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アジア・マンスリー 2018年3月号

転機を迎える中国の対外直接投資

2018年02月21日 佐野淳也


野放図な対外投資が一部で行われている状況に鑑み、中国政府は企業に対し一部の国や業種への投資制限や報告義務付けといった規制を強化している。中国の対外直接投資は転機を迎えている。

■2017年の対外直接投資は15年ぶりに前年割れ
商務部は、2017年の金融向けを除く対外直接投資が前年比▲29.4%の1,200億ドルになったと発表した。今後公表される金融向けを勘案しても、2017年の対外直接投資は15年ぶりに前年を下回る公算が大きい。

減少の背景には、当局の規制強化がある。国家発展改革委員会は2017年8月、最近の対外直接投資の状況について、一部の企業による①無謀な経営判断による海外事業での損失発生、②非実体経済分野(不動産など)への過度な投資による海外への資本流出と国内金融への影響、③進出先の環境保護や省エネ、安全基準に反した企業活動によるトラブルの発生等、を指摘した。そのうえで、対外投資プロジェクトを奨励分野と制限・禁止分野に分け、とりわけ後者については商務部などと連名で「海外投資に関する指導意見」を公表し、抑制強化に取り組むとも述べた。

このため、商務部をはじめとする中国政府は、今回の減少を肯定的にとらえている。

■政府は海外投資リスク対策を強化
今後を展望しても、政府は経済運営のリスクとなりかねない対外投資プロジェクトの抑制、中国企業の海外事業展開に伴う損失およびトラブルのリスクを極力抑える取り組みを強化するとみられる。習近平政権は、2017年10月の第19回共産党大会において、中国企業の海外進出は引き続き推進する一方、管理手法の見直しを示唆する方針を打ち出した。これを受け、対外直接投資を所管する官庁からも、投資リスクの軽減に重点を置いた新しい規定が相次いで発表されている。そのなかで最も注目される規定は、2018年3月1日施行の「企業海外投資管理弁法」(以下、弁法)である。

弁法は、国家発展改革委員会による審査および許可が必要か否かを基準として、センシティブ(敏感類)と非センシティブに分類した。非センシティブプロジェクトは登録制にするなど、手続きも簡素化している。一方、センシティブに分類されたプロジェクトには、①対象となる国・地域、②対象となる業種、の二つの基準が設けられた(第13条)。中国と外交関係のない国、戦争ないしは内乱状態にある国や地域への投資を抑制するのは当然の措置であるが、弁法には、「その他のセンシティブな国・地域」という項目も盛り込まれた。これについては、具体的な基準が示されておらず、国家発展改革委員会のさじ加減で許認可が左右される可能性がある。

センシティブ業種で注目されるのは、国境をまたいだ水資源開発などの3業種に加え、「政策上の理由で海外投資を制限している業種」を盛り込んだことである。センシティブ業種を審査する際、国家の発展計画や産業政策等に反しないこと(第26条)が許可する条件となっている点も勘案すると、経済運営方針および個別政策と照らし合わせ、これに合わないプロジェクトは不許可とする方針が読み取れる。

弁法は、案件の分類以外にプロジェクト進行中のリスクへの対応策も示している。派遣人員の死傷、海外資産の重大な損失、外交関係へのダメージといった重大事案について、事案発生日から5営業日以内に、ネットワークシステムを通じて報告書を提出するよう企業に義務付けた(第43条)。この報告義務は、センシティブのみならず、非センシティブのプロジェクトにも適用される。

弁法以外での海外投資リスク軽減策では、2017年12月に国家発展改革委員会や商務部など5省庁・組織の連名で出された「民営企業海外投資経営行為規範」が注目される。この規範では、①借入資金による海外投資は慎重に行うこと、②進出先の環境保護、雇用創出に注力すること、③トラブルに巻き込まれないために専門家の活用、リスク情報の入手などの対策を講じること、などを民営企業に求めた。

民営企業限定の規範を公表した理由として、投資主体の構成変化が挙げられる。2000年代前半以降、中国の対外直接投資の拡大をけん引してきたのは、中央企業と呼ばれる大手国有企業であった。しかし、2013年をピークに、中央企業による投資額は減少基調で推移する一方、内訳は不明ながら、中央企業以外の投資額が近年急増している。その中心は民営企業と推測されるが、中央政府のコントロールが中央企業や地方政府系の国有企業に比べて及びにくいこともあって、政策面での対応は後回しにされてきた。ただ、近年の変化を受け、これ以上先送りにはできないと考え、政府は全企業向けとは別に、民営企業に対象を絞った海外投資リスク軽減策を示したものとみられる。

■転機を迎える中国の対外直接投資
一連の取り組みから、政府は対外直接投資の推進一辺倒から、高リスク案件の抑制や投資リスクの適切な管理に軸足を移したと判断できる。企業も、リスクやトラブルを事前に回避する傾向が強まり、政府の方針に沿って対策を強化するとともに、進出先でトラブルを起こさないよう配慮すると予想される。そのため、2016年までのようなハイペースでの拡大は見込めず、中国の対外直接投資は転機を迎えたといえよう。

今後、国別では一帯一路沿線向け、業種別では資源開発など、政府が対外投資を奨励している分野への対応が焦点となる。企業がリスク回避志向を強めた場合、一帯一路の推進や資源確保に強力なブレーキがかかる恐れがある。一帯一路沿線諸国向け(2017年は前年比▲1.2%)および採鉱業向けの投資は足元で落ち込んでおり、そうした懸念を高めかねない。どのような政策措置を講じて、一部の分野では対外直接投資を抑制しつつ、奨励分野の投資を持ち直していくか、習近平政権の手腕が問われる。
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