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アジア・マンスリー 2017年10月号

【トピックス】
海外フィリピン人労働者送金の貢献と限界

2017年09月21日 塚田雄太


フィリピン経済は、2000年代入り後、堅調な海外フィリピン人労働者送金を背景に成長が加速した。しかし、足元では海外からの労働者送金に依存した成長モデルが限界を迎えている。

■成長をけん引した海外フィリピン人労働者送金
フィリピンは、債務危機による経済混乱や汚職の蔓延、マルコス独裁政権崩壊後の政治混乱と国内治安の悪化などから、十分な対内直接投資を取り込むことができず、製造業の育成が周辺国に比べて遅れた。製造業の対名目GDP比は1972年の28%をピークに低下し、15年には20%となった。これは、同比率を3割近くまで高めることで高成長を実現したマレーシアやタイと対照的である。このため、フィリピン国内には十分な雇用の受け皿が整備されず、多くの国民は出稼ぎ労働者や移民として、海外に就業機会を求めた。政府も82年にフィリピン海外雇用庁を設立して、国外での就労を奨励し、そうした構図のもとで、フィリピンでは海外フィリピン人労働者(以下、OFW)からの送金が経済のけん引役となってきた。海外からの送金が消費の原資の一部となっているため、15年の消費比率は74%と日本などの先進国を上回る水準にある。このように、フィリピンは投資主導型の経済発展を遂げた他のアジア新興国とは異なり、消費主導型の経済を構築している。
2000年代入り後、OFW送金は堅調に推移している。16年のOFW送金額は1兆2,780億ペソと00年の4.8倍に拡大した。対名目GDP比率も8.8%と、国内経済への影響力を高めている。00年と16年との比較を地域別にみると、全ての地域で増加しているものの、とりわけ中東地域からの送金額増加が顕著であり、全体の増分のうち約3割が中東地域からの送金増によってもたらされた。

この堅調なOFW送金が消費を押し上げたことで、00年代入り後の実質GDP成長率は、「アジアの病人」と揶揄された80年代、90年代から加速し、一人当たりGDPは00年の1,055ドルから16年に2,924ドルへと上昇した。

■先行き、海外フィリピン人労働者送金の大幅増は期待薄
もっとも、以下の3点を勘案すると、OFW送金の拡大は限界に近づいていると考えられる。
第1に、中東地域におけるOFW需要の鈍化である。03年頃からの原油価格上昇により、中東産油国には世界中から莫大な資金が流入、建設ラッシュが巻き起こり、それに伴い、所得水準も大幅に上昇した。例えば、アラブ首長国連邦では07年の実質総固定資本形成の伸びが+43.3%まで高まり、一人当たりGDPは08年に45,720ドルとなった。このため、中東地域では建設作業者やメイドへの需要が高まった。新たに中東地域で就業したフィリピン人労働者のうち建設作業員とメイドは、それぞれ、02年の3.7万人、4.8万人から、10年には8.2万人、10.3万人へと大幅に増加した。

しかし、原油価格が13年以降下落に転じると、建設ラッシュは一服し、中東地域の景気は大幅に悪化した。原油価格がかつてのように高騰する可能性は低く、中東地域からのOFW需要は先行き鈍化していくと予想される。

第2に、ドル安による押し上げ効果のはく落である。世界各国に展開するOFWは、就業国の通貨を米ドルに交換して送金することが多い。このため、現地通貨に対してドル安が進行すると、ドル建てのOFW送金がかさ増しされることになる。ドルの名目実効為替レートは、02年から11年にかけて▲23%減価した。これに伴って、OFW一人当たりの送金額は+112%増加した。
もっとも、12年になるとドル安は一服し、米国の利上げへの期待感が高まった15年以降は、ドルの名目実効為替レートの増価ペースが加速した。今後、米FRBが利上げと資産規模の縮小を進めるとみられるなかで、ドルの大幅な減価は見込みにくく、OFW送金への押し上げ効果はなくなっていくであろう。

第3に、インドネシア人メイドの代替効果の一巡である。インドネシア政府は、海外で就労するインドネシア人メイドの劣悪な労働環境を問題視し、15年5月に中東地域などに対するインドネシア人メイドの派遣を禁止した。このため、中東地域で就労した15年のインドネシア人女性労働者は、14年の6.9万人から2.9万人へ急減した。その代替策としてフィリピン人メイドへの需要が高まったという事情がある。ちなみに、この代替効果によって、15年の中東地域に新規就業したフィリピン人労働者数は8%押し上げられたと試算される。

もっとも、この代替効果は一時的なものであり、今後薄れていくとみておくべきであろう。

■求められる新たな成長モデルの構築
以上を踏まえると、近い将来、OFW送金は減少に転じるリスクが高い。すなわち、フィリピンのOFW送金に依存した成長モデルは限界に近づいており、何も手を打たなければ、フィリピン経済が再び低迷期を迎える恐れが大きいと言える。どのような産業で国内に十分な雇用機会を生み出し、安定的な経済成長へと繋げていくのか、フィリピン経済は新たな成長モデルの構築に向けた正念場にある。
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