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アジア・マンスリー 2018年10月号

軌道修正が進む「中国製造2025」

2018年09月19日 関辰一


中国政府はハイテク製造業に対する国を挙げた政策支援を一時的に弱めたため、設備投資ブームが終息に向かっている。これは、米中貿易摩擦の行方を展望するうえでも重要なファクターとなる。

■終息に向かう設備投資ブーム
好調だった中国の設備投資が転換点に差し掛かっている。2015年、中国政府はハイテク製造業を振興するために「中国製造2025」を策定した。その中で、①次世代情報技術(半導体、5GやAI)、②高性能NC制御工作機械・ロボット、③航空・宇宙用設備、④海上設備及びハイテク船舶、⑤先端軌道交通設備、⑥省エネ・新エネ自動車、⑦電力設備、⑧農業設備、⑨新素材、⑩バイオ医療を重点分野とした。同時に、情報化(情報通信技術と製造業の融合)、イノベーションの促進、品質・効率の向上、エコ(環境保護)の4つの項目で数値目標を設けた。政府は、消費や生産の各分野における多様なデータをIoT、センサー等で収集・蓄積し、ビッグデータやAIなどを駆使して分析することで、新規ビジネス創出や産業の活性化を図ることを狙っている。

中国製造2025が打ち出されると、中央政府は減税や補助金、低利融資などの優遇政策を重点10分野に対して実施した。地方間の企業誘致競争は熾烈を極め、破格な誘致条件が提示されるようになった。さらに、政府系ファンドを通じて巨額の資金提供がなされた。

これらの結果、情報化や製造工程自動化を中心に、2016年後半から民間企業の設備投資の伸びが加速した。象徴的な動きは、工作機械の輸入が急増したことである。リーマン・ショック後の4兆元の景気対策が設備投資の大幅増をもたらした2009~10年に匹敵する拡大ペースであった。

ところが、ここにきて工作機械の輸入が減少に転じた。2018年8月の工作機械の輸入台数は直近ピークの3月からたった5カ月で半減した。工作機械とは、機械を作るための機械であり、設備投資の先行指標である。工作機械の輸入減少は、中国製造2025に誘発された設備投資ブームが、いったん終息に向かうことを示唆している。

■過剰投資への警戒と対外関係改善に向けた地ならし
この背景には、中国政府が中国製造2025の軌道修正を図ったことが指摘できる。2018年5月には馬凱・副総理や苗圩・工業情報化部長らがリーダーを務める「国家製造強国建設領導小組」が、中国製造2025に対する地方政府の理解不足を指摘し、地方の行き過ぎた優遇政策を諌める意見書「地方落実《中国製造2025》存在的問題及建議」の公表に踏み切った。2018年入り後、政府機関やメディアが中国製造2025を取り上げることが明らかに減少した。いずれも、中国政府がハイテク製造業への支援策を軌道修正したと解釈できる動きである。当面、中国政府は設備投資が大きく落ち込むリスクに注意を払いながらも、ハイテク製造業に対する行き過ぎた優遇措置を見直して設備投資の安定化を図ると予想される。

政府が中国製造2025を軌道修正した理由として、以下の2点が指摘できる。

第1は過剰投資への警戒である。政府が主導する産業政策は、往々にして過剰投資を招く。今回も、過剰投資の問題はすでに顕在化している。たとえば、多額の補助金で積極的な生産・投資の拡大を続けてきた液晶パネル大手メーカーは、2017年末に新工場を稼働させたところ供給能力が過剰となり、市況の悪化を招いた。マクロ統計をみても、工業部門の設備稼働率はピークアウトしている。こうした状況下、設備投資を抑制することは需給バランスを回復させるための自然な動きといえよう。産業振興に固執し、中国製造2025で定めた重点10分野に対して減税や補助金、低利融資などの優遇措置を追加的に打ち出すと、需給バランスを一層悪化させることになる。

第2は、対外関係の改善に向けた地ならしである。中国製造2025に沿って打ち出されたハイテク製造業に対する支援策によって、不公平な競争を強いられている欧米企業や日本企業は少なくない。このため、米国は中国政府に対する不満を露わにしている。象徴例は、ハイテク製造業をターゲットに、通商面で対中圧力を強めていることだ。2017年8月に中国による知的財産権侵害の調査を始め、2018年3月に鉄鋼・アルミニウムに対する制裁関税を発動した。また、知的財産権侵害への制裁措置として、産業用ロボットや半導体など500億ドル相当の中国製品に高率関税を課す計画を表明した。4月には、米国が中国に対して「中国製造2025」の撤回を求めたものの、拒絶されたという。その後、米国は追加の制裁措置を表明し、米中貿易摩擦は一段と激化している。日本でも、ハイテク製造業に対する中国政府の支援策やデータに対する中国の独自なルールを強く批判する声が上がっている。

このように、中国製造2025を軌道修正した背景には、過剰投資への警戒と対外関係の改善がある。もちろん、中国が中国製造2025を撤回することはありえない。労働力と資本の大量投入による成長路線の維持が難しくなった中国にとって、技術革新の継続は極めて重要である。中国製造2025は国家の将来を左右する国策という位置づけには変わりない。あくまでも、過剰投資と当面の対外関係悪化への警戒から、ハイテク分野に対する国を挙げた政策支援を一時的に弱めているだけと捉えるべきであろう。

こうした動きは、先行きが不安視されている米中貿易摩擦を展望するうえでも重要なファクターとなる。中国製造2025を軌道修正することは、米中貿易摩擦の落としどころを探る交渉において、中国側は有力な交渉カードを持つことを意味する。今後、中国が「中国製造2025の修正」というカードを切れば、トランプ大統領は「中国から大きな譲歩を引き出した」と米国内に向けて胸を張ることができる。これは、米中貿易摩擦をこれ以上激化させず、双方が納得のいく形で事態の収拾を可能とするひとつのシナリオになりうる。
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