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2020年、日本の経営が変わる

2015年12月14日 坂本謙太郎


 東京証券取引所(東証)は上場会社に社外取締役(独立役員)設置の圧力を強めている。2015年6月から適用されたコーポレートガバナンス・コードでは「少なくとも2名以上」の社外取締役を求めている(注1) 。一方、ガバナンス・コードの原案が公開され、企業側がその対応に戸惑っているまさにその時期、いくつかの大手企業で経営トップが関わる不祥事が明らかになった。その結果、社外取締役は経営トップの脱法行為を取り締まる「見張り役」に矮小化されてしまった節がある。現に社外取締役を法曹界、監査法人から迎える例は珍しくない。ここから「弁護士、会計士に企業経営が分かるのか?」という批判が出てくる。

 一方の企業側も「社外の人間に当社の経営が分かるのか?」という、制度に対する根深い不信感を持っている。「ルールになった以上社外取締役は迎えなければならない。しかし、社外の人間に余計なことを言われたくない。だから経営実務に疎い人を迎えよう。弁護士、会計士、学者、官僚なら問題ない」という発想に陥っている企業は少なくない(注2) 。中には社外取締役を含めた取締役会の前に社内役員だけの会議で事実上の決定をする場を設けるなど、毎回の取締役会をセレモニーとしてのスムーズに終えるかということに腐心している企業もチラホラ見受けられる。これでは無駄に会議、役員数を増やしただけで、何の意味もなくなってしまう。

 東証の意図は、欧米流のコーポレート・ガバナンスを浸透させることによって外国人投資家を市場に呼び込もうというということだろう。だとすれば、社外取締役制度導入の本来の意味は、欧米企業のガバナンスの在り方から類推できるはずだ。

 欧米企業において、経営トップは厳しいプロセスを経て選び抜かれた社内一の優秀人材である。例えばP&GやGEを見れば、才を認められた人材は早いうちから様々な事業、地域を経験させられ、次々に難しい課題を与えられる。それらを乗り越え、社内から一目置かれた者が年齢・性別・人種・国籍関係なくトップに就く。そのような人材はそうそう出てくるものではないから、10年を超える長期政権は珍しくない。社内育成できない場合は、このような人材を「プロ経営者」として外部から招聘するが、いずれにしても経営トップは社内の誰よりも優れているという状態ができる。

 このような経営トップは孤独である。ビジョン、戦略を描いても、それを同じレベルで議論・相談できる相手は社内にはいないからだ。そこで活躍するのが社外取締役である。優秀な経営者が考え尽くした上で、自分と同次元で物事を考えられる「仲間」に相談し、多面的な指摘を受け、議論することで方針を磨く……これが社外取締役制度の本質である(ちなみに、社外取締役に相応しいプロ経営者は、企業・業種の壁などは悠々と乗り越えるから、「社外の人間に分からない」などという批判は的外れである)。

 日本の取締役会は多くの場合、ミドルが提出する膨大な案件を次々に処理する決裁の場と化している。戦略の議論は滅多に行われず、行われたとしてもスタッフが作成した中期経営計画の原案に微修正を加える程度であることが多い。社外の同志を頼りに、孤独な意思決定をせざるを得ない経営トップと比べると、それがいかに甘い環境かということが分かるだろう。

 日本の社外取締役制度の在り方、経営と経営者の在り方は、いずれこの「甘さ」を捨て、欧米型に転換することを求められる時が来るだろう。その危険な潮目の変化は2020年にも来るかもしれない。

 歴史的に見れば外国人株主比率は、バブル崩壊、アジア通貨危機ように欧米経済が堅調で、日本が傷を負っていた時期に上昇している。余力がある投資家が、底値の日本株を買う訳だ。オリンピック後にこれと同じ状況が生まれる可能性は低くない。インフラ投資が一巡し、訪日旅行者が激減……オリンピックのために作られた宿泊施設、スタジアムなどに閑古鳥が鳴き、その費用負担が圧し掛かる。特需に沸いた企業は反動に苦しみ、株価が低迷する。欧米投資家から見れば、経営レベルが低く、潜在力・技術力を活かし切れていない日本企業の株は「買い」ということになるだろう。彼らが「物言う株主」として、欧米流の経営への転換を求めてくるという未来シナリオは十分に考えられる。



出所:日本取引所グループ「所有者別持株比率及び持株数の推移」より筆者作成



 ポストオリンピック不況に呑まれ、2000年代前半のように「ハゲタカファンド」に怯える日を、手をこまねいて待つか?「来るべき日」に備えて自己変革を進めるか?日本企業は決断の時を迎えている。年齢・性別・国籍等に囚われることなく、戦略的思考に長けた人材をトップに据え、社外取締役との厳しい議論にさらす……これは、市場のルールや外国人株主の要請に応える以上に、企業自身を強くすることになるはずで、積極的に考えても良いのではなかろうか?

(注1)東京証券取引所マーケットニュース2015/05/13「コーポレートガバナンス・コードの公表」http://www.jpx.co.jp/news/1020/20150513.html
(注2)東証『コーポレート・ガバナンス白書2015』によれば、2014年7月時点で社外取締役の25%以上をこれら非経営者が占める。ガバナンス・コード導入に伴い、この比率は急増している模様。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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