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アジア・マンスリー 2018年9月号

中国の金融緩和が直面するジレンマ

2018年08月20日 三浦有史


中国では金融緩和を受け、投資効率の低下、資産負債比率の上昇という構造問題が深刻化する見込みである。債務の株式化も低調であるため、政府はリスクに配慮した慎重な金融政策が求められる。

■わずか1年半で再び緩和へ
中国政府は、景気減速への懸念を強め、7月23日の国務院常務会議で「穏健中立」としてきた金融政策を「穏健」へと変えた。これにより金融政策は緩やかな引き締めから緩和に転じた。1週間後に開催された共産党政治局会議では、外部環境が著しく変化しているとし、緩和の背景には米中貿易摩があるとした。緩和は景気の下支えに寄与するものの、その副作用も強く、中国経済の中長期的な持続可能性を損なう可能性がある。

政府が金融政策を引き締めに転換したのは2017年初めである。背景には、過剰債務によって金融システムの安定性が損なわれかねないという危機感があった。引き締めに伴い実体経済に供給される資金量を示す社会融資規模の伸び率は鈍化し、GDP比でみた同残高は2017年から横ばいで推移している。同比率が6四半期にわたって横ばいとなるは統計を取り始めてから初めてで、党政治局会議では、「金融リスクの軽減に向け、初歩的な成果を収めた」とされた。

しかし、米中貿易摩擦の影響で引き締めはわずか1年半で打ち切られることとなった。緩和の副作用として懸念されるのは、社会融資規模残高が再び増加し、金融システムが不安定化しかねないことである。中国の債務水準、なかでも企業の債務水準は非常に高く、なんらかのショックにより流動性が不足し、危機的な状況に陥る可能性を排除できない。国際比較が可能な国際決済銀行(BIS)の統計によれば、非金融法人(企業)向け与信残高は2017年末でGDP比160.3%と、中国を除く新興国の平均(58.0%)はもちろん、先進国の平均(91.6%)をも上回る。

■投資効率の低下と資産負債比率の上昇
中国は、長い間、過剰債務状態にありながらも、金融システムが不安定化することはなかったため、政府はもちろん、国外でも先行きを楽観する見方がある。しかし、今回の緩和により中国の債務水準は前人未到の領域に入る可能性が高い。国際通貨基金(IMF)は、2018年2月に発表した報告書で、過剰債務抑制に向けた抜本的な政策を打ち出さなければ、家計と政府を含む非金融部門の与信残高は2017年のGDP比255.7%からさらに上昇し、2020年に290%に上昇するとの試算を示した。過去の経験から今後も安泰と考えるわけにはいかないであろう。

投資効率が低下していることからも、緩和はリスクの高い政策といえる。中国では投資をけん引役とする成長が続いてきたこともあり、収益率の高い投資案件はそれほど残っていないとされる。政府のシンクタンク国務院発展研究センターによれば、中国はGDP1元を生みだすために6.9元の投資を必要とする。1998~2007年、2008~17年はそれぞれ4.0元と5.7元であったことから、投資効率は著しく低下している。緩和によって非効率な投資が助長されれば、投資効率は一段と低下する。

投資効率を低下させているのは国有企業である。国有企業は政府が主導するプロジェクトの担い手であることから、民間企業よりも銀行融資を受けやすい。これは国有企業の投資効率を引き下げると同時に、資産負債比率を引き上げる要因になっている。鉱工業分野の企業の資産負債比率をみると、私営企業がほぼ一貫して低下しているのに対し、国有企業は60%超で高止まりしており、サービス業を含む国有企業全体では65%を上回る。国有企業の資産負債比率は緩和によってさらに上昇し、債務不履行が頻発する事態を招来しかねない。

■低調な債務の株式化
政府は企業の債務が積み上がっていくことを警戒していないわけではない。債務を削減するため、金融引き締めと同時に導入されたのが債務の株式化である。債務の株式化とは、債務を株式に転換することで利払い負担を軽減し、企業の再建を促そうとするものである。しかし、実績は低調である。銀行と企業は2017年末までに1.5兆元の債務の株式化について合意したものの、実行に移されたのはその1割強にとどまる。

この背景には銀行が債務の株式化に消極的なことがある。中国では、1990年代に債務の株式化が実施されたものの、政府主導で進められたことから、銀行と企業の当事者意識が希薄になり、期待されたほどには企業の再建は進まなかった経緯がある。このため、政府は今回の債務の株式化は市場主導で進める、つまり、企業の選定や債券の取引価格など、個別の事案に政府は介入せず、銀行と企業の自主的な協議に委ねるとした。

しかし、2017年6月までの実績をみると、債務の株式化を実施した企業の98%を国有企業が、産業別にみても過半を過剰生産能力が問題視される鉄鋼と石炭企業が占めることから、政府は依然として対象企業の選定に関与している模様である。再建ではなく、救済を目的に対象企業が選ばれれば、配当や株式売却益を得ることが困難になる。銀行が債務の株式化に慎重な背景には、一方的にリスクを負わされることに対する警戒感があるとみられる。

債務の株式化は政府が期待するほどには進まないことから、金融緩和の余地はそれほど大きくない。また、政府は投資効率や国有企業の財務体質だけでなく、足元で進む人民元安への影響にも配慮する必要があるため、慎重に緩和を進めざるを得ない。成長減速を緩和で回避するという従来型の政策対応のリスクは明らかに高まっている。経済の持続可能性を高めるためには、やはり非効率な国有企業を市場から退出させるといった抜本的な構造改革が避けて通れない。
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