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CSRを巡る動き:気候変動への対応を巡る訴訟リスク

2016年04月01日 ESGリサーチセンター


 イギリスの中央銀行であるイングランド銀行で金融監督の役割を担うPRA(健全性監督機構)は、2015年9月、「英国保険セクターへの気候変動の影響」という報告書を発表しました(※1)。これは、同国の気候変動法に基づき、省庁等が気候変動への対応状況(緩和及び適応)を報告するという要請に対応するものです。ここで、PRAでは、保険業が特に気候変動の影響を受けるという理由から、保険業に関わる範囲で現状認識と今後の対応についてまとめています。監督対象である生損保等との対話を通じて、気候変動リスクとして3つのリスク(物理リスク、賠償責任リスク、経済移行リスク)を挙げている点が大きな特徴だといえます。

 この3つのリスク類型のうち、これまであまり焦点が当たっていなかったのが、賠償責任リスクではないでしょうか。保険業においては、過去の環境汚染や事故等の事例と同様に、賠償責任保険等を通じた損害額が大きくなる可能性のあるとの懸念が高まっていることが背景にあると考えられます。

 賠償責任を求められるのは、当該企業や政府が(1)気候変動の原因を作ったとして訴えられる、(2)気候変動への適応を怠ったとして訴えられる、(3)気候変動に関する情報の開示や活用を十分にしていないとして訴えられる、の3つのケースが想定できます。ただ現実には、(1)ついて、気候変動と個々の企業活動や政府の行動とのあいだに因果関係を特定することは困難と予想され、例えば石炭火力発電のような温室効果ガス多排出業に個別の賠償額が割り振られるというのは想像しにくい側面があります。訴訟事例でみても、米国で州政府やアラスカの先住民族コミュニティが電力会社や石油会社を訴えた例がありますが、様々な理由で主張は退けられています。

 次に、(2)については、米国の損害保険会社が、地方自治体に対し、ハリケーンの被害を大きく被ったのは、自治体が気候変動の影響による被害の深刻化を想定できたにも関わらず対策を怠ったからとして訴えた例があります。このケースでは、新たな訴訟のパターンとして注目されたものの、訴えは取り下げられたため、判決には至っていません。ただ、気候変動の影響と考えられる自然災害の増加や、科学的知見や政策情報の蓄積が進めば、このような主張が増えてくることは一定程度考えられます。

 最後に(3)については、3つのパスのうちかなりの確度で顕在化してくると考えられます。米国では、2015年にエリサ法(従業員退職所得保障法)に関連して「ESG(環境・社会・ガバナンス)要因は運用にあたって考慮すべき適切な要素になる」という新しい見解が労働省から発表されましたが、それに先立って早くも、訴訟が起こっています。年金加入者が年金基金に対し、石炭産業の分析にあたってクリーンエネルギー技術や排出規制、再エネの競争力向上などを検討に織り込まないのは受託者責任を十分に果たしていないと訴えているものです。これらは2016年3月3日時点で係争中ですが、(2)と同様、気候変動の影響に対する関心が高まるにつれ、類似の係争事例が増える可能性があります。

 いずれの場合でも、気候変動と直結した形で企業や政府に損害賠償が命じられた例はまだありません。しかし訴訟を通じた働きかけは今後も増加することが考えられ、賠償責任リスクとまでいかなくとも訴訟リスクは顕在化しつつあるといっても過言ではないでしょう。関連する企業や自治体にとって、こうした動きを無視するわけにはいかなくなると考えられます。

(※1)PRA(2015)“The Impact of climate change on the UK insurance sector”
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