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自動運転車たちが「語り合う」日

2016年11月22日 劉磊


 自動運転に関するニュースを見かけない日はない今日この頃。自動車各社のみならず、Google、百度、DeNAなどのIT会社もこぞって公道実証試験を展開し、シンガポールでは制限付きではあるものの、無人運転のタクシー運用が始まっている。技術の進化は文字通り、「目覚ましく」進展している。
 自動運転社会の到来自体に異論を唱える人は少数派になりつつも、焦点となるのはその時期である。特に、もっともよく議題に上る問題は「混在問題」への対処だ。この問題を掘り下げる前に、まずは現状について整理したい。

 現状、自動運転は二つの異なった条件下で成立している。一つは「自動運転車単独走行環境」である。現在各国で展開されている自動運転の公道実験がこれに該当する。周囲の車がすべて人の運転によってなされている中、自動運転車は自分の車体に搭載したセンサー類で収集した情報をもとに、自分の頭脳(AI)で判断を下す。地図を片手に、言葉のまったく通じない異国の大都会の中を、一人で目的地を目指すバックパッカーのイメージに近い。
 対立軸の「自動運転車しかいない環境」も、既に実現している。コマツのコムトラックスシステムによって制御された無人重機が、縦横無尽に鉱山を駆け巡る採掘現場がその最たる例である。外乱要因である人の介在は極力排除され、機器たちが共通した通信規格で通信し合い、作業を黙々とこなしていく。人間社会に例えるなら、同一言語だけを話す閉じたコミュニティ(アマゾン奥地の原住民)に近い。所属するシステム(コミュニティ)以外とは、一切言語が通じない点で類似性が高い。
 焦点となる「混在問題」はこの中間に位置する。人が運転する車の数に対して、同一の通信規格を用いる自動運転車が一定割合以上ある状況だけでも問題は複雑さを増す。さらにこれらの自動運転車が異なるメーカー製造(通信規格で通信する設計思想で設計された)なら、状況はカオティックなものになるだろう。これも強いて例えるなら、共通言語とルールのないオリンピックのようなものだ。

 自動運転の社会実装には、保険制度の整備が必要だとよく指摘される。ドライバーの介在を全く要しない、いわゆるレベル4の自動運転車同士が事故を起こした場合、その責任所在がこれまでの損害保険制度の認識を越えているためである。責任の所在は、製造者であるか、システム管理者であるのか、あるいは所有者(搭乗者)であるのかの慎重な議論が求められている。しかし責任所在を議論する前提としても、自動運転車同士の「共通言語」、すなわち共通した通信と交渉のルールの整備が必要となろう。表題を言い換えれば、健全な自動運転社会の実現には、「自動運転車同士が語り合う状況が必要」なのである。
 その動きは少しずつだが、始まっている。本年の3月に、これまでモノのインターネット(IoT)で対立軸として語られることが多い国際的な二大団体が、通信規格等の規格標準化などに必要な工程表や見取り図を互いに持ち寄り、相互に運用できるようにすることで合意したのである。ドイツの「プラットフォーム・インダストリー4.0(I4.0)」と、米国の「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)」の二大巨頭だ。この合意は前向きな評価を得た。なぜなら、IoTの規格統一は、これまで産業界で規格競争の教科書として語られてきた「VHS対ベータ」、「Blu-ray対HD DVD」とは比にならないゼロサムゲームの早期終結を意味するからだ。

 また、この秋より開幕予定のフォーミュラE選手権の2016-2017シーズンの途中から、完全自動運転マシンによる「Roborace」がサポートレースとして開催される。Roboraceでは、参戦チームはワンメイク供給される専用マシンを使用する。そのため、レースの勝負は参戦チームに設計の自由が委ねられる自動運転車の頭脳(AI)に委ねられる。これも自動運転車同士の「語り合い(せめぎ合い?)」の事例であるが、ポジションとしては「自動運転車しかいない環境」に近い。
 現状の問題は、依然として発想が製造業かつ技術起点に留まっていることであろう。自動運転の社会実装のためには、技術者に限定されがちなインナーサークルを開放し、政府官庁、保険、法律、アカデミア分野の専門家と有識者を招き入れた「社会実装に向けた本格的な議論」が必要だ。その先には一般ユーザーへの情報開示と浸透がある。自動運転社会という市場で先行者利益を取れるか否かは、このプロセスを、誰が一番早く、うまくやるかにかかっているのではないだろうか。

 交差点で異なるメーカーの自動運転車が出合い、無線通信で、「0100100001100101011011000110110001101111(注1)」を飛ばし合う日が来ることに、筆者も努めている。
 その日の到来が、自動運転社会のday1となる。

(注1)ASCII(ISO8859-1)規格で表現される「Hello」


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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