オピニオン

【シニア】
第16回 生活者を中心とした商品開発の取り組み事例
ストックホルムのSLL Innovation

2016年12月13日 山崎香織


 ギャップシニア・コンソーシアムでは、ギャップシニアとの協働によるサービス・商品開発に取り組んでいます。このような生活者を中心としたイノベーションを目指す取り組みとして、今回は欧州で先行しているリビング・ラボの活動事例をご紹介します。

 私が訪れたのは、ストックホルム市内の救急病院Danderyds Hospital内にある、SLL Innovationという医療版のリビング・ラボです。SLLは医療スタッフのスキル・アイデア活用と医療機器メーカーによるヘルスケア領域での商品・サービス創出をミッションとして掲げています。活動の基本的なプロセスは、病院に勤務するさまざまな職種の人からアイデアやコンセプトを募り、それらを集約して医療機器メーカーとのマッチングを行い、フィージビリティ調査を重ねながら商品化につなげるというもので、上市した商品は病院で使います。

 活動の拠点はシンプルなデザインで統一された病棟の一角にあります。部屋に一歩入ると、ピンクやオレンジの椅子、文字盤が反転している壁時計が目に飛び込んできます。これは医療スタッフに「病院の退屈な空間からクリエイティブな空間に来て、アイデアを出してもらう」ための仕掛けだそうです。壁の全面がホワイトボードになっており、壁に落書きするかのようにアイデアを書きながら自由に議論する空間であることが視覚的にもよく分かります。

 医療スタッフから出たアイデアを商品にしていく段階では、医療スタッフ本人と、SLLのエンジニア・スタッフ、開発企業のスタッフが協働して、プロトタイプ制作、ユーザビリティテスト、臨床試験、リスク分析などを行います。これまでリハビリ機器、医療材料、ロボットスーツなどの開発や実証が行われ、年間数百件のアイデアの中から、1割程度が商品化に至っているそうです。

 こういった取り組みの効果としては、まず患者や医療スタッフのニーズに合った商品・サービスが生み出される点が挙げられます。例えば看護師がHIV保有の産児を取り上げた際に手を怪我して身の危険を感じた経験から医療材料が発案されるなど、現場の教訓や知恵をきちんと形にすることが出来ます。

 また技術がいくら進歩しても、使う側が負荷を感じず適切に使えなければ、かえって逆効果の場合もあります。特に健康や命に関わるヘルスケア領域では、実際のユーザーとの対話、試用を繰り返すことで、商品・サービスの質や受容性を高めることが出来ます。

 さらに、SLLを訪れて感じたのは、患者や医療スタッフが単に商品・サービスを使う側ではなく、アイデアを提案する立場、共に作り上げる立場になることで感謝され、やりがいを実感できるという効果です。普段は黒子に徹する医療スタッフが、アイデアを出した開発商品を手に持ち、主役として笑顔で写っている写真が病棟の壁に大きく飾ってあるのが印象的でした。

 SLLの取り組みを踏まえると、リビング・ラボ活動を活発に、そして継続的に進めるには、協働のプロセスを楽しいものにする、活動をきっかけに日常の生活や業務への意欲を高めるといった点が極めて大切だと教えられた訪問でもありました。

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※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。