその先駆けだ。脳波ヘッドバンドとモバイルアプリで構成され、脳波の変化に応じてリラックスを促す鳥のさえずりや波の音などの自然音を発生させたり助言を行ったりすることで効果的な瞑想状態を維持させる。価格も300ドル程度と個人用として手の届かない金額ではないため、ストレス解消や精神安定を瞑想に求める欧米のビジネスマンに人気のある商品となっている。また、企業向けには脳波を活用したマーケティングリサーチがサービス提供され始めた。被験者の脳波データ等の生体情報を収集・分析し、インタビューやアンケートでは表現できない被験者の「本音」を解釈し商品開発等への示唆として活用されている。
 こうした産業用途の脳波機器は、脳研究や疾患解明用途に活用する機器に比して装着のしやすさなど簡便さが要求される。そのため取得した脳波にノイズが入りデータ信頼度が低いという指摘はあるが、それでも利用者に価値が認められれば、産業用途市場が拡大する可能性は高い。産業用途市場も含まれるブレインコンピューターインターフェース市場は近年年率10%以上の成長で需要拡大しており、2022年には2,500百万ドルを超えると予測されている(「脳波ビジネス、BCIビジネス、市場開発に関する調査」AQU先端テクノロジー総研)。

効果測定が難しい事象の新指標として脳波に期待
 日本総研でも「創造性」に注目をした指標づくりを検討している。三上(馬上、枕上、厠上)がひらめきを生み出すとした中国の思想家もいたが、集中した活動から緩和に移行した状態の一部で創造的活動がなされやすいといわれることがある。ただしこれは経験則によるもので、どの瞬間が創造性を発揮している状態なのかを客観的に理解できる指標は今のところない。そこで我々は学術機関と協働で創造性を発揮している脳波状態を明らかにし、その状態を被験者にフィードバックすることで創造力を鍛えるプログラム開発の研究を進めている。
 脳の働きを解明・計測することでしか評価できない事象は創造性以外にも数多く存在する。これら事象に対する指標構築とその指標の活用しやすさが産業用途普及の鍵となるだろう。

利用者起点で快適に利用できる環境整備の重要性
 産業用途の商品・サービスの開発では、利用しやすさを追求するあまり、データの精度が低かったり、解釈にブレが生じたりすることが課題になる。データから分かることの限界についての説明や解釈の仕方など正確な情報提示を行い、利用者に誤解を生じさせないようにする必要がある。
収集する脳波情報の取り扱いにも注意を払うべきだ。脳波が様々な用途に活用され、利用者も拡大すると脳波データの適切な管理が課題になる。まずはブロックチェーン技術を用いた暗号化などの対策が考えられるが、将来的には「情報銀行」を使った管理など、時代の変化に合わせた対応が求められることになるはずだ。
 日々の生活を豊かに過ごすため、あらゆるシーンで自分の脳状態を把握しマネージするという生活スタイルが一般的になる時代が来るかもしれない。しかしサービスを安全に提供できる環境が整わなければ、利用者のニーズを満たしていても健全な市場創造は起こらない。夢のある脳波技術が生活に広く普及するよう、産業用途開発に合わせて周辺環境整備も推進していくべきだ。

※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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