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日本総研ニュースレター 2017年9月号

モノづくりからモビリティづくりへ
~自動運転で変わる自動車会社のビジネス~

2017年09月01日 井上岳一


レベル3の自動運転の実用化が見えてきた
 独アウディは、7月、高速道路での自動運転機能を備えた新しいA8を発表した。試乗ビデオを見ると、高速道路の特定の区間で自動運転が可能となる仕組みだ。区間の終わりが近づくと、あとどれくらいかを車が教えてくれ、十分な余裕をもって人に運転を戻す仕組みだ。
 このように人と車が運転を交替できる自動運転のことをレベル3という。レベル3は、完全な自動運転(レベル4)に比べ、安心できるし、実用化も早いように思える。しかし、運転を車に任せて仕事に没頭している時、運転を替われと突然車に言われても、すぐに対応できるものではない。この車から人への切り替えの難しさから、レベル3の実用化は現実的ではないと言う声が強かったが、高速道路等のあらかじめ決められた区間のみに自動運転を限定するアウディのやり方ならば、レベル3の実用化は現実味を帯びてくる。
 レベル3での自動運転の普及は、自動車会社にとっては望ましいシナリオだ。マイカーとして販売するビジネスモデルは変わらないし、事故を起こした時の最終責任も運転手に帰しやすいからだ。それに、レベル3になれば、自動パーキングや自動ブレーキなどの運転支援機能が標準装備になるだろうから、運転に苦手意識を持つ女性や、運転に不安を感じる高齢者の需要を喚起することも期待できる。

レベル4の自動運転車は自動車会社に破壊的に作用する
 ただし、レベル3に止まる限り、自動運転が社会に与えるインパクトは限定的だ。高速道路で運転から解放されるのは嬉しいし、安全運転支援機能のお陰で事故も減るだろうが、そもそも免許がなければ、自動運転の恩恵に浴することはないからだ。やはり無人運転を可能とするレベル4が実現して初めて、社会的に意義深いものとなる。
 無人運転が実現できたら、まず、バスやタクシーのあり方が大きく変わる。バスやタクシーは運行経費の6割以上が運転手の人件費だ。本社業務も労務管理が大きな比重を占めるから、運転手が不要になればバス会社やタクシー会社の経営は大きく改善する。例えばバスの採算性向上で、増便や路線の維持拡張も容易になる。バスの停留所と自宅の間のラストマイルをつなぐような、きめ細かな交通サービスも可能になるだろう。こうなると、カーシェアやライドシェアとタクシーとの境界がほとんど意味をなさなくなる。バスやタクシーが地域の交通事業を独占できる時代は終わるのだ。
 自動車会社にも変革の波が押し寄せる。無人のモビリティサービスはコストが安いから利用料も安くなるはずで、安くて使い勝手の良いモビリティサービスが普及すれば、マイカー離れが進むことは必至だからだ。既に大都市ではマイカー離れが進んでいるが、地方都市でもマイカー離れが進んだら、自動車会社には大打撃だ。

モビリティサービスの遅れをどう取り戻すか
 マイカーが売れなくなるだけではない。完全自動運転時代には、車の運行管理・制御や監視を行うモビリティサービスプロバイダ(MSP)が大きな力を持つようになる。MSPは、日々の運行管理を通じて移動や車内行動に関する膨大なデータにアクセスできるが、それは人の行動やモビリティに関する広く深い知見を手に入れることを意味する。広く深い知見を背景に、MSPは、車の仕様を自動車会社任せにせず、自ら設定するようになるだろう。自動車会社は、MSPに言われたものを作るだけの存在に成り下がる。家電業界では、消費者との接点を握った家電量販店が価格決定権まで奪うようになり、メーカーは儲からなくなってしまったが、それと同じことが自動車の世界でも起きるかも知れない。その意味でも完全自動運転は破壊的な技術といえる。
 欧米の自動車会社は、マイカーに頼ったビジネスモデルが続かないことに気づいている。そして、自動運転時代を見据えて、モビリティサービスへの進出を急いでいる。しかし、日本の自動車会社では、まだ本格的な動きは見られない(UberやGrabへ出資したトヨタは数少ない先行例だ)。
 アウディに続くべく国内自動車会社もレベル3の実用化を急ぐだろう。レベル3までは既存のビジネスの枠内だが、その先にあるのは、モビリティサービスを巡る戦いだ。モノづくりでは圧倒的な強さを誇った日本だが、バスやタクシーは旧態依然、新しいサービスも頑なに拒んできた結果、サービスに関しては完全に後進国だ。この遅れをどう取り戻すのか。自動運転時代を生き抜くためにも、今のうちに手を打つことが求められる。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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