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アジア・マンスリー 2016年11月号

【トピックス】
正念場を迎える中国の資本取引自由化と人民元国際化

2016年10月31日 清水聡


中国は、景気の回復、不良債権への対処、市場ベースの金融システムの構築などに努め、元安圧力を解消するとともに資本取引の自由化を慎重に進めることで、人民元の国際化を支援する必要がある。

■IMF(国際通貨基金)のSDR(特別引き出し権)の構成通貨に加えられた人民元
中国は、2009年以降、人民元の国際化政策を推進してきた。国内経済の市場化に向けた改革は不十分であるものの、高成長や貿易の拡大などを背景に為替レートの増価基調が持続し、人民元建ての貿易や、点心債(香港市場の人民元建て債券)の発行などの資本取引が急速に拡大した。

2015年11月末には、IMF(国際通貨基金)がSDR(特別引き出し権)を構成する通貨バスケットに人民元を加えることを決めた。これにより人民元は米ドル・ユーロ・日本円・英ポンドに続く第5の準備通貨として公式に認められ、通貨バスケットの変更は2016年10月より実施されている。SDR組み入れの条件としては、人民元が「自由利用可能通貨」(国際金融取引の決済に広く利用され、主要な為替市場で活発に取引される通貨)となることに加えて、①SDRの価値を評価するために市場ベースの対ドルレートと金利が毎日提示されること、②SDRの保有者に国内市場での人民元為替取引、短期金利商品による運用、ポジションのヘッジなどが可能となること、が必要であった。IMFはこれらの条件が満たされたと判断した格好であるが、実際には、国内金融システムには多様な課題が残されており、継続的な市場改革が義務付けられたともいえよう。
SDRの残高(加盟国に対する割当額)は2,041億SDR(約2,855億ドル)に過ぎないが、人民元が準備通貨となった意義は大きい。例えば、IMFは、定期的に発表している外貨準備の通貨別構成比率の統計に人民元を加えることを決めた。また、多くの中央銀行が準備資産に人民元を加えるようになっている。この傾向が持続するためには、魅力的な人民元建て金融資産が十分に存在するとともに、中国に対する資金の出入りが円滑に行えることが必要である。

■資本取引の自由化を阻む環境変化
「自由利用可能通貨」の条件は、資本取引の完全自由化を意味するものではない。しかし、人民元の国際化を本格的に進展させるためには、資本取引の一段の自由化が求められる。従来、中国が進めてきた資本取引自由化の速度はきわめて緩やかなものであるが、それは経済の安定、為替レートの柔軟性の拡大、市場ベースの金利構造の構築、国内金融システムの整備、所有権法制等の経済システムの改革など、多くの前提条件を整えながら進める必要があったためである。

現在、これらの条件には多くの問題が生じている。景気が減速し、不良債権問題が深刻化していることから、2016年6月には貸出金利の下限と預金金利の上限を定める銀行金利規制の一部復活が報じられた(当局は否定)。また、2014年1月以降、米中金利差の縮小見通しを主因に人民元の対ドル名目レートが減価基調に転じるとともに、日中変動幅の拡大もあって変動性が増している。実質実効レートが歴史的高値にあることも、先行きの元安観測につながったとみられる。さらに、景気の減速を受けて資本流出が拡大しており、2015年の資本収支は6,730億ドルの流出超となった。近年、汚職の摘発が強化されたことを受け、資本逃避が急増しているという指摘もある。人民銀行は人民元の減価や資本流出を抑制するためにドル売り元買い介入を強化しており、その結果、外貨準備はピークとなった2014年6月の3兆9,932億ドルから2016年8月には3兆1,852億ドルに減少した。

このような状況のなか、2015年秋以降、さまざまな形で資本流出規制の強化が行われている。2016年7月には人民銀行が銀行に対して資本流出に該当する取引を控えるように口頭で求めるなど、資本流出を抑え込もうとする姿勢が鮮明になっている。また、中国系銀行が香港のオフショア市場で受け入れている人民元預金に関して国内と同じ17.5%の準備率が課されるなど、香港市場の流動性を管理してオフショア人民元(CNH)売りを抑制しようとする動きもみられる。
以上の環境変化は、人民元の国際化の進展にも悪影響を与えている。例えば、2014年末に1兆元に達していた香港市場の人民元預金残高は2016年7月には6,671億元に減少しており、人民元オフショア市場の縮小が明らかとなっている。

■今後の課題
当面、資本取引の自由化を進めることは難しい状況にある。自由化すれば市場介入によって為替レートの安定を保つことがより困難となるため、本来は為替の増価期待と減価期待が拮抗するなかで行うことが望ましい。また、仮に預金金利の上限が復活したとすれば、資本取引の自由化により資本流出が加速する可能性がある。銀行資産が急拡大するなかでの預金流出は、金融システムの安定を脅かしかねない。

現在の環境では、資本流出規制の実施も一時的にはやむを得ない選択肢とみられる。ただし、これを不透明な窓口指導の形で行うことは望ましくない。また、朝令暮改の印象を与えれば海外投資家の信認が失われ、中国への投資意欲がそがれることにも留意すべきである。一方、違法な資本流出に対する管理を強化することが、流出額の抑制に資すると考えられる。

為替政策に関してみると、2015年8月に毎日の基準値の決定方法が前日終値を参照する形に変更され、同時に基準値が3日間で5%近く切り下げられた。同年12月には中国外国為替取引システム(CFETS)が13通貨のバスケットによる人民元為替レートインデックスを公表し、通貨バスケットに対する価値の安定を重視していることを強調した。これらの政策はいずれも対ドルレートの下落を容認するものと受け止められ、相場の不安定化を増幅する結果となった。長年、対ドルレートの安定が政策的に重視されてきたことに鑑みればこうした反応は必然であり、基準値の決定方法や通貨バスケットに対する安定化の方法などに関して一段の透明化を図らない限り、当局への信認を強化し、為替レートを安定させることは困難とみられる。

人民元のSDRへの組み入れを果たした中国にとって、資本取引の自由化や人民元の国際化を推進することは重要な課題である。ただし、自由化は引き続き慎重に進めざるを得ないのが実情といえる。その前提として、景気の回復、不良債権・企業債務問題への取り組み、多様な経済構造改革などに注力し、元安圧力を解消することが求められる。市場ベースの金融システムを構築し、海外投資家の信認を強化することも欠かせない。これらの実現には相当の時間がかかるとみておく必要があろう。
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