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アジア・マンスリー 2016年8月号

【トピックス】
日系製造業の注目度高まるフィリピン-新政権への期待

2016年07月29日 塚田雄太


近年、製造拠点・消費市場としての高い魅力や安定的な経済成長などから日系製造業のフィリピンへの注目度が高まっている。今後も注目を維持できるか否か、ドゥテルテ新政権の手腕が期待される。

■日系製造業の進出先として注目されるフィリピン
近年、日系製造業の投資先としてフィリピンの注目度が高まっている。国際協力銀行の「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」の中期的有望事業展開先国・地域をみると、同国が有望事業展開先であるとする回答率は、2012年度の4.1%から15年度には11.5%に上昇し、15年度の順位は8位となった。フィリピンがベストテン入りするのは、00年度以来15年ぶりである。

これに連動するように、11年以降、わが国製造業のフィリピン向け直接投資額は増加傾向をたどっており、15年には8.0億ドルと05年の統計開始以来の最高額を更新した。業種別では、電気機器が3~5割を占め、全体をけん引しているほか、14年以降は食料品、輸送機械の割合が急上昇している。

■製造拠点・消費市場としての高い魅力と安定的な経済成長、投資環境の改善が背景
日系製造業が中期的投資先としてフィリピンへの注目度を高めている背景として、以下の2点が指摘できる。

第1に、安価且つ豊富な労働力と将来的な市場の成長期待である。15年の同国の人口は約1億70万人(国連調査)とASEAN域内でインドネシア(約2億5,760万人、国連調査)に次いで第2位の規模を誇るほか、その内訳も全体の63.5%が生産年齢人口であり、若く、十分な労働力を保持している(右下図)。また、労働者の賃金はインドネシア、ベトナムに比べれば高いものの、対岸である中国の広州や深センに比べれば低水準である。他のASEAN諸国では最低賃金がインフレ率を大きく上回る年率2桁のペースで上昇しているのに対して、フィリピンでは概ねインフレ率に沿った上昇率にとどまっている。さらに、国連の推計によれば、人口は今後も増加し、人口ボーナス期が2060年頃まで続く見込みである。この労働力を活用し、国内需要の拡大に結びつけることができれば、同国は中長期的に安定成長をたどり、国民所得水準の上昇や中間層の台頭が進んで、将来的に生産拠点のみならず各種製品の大きな消費市場となることが期待できる。

第2に、アキノ政権下における安定的な経済成長と投資環境整備の進展である。同国は、マルコスが独裁体制を確立した1970年代以降、政情不安や治安の悪化、汚職の蔓延などから低成長が続き、「アジアの病人」と揶揄された時期もあった。97年の通貨危機後も、こうした政治・社会の体質が大きく変化したとは言い難い。こうしたなか、10年6月に就任したベニグノ・アキノ大統領は、汚職撲滅、所得格差是正、雇用創出、インフラ整備、財政健全化などを優先課題に掲げ、マクロ経済環境の改善と外資誘致に向けた投資環境整備に力を注いできた。その結果、11年こそ世界景気の回復の遅れやインフラプロジェクトの執行の遅れなどから実質GDP成長率は+3.7%にとどまったものの、その後は堅調な海外労働者送金を背景とした個人消費の拡大やインフラ整備の進展などに支えられ、概ね+6%を上回る成長を達成し、11~15年の年平均成長率は+6.0%とマルコス後の政権のなかで最高となった。投資環境面でも、国際競争力ランキングが09年の87位から15年には47位に上昇するなど、改善が進んだ。特に、汚職撲滅において成果が上がっており、同国の腐敗認識指数ランキングは09年の139位から15年には95位まで改善した。

■高まるドゥテルテ新大統領の手腕への期待
今後も日系製造業にとって同国が魅力的な国であり続けるか否かを見通すうえで注目されるのが、16年6月30日に発足したドゥテルテ新政権の動向である。5月9日に実施された正・副大統領選では、大統領にドゥテルテ前ダバオ市長、副大統領にロブレド前下院議員が選出された。選挙後、ドゥテルテ氏とそのチームは、5月12日に経済政策8項目を、6月20日には10項目の社会経済プログラムを発表した。その内容は、外資規制の緩和、インフラ支出の拡大、地方振興、貧困対策などで構成され、進出済みもしくは検討中の日系企業が受け入れやすいものとなっている。

ドゥテルテ新大統領はダバオ市長時代に、同市を国内で最も治安の悪い都市から、最も安全で住みやすい都市へと転換させた。新政権においても、新大統領の強いリーダーシップの下、上記の各種政策の着実な実行や目に見える形での具体的な成果が期待されるが、その達成は容易ではない。まず、外資規制緩和は憲法改正を必要としており、新大統領の所属する「フィリピン民主党-国民の力」が少数与党であることを踏まえると、議会運営は苦戦せざるを得ないであろう。また、限られた財源のなかで貧困層対策、地方間格差の縮小、成長促進のための都市のインフラ整備などの多様な政策を適切に実施することは、他のASEAN諸国も直面する非常に難しい課題である。さらに、新大統領の国政に携わった経験が浅いことも懸念材料である。

ダバオ市長として手腕を発揮した新大統領が前政権の成果を引き継ぐことから、新政権に対する内外の期待は非常に高い反面、小さな失敗が大きな失望を招くリスクをはらんでいる。新政権には、各種政策実施の具体的な方法やスケジュールを明らかにすることで、改革実行力や政権運営能力を積極的にアピールしていくことが求められている。
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