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アジア・マンスリー 2018年9月号

アジア新興国で復活する燃料補助金

2018年08月20日 塚田雄太


インドネシア、マレーシアで燃料補助金制度が復活した。背景には、インフレ高進による景気下振れ懸念や政治的要因がある。景気にはプラスに作用するものの、改革機運の停滞も懸念される。

■燃料補助金が復活
2014~15年にかけてアジア新興諸国は、相次いで燃料補助金を廃止した。ところが、18年春以降、一部のアジア新興国が燃料補助金を復活させている。インドネシアのジョコ政権は3月、補助金対象のガソリンとディーゼル燃料の価格について、19年まで値上げしないことを発表した。原油価格が上昇した場合、燃料小売価格との差額分の補助金が投入される。また、マハティール政権下のマレーシアでは、選挙公約を実行する形で、5月に燃料補助金を復活することを表明した。

■燃料補助金の功罪
燃料補助金には、功罪の両面がある。
プラスの面としては、原油価格の急上昇の影響を緩和し、インフレ高進による消費の落ち込みを防ぐことができる点である。通常、原油価格の上昇は、まず燃料費の上昇という直接的なルートで物価を押し上げる。ちなみに、インドネシア、マレーシアで試算すると、原油価格が1割上昇した場合、それぞれ、0.6%、0.3%、消費者物価が上昇する。さらに、原油価格の上昇は、商品の製造・輸送過程を通じて多くの財・サービスにも波及し、間接的に物価全体を押し上げる。このため、燃料補助金で国内の燃料小売価格の上昇を緩やかにすることは、景気悪化を防ぐ意味で有益である。

一方、マイナス面は国家財政の負担になるという点である。インドネシアやマレーシアでは、かつては、原油輸出による莫大な税収から燃料補助金を支出していた。しかし、その後、経済発展に伴い国内の原油消費量が増大すると、原油輸出による税収のみでは補助金分を賄えなくなった。この結果、財政収支赤字が拡大し、インフラや教育など成長に必要な分野への予算不足といった弊害が発生するようになった。

14~15年にインドネシア、マレーシアが燃料補助金の廃止に踏み切ったのは、補助金のマイナス面を問題視するようになったためである。まず、原油価格の下落を背景に、インドネシアやマレーシアの国内燃料価格が大幅に下落し、補助金の必要性が薄れた(右上図)。一方、積み上がった財政負担の軽減が喫緊の課題となった。インドネシアでは、インフラ不足やそれによる高い物流コストなどが対内直接投資の大きな障壁となっており、財政資金の投入が期待されていた。マレーシアでも、恒常的な財政赤字により公的債務残高が法定上限付近まで上昇していた。

この燃料補助金の撤廃は多くの成果をもたらした。例えば、インドネシアでは、予算をインフラ整備に回すことができるようになり、投資環境が改善に向かうきっかけとなった。

■補助金復活の背景
今回、インドネシア、マレーシアで燃料補助金が復活したのは、再び経済・政治環境が変わってきたからである。

第1に、先行きの景気下振れリスクが高まってきたことである。両国では、17年半ば以降、世界的な原油価格の上昇と自国通貨安を背景に、国内原油価格が上昇している。このため、コストプッシュインフレの懸念が強まっている。さらに、これまで景気をけん引してきた外需の増勢がピークアウトしている。この結果、インフレを抑制し、個人消費のけん引力を高めるべきとの考えが政府において強まった。

第2に、政治的な側面である。インドネシアでは、19年春に下院総選挙と大統領選が予定されている。このためジョコ政権は、国民受けする政策を採用することで、次期選挙に有利な状況を作り出そうとしている。マレーシアにおいても状況は似ている。マハティール氏率いる旧野党連合は、5月9日に実施された総選挙で掲げた「発足100日の10の公約」のなかで燃料補助金の復活を打ち出し、政権を奪取したという経緯があった。いずれも、ポピュリズム的な動機が背景にあるといえよう。

■燃料補助金制度の長期化が懸念
インドネシアとマレーシアにおける燃料補助金の復活は、インフレ抑制を通じて景気を下支えする一方、経済構造改革や財政健全化にブレーキをかけることになる。19年の財政収支への影響を一定の条件の下に試算すると、対名目GDP比でインドネシアでは0.9%ポイント、マレーシアでは0.4%ポイントも赤字幅を拡大させることになる。とくに、財政への影響が大きくなるインドネシアでは、インフラ投資などが大きく抑制される可能性が高い。また、マレーシアでは新政権発足後、前ナジブ政権による国家財政の統計粉飾が発覚し、政府債務残高が法定上限を大幅に上回っていることが明らかになった。燃料補助金による歳出の増加は、海外投資家などの政府債務への不安を一段と高めることになる。

さらに懸念されるのが、燃料補助金が定着してしまい、長期化するリスクが高いことである。産油国の減産や中東での地政学的リスクの高まり、米欧の金融政策正常化などを踏まえれば、原油価格が14~15年にみられたように早々に下落に転じる可能性は低い。したがって、燃料補助金による財政圧迫は徐々に強まっていくとみられる。燃料補助金が長期化すれば、両国の経済構造改革と財政健全化には相当の遅れがでるとみておくべきであろう。
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