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アジア・マンスリー 2017年3月号

【トピックス】
高額紙幣廃止に伴う減速長期化が懸念されるインド

2017年02月28日 松田健太郎


インドでは2016年11月の高額紙幣廃止に伴い、民間消費だけでなく企業部門にもマイナス影響が広がっている。混乱収束が遅れる場合、景気を下押しするリスクとして注意が必要である。

■突然の高額紙幣廃止
インドでは、2016年11月8日にモディ首相により、500ルピー札と1000ルピー札の廃止が宣言された。これらの紙幣は9日以降使用できなくなり、12月末までに銀行口座に預け入れを行うか、窓口にて新紙幣と交換する必要が生じた。もっとも、新紙幣の供給が追い付いておらず、当初窓口で交換可能な額は4,000ルピーと設定されたほか、銀行預金からの引き出しは一週間で20,000ルピーといったように引き出しの上限額が設定されており、銀行に長蛇の列ができるなどの混乱が生じている。インドでは決済の9割超が現金で行われており、廃止となる2紙幣の現金流通に占める割合は約85%にのぼるため、既に民間消費を中心に影響が顕在化している状況である。

以下では、足元の現金の流通状況を確認した上で、家計・企業両部門への影響を考察したい。
■11月以降の貨幣流通量は大幅に減少
足元の現金流通量を確認すると、11月に前年同月比(以下同じ)▲23.6 %と減少した後、12月には▲40.0%と前年を大幅に下回った。12月末までに窓口で預入・交換を行わなかった紙幣はすべて無効となってしまうため、一旦銀行預金に吸収されたものとみられる。

旧紙幣廃止前の10月時点からの現金流通量と銀行預金を比較すると、11月は現金流通量の減少分5.9兆ルピーに対して銀行預金は6.1兆ルピー増加しており、流通現金は概ね銀行預金に転じたとみられる。一方、預入・交換期限である12月には現金流通量の減少額が8.4兆ルピーに達したのに対し、銀行預金の増加額は前月から横ばいの6.1兆ルピーであり、差額である2.3兆ルピーが期限までに交換されず無効になった紙幣額とみられる。 

流通現金の減少は、まず個人消費に影響を及ぼした。とりわけ、代表的な高額消費である乗用車・二輪車の販売台数に顕著なマイナス影響が現れている。都市部を中心とする乗用車販売はなんとか増勢を維持しているものの、農村部を中心とする二輪車販売は3カ月連続の前年割れになっている。農村部では現金決済の比率が都市部よりも高く、代替決済方法や銀行ローンなど借入も一般的ではないため、高額紙幣廃止の影響が深刻化したとみられる。

インドステイト銀行などは、2月末までに現金供給不足は収束するという見方を示しているが、無効分の発生による絶対的な流通量の減少に加え、1月の現金流通量の増加も僅少にとどまっていることを踏まえれば、現金流通量が廃止前の水準に戻るには相当時間を要する見込みである。こうしたなか、現金流通量が回復するにつれて生活に必要な消費財などの消費は1~3月期以降徐々に勢いを取り戻すとみられるものの、耐久財など裁量的な消費の持ち直しは緩慢にとどまる公算が大きい。都市部と比較して所得の回復が緩慢な農村部では、先行き消費の低迷が長期化することも懸念される。

■企業部門への影響を注視する必要
また、企業部門へのマイナス影響が広がっている。企業のPMIをみると、11月以降、サービス業が大幅に落ち込んでいる。背景には、小売業など直接的に現金不足の影響を受ける業種に加え、娯楽関連の業種の落ち込みもあるとみられる。加えて、現金決済が中心の不動産業でも土地売買件数の減少などの影響が出ているとみられる。他方、製造業では、1月に判断の分かれ目となる50を上回ったものの、10月以前に比べると水準は低く、製商品の取引も回復が進んでいないことが示唆される。

加えて、企業の主要な資金調達先となる金融機関の動きにも変化がみられる。指定商業銀行の預金・貸出金をみると、紙幣預入の影響で預金は大幅に増加しているものの、貸出金の伸びは2000年入り以降最低の水準まで低下している。インドの銀行においては、中央銀行が主導する不良債権処理への対応を迫られるなか、不良債権の新規発生などを抑制するため、もともと貸出態度が慎重化していた。こうしたなか、中銀の産業見通し調査によると、企業の資金調達状況は悪化の方向を示しており、高額紙幣の廃止をきっかけに、銀行の貸出が一段と厳格化している可能性がある。経済活動の冷え込みを背景とした生産調整や、先行き不透明感の高まりによる資金需要の低下も背景にあるとみられるが、消費減速に伴って企業の収益が減少すれば、資金繰りの悪化による倒産の発生なども予想される。企業部門への影響波及は、足元で伸び悩みが続く設備投資の回復にとっても重石となることが予想され、長期にわたりインド経済を下押ししかねないリスクとして注視する必要がある。

■想定以上に長引く恐れも
旧紙幣廃止の影響は実質的には金融引き締めに等しく、民間消費や企業の設備投資への影響は短期にとどまらない可能性がある。政府の対応も、当初は混乱が早期に収束するという見方だったものの、度重なる引出限度額の変更や新貨幣供給の不足、預金準備率の引き上げを行った後に再度撤回するなど、政策対応も混迷している感が否めず、こうした状況が長期化することも現実味を帯びてきた。今回の高額紙幣廃止は、ブラックマネーの捕捉による税収増加や電子マネー普及の下地づくりなど、長期的に見た場合、プラスの側面も多い。しかし、景気落ち込みが長期化すれば、改革を進めるモディ政権の求心力の低下などにもつながりかねない。これまでの高成長を維持することが困難になる可能性もあるだけに、現金流通の回復が進むかどうかに注目すべきだろう。
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