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地方公共団体におけるPPP/PFI推進のあり方
~先進諸国に学ぶべき教訓~
【第2編】

2016年04月18日 林倫子


【第2編】
2.英国等におけるPPP/PFI政策の変遷と最新動向
(1)PFIからPF2、そして新たなステージへ
 英国においてPFIが正式に導入されたのは1992年のメージャー保守政権時代である(ただし、1980年代のサッチャー政権時代による民営化の流れとともに、公共施設の整備・運営に民間資金を活用するという考え方は芽生えていた)。その後、労働党政権をはじめとする歴代政権によって各種推進政策がすすめられ、2014年3月までのプロジェクト数は700件以上、民間による投資額の類型は550億ポンド(約9兆円(※1))を超えている。
 主要な推進政策として、1994年には、施設整備等の初期投資を伴うプロジェクト全てにPFIの導入を検討することを要請するユニバーサルテスティングが導入され(ただし、労働党政権において1997年廃止)、1997年からは「PFIクレジット」とよばれる地方公共団体等が実施するPFI事業の資本費用の一部を国が補助する制度が創設された。このPFIクレジットの存在が、英国におけるPFI件数が2000年代後半まで大きく積み上がってきた背景となっている。
 しかし、2008年以降のリーマンショックと欧州信用危機に起因する民間資金の収縮により、PFIは強い逆風を受けることになった。さらに、それまでのPFIによるプロジェクトが実際には公的負担の削減を実現していないとか、政府による単なる債務の繰り延べに過ぎないといったPFIに対する批判が高まりを見せるようになり、PFI推進政策は大きな転換を余儀なくされることとなった。
 2010年には、緊縮財政下の支出見直し(Spending Review)においてPFIクレジットが廃止されたことで、地方公共団体のPFI導入のインセンティブは急速に低下し、案件組成が滞ることとなった。
 2012年12月、当時の連立政権は、「PF2」と呼ばれる一連のPFI改革について、「A new approach to public private partnerships 」(※2)(以下、「PF2公約」という。)において発表し、民間事業者が設立するSPC(特別目的会社)に対して公共が一部出資することによるモニタリング強化や、選定手続きの透明性確保・迅速化等の方策が掲げられた。さらに、政権は2015年度以降の5年間は、年間のPFI事業に対する公共支払額の総額を700億ポンド(約11兆円)以下に抑制するといういわゆる「総量規制(Control Total)」を導入し、案件の積み上げに実質的なブレーキをかけたのである。
 このような環境下において、上記のようなPF2の新たな仕組みを導入したプロジェクトの実績は、これまでに学校が5件、病院1件(※3)となっているが 、その後の案件組成は伸び悩んでいる。昨年誕生した保守単独政権下で、どのような政策が打ち出されるか注目されるところであるが、少なくとも地方公共団体に対する「PFIありき」の誘導的な政策は、もはや時代遅れとなっている。

(2)PPP/PFI推進機関の変遷
 PFIを取り巻く環境の変化に伴い、英国ではPPP/PFIを推進する政府機関も変遷を遂げている。2000年の設立以降、英国政府におけるPFI推進機関であったPartnerships UKは2010年に廃止され、その機能は、英国全体のインフラ開発計画を策定する機能を担うInfrastructure UK(※4) と、地方公共団体のPPP/PFI事業を支援するLocal Partnershipsというそれぞれ新たに設立された組織に分割された。本稿では、地方公共団体に対する支援機能を有するLocal Partnershipsに注目することとしたい。
 Local Partnershipsは、財務省と英国全体の350地方公共団体の代表によって組織されるLocal Government Associationが共同で出資するジョイントベンチャーの組織である。主に民間出身者を中心に60名程度のスタッフで構成される組織で、地方公共団体のPPP/PFIをはじめとする複雑な公共調達案件等への支援として、技術面や法務面の専門的分野からアドバイスを行ったり、事業の第三者評価を実施したりしている。Local Partnershipsのように、地方公共団体の支援に特化した組織が存在することは、英国の一つの特徴と言え、わが国における推進機関のあり方の参考になるのではないか。
 一方、英国政府とは異なる独自の枠組みでPPP/PFIを推進しているスコットランドにおいては、スコットランド全体を地理的に5つの区域に分けて、それぞれに官民共同出資の「hub corporate (hubco)」という企業体を立ち上げ、学校や図書館、コミュニティ施設、ヘルスセンター等の地域社会インフラを中心に、案件組成から事業実施までを一体的に行う「hub programme」という仕組みが構築されている。2015年末時点の事業規模(計画段階・建設段階・運営段階含む)の総額(5つの区域の合計)は約19億ポンド(約3,000億円)となっており、他国のPPP推進機関からも注目を集めている取り組みである。わが国で進められている地域プラットフォームにおける官民連携のしくみを、さらに発展させた形態として捉えることができる。
図:hub corporateの構造

(EPEC「United Kingdom – Scotland PPP Units and Related Institutional Framework」P.37に基づき日本総研作成)

(3)リスク分担のあり方の見直し
 PF2公約においては、上記に述べたようなモニタリングや透明性の確保以外に、官民のリスク分担の見直しについても言及している。具体的には、プロジェクトカンパニーに対する公共の一部出資により、公共側も事業の出資者として事業のリスクを一部とることや、長期資金の調達が困難な信用危機下において、民間出資者として機関投資家の選定を公共が担うこと等の取り組みが挙げられる。また、光熱水費の変動や運営期間中の保険料の変動についてより多くのリスクを公共がとること等が公約として示された。
 リスク分担のあり方の見直しは、英国以外でも見られる。例えば、豪州では、独立採算型の高速道路PPP事業における需要リスクの負担方法について、過去10年で見直しが進められている。2000年代までに組成されたプロジェクトでは、需要リスクはほぼ完全に民間に移転されていたが、2000年代後半以降、需要リスクの見誤りから民間が破綻する案件が相次ぎ(※5) 、さらに世界的な信用危機が民間資金の収縮を招き、新たな案件の組成が困難な状況となった。そのため、2008年のビクトリア州における「Peninsula Link」というプロジェクトでは、公共が完全に需要リスクを取るスキームが導入された。その後に続くプロジェクトは、スキームの改良がなされており、例えば同じくビクトリア州の「East West Link」というプロジェクトでは、運営開始後の一定期間について公共が需要リスクを取り、一定期間が経過してから、民間に需要リスクが移転されるスキームが導入されている。
 このように、リスク分担のあり方は、その時々の経済環境や民間の動向、個別の案件の特徴等を踏まえて、柔軟に見直されるべきものであり、不変な解は必ずしも存在しないということができよう。また、リスクの大きさについて時間軸的に考えるという視点は、日本においても参考になるものと考えられる。

(4)PPP/PFI導入時の評価の考え方の変化
 英国では、発注主体がPFIの導入を検討する際には、定量面および定性面における事業手法の評価が行われてきた。定量的な評価は、わが国と同様に公共部門が自ら事業を実施する場合と比較して、PFI事業として実施したほうが効率的かつ効果的に事業を実施できるかどうかを、数値化して検証するものである(VFMの算出)。また、定性面な評価については、「Viability(長期契約としての実行可能性)」、「Desirability(期待される効果が追加コストを上回るか)」、「Achievability(民間の参画可能性および公共による複雑な契約形態のマネジメント能力)」の3つの視点で評価することが体系化されている。
 2009年前後から、会計監査院より、定量的なVFMの算出方法がPFIに偏った評価手法になっている(財務省作成のマニュアル通りに算出すると、従来型よりもPFIの方に定量的メリットがあるような算出結果が出る)ことや、PFIが単なる債務繰り延べの手法として使われていることが指摘されるようになり、2012年以降の改革の一環として、VFMの定量評価マニュアルの見直しが実施されることとなった。マニュアルは2015年末現在においても改訂中とのことであり、現在、PFI/PF2の検討にあたって、定量的なVFMは算出されていないという。
 むしろ、近年では、定量面のVFMに対する偏重主義から脱却し、定性面の評価の重要性を見直す動きが強まってきている。PF2公約においても、定性的な評価は、「定量的評価へのアプローチを組み立てる」役割を果たすとされており、上記に挙げた3つの視点が、事業手法検討の入り口になることが示されている。また、PF2に適している可能性があるプロジェクトとして、一定の事業規模や初期投資を伴うものといった考え方に加えて、「政策環境が安定しており、長期的な計画が可能であること」や「技術的進歩が緩やかであること」といった観点から事業手法の適合を評価する考え方が述べられている。
 さらに、スコットランドでは、すでに定量面での評価の廃止を決定しており、定性的な評価についてのみ検討し、事業手法の選択が行われている。このように、単なる公的財政負担に関する検討のみでPPP/PFIの導入を判断するという評価手法は、先進諸国では見直しの動きが始まっている。

(※1)1ポンド=約160円で換算。以下同じ。
(※2)英国では、かつては民間資金の活用による公共施設の整備という観点に特化した「PFI」が主流であったが、労働党政権下で、官民連携のより包括的な概念として「PPP」という表現が用いられるようになった。近年では「PPP/PFI」という表現がより一般的に多用されるようになっており、PFIはPPPの一つの事業方式であるという整理がなされている。なお、PPPの定義については、欧州連合加盟国間で統一が図られているところであり、一般的には「政府が民間から公共サービスを購入する長期契約」と解される。
(※3)学校4件及び病院1件は2015年3月~12月にかけて契約締結済み(Financial Close)、学校1件については、2016年4月末に契約締結予定とされている。
(※4)2016年1月、Infrastructure UKは、内閣府所管内の他組織と統合され、Infrastructure and Project Authorityという新たな組織が、内閣府と財務省の共同組織として立ち上げられている。
(※5)ニューサウスウェールズ州のCross City Tunnel(2006年破綻)や、クイーンズランド州のクレムジョーンズトンネルClem Jones tunnel(2011年)等。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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