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「子どもの参加」を次世代育成のキーワードに~(2)保育所編~

2015年10月02日 村上芽


ドイツの保育所事情
 ドイツの子育て・教育システムでは、小学校以降がフォーマルな学校教育であり、保育所や幼稚園などの就学前は、ノンフォーマルな教育と位置づけられている。前者と後者の最大の違いは、小学校以降の教育は基本的に無料なのに対し、保育施設は所得に応じて有料である点だろう。2013年、ドイツ全土で、子どもが1歳になった時点で確実に保育所に枠を確保できるよう、「保育施設入所請求権」が制定された。その制定直後から、保育所が次々と建設されるようになった。女性の労働力向上とともに、移民や障がいといったハンディのある子どもが就学までに基礎的な語学力や生活規範を身につけるための役割も期待されているのが現状である。

保育所における「子どもの参加」
ドイツの保育所の運営は、運営主体(地方自治体、協会、福祉団体、労働団体等)の考え方や園長の裁量によって決まってくるが、一部の保育所では、「子どもの参加」を重視した運営がなされている。6歳までの幼児期における「参加」とは何か。そんな小さな子どもが、意思決定に関わることができるのか。そのような疑問を抱いてしまいがちだが、保育現場では「チャンスを与えれば、ファンタスティックな結果が出てくる」という経験のもとに実践が積み重ねられているという。
「子どもの参加」の取り組みの第一歩は、参加の範囲を決めることである。すなわち、子どもがどのようなことなら参加してもよいか、言い換えれば子どもが何を自分で決めてよいか、ということを基本ルールとして決める。これは、大人の領分であり、園長や保育者が協議をして作る。ここに、子どもの参加に関する研究者や経験者などの専門家が支援に入ることもあるが、専門家のスタンスとしても、それぞれの保育所が自身の実情に合わせて決めることが重視されているということだった。
例えば、子どもの参加の好例として下表のような取り組みがある。以下は、ドイツ北部にあるシュレースヴィッヒ・ホルシュタイン州、キール市内にあるユットランドリンク(Jutlandring)保育所を中心とした事例である。
図表-1 保育所における「子どもの参加」事例


食事・一定の時間内(11時から14時までなど)であれば、好きな時間に食堂に来てよい。誰が食べに来たかを、職員がチェックする。
・好きな量だけ、自分の皿に取り分けてよい。ただし、取り分ける場所には職員がついており、特に人気のある献立をおかわりし過ぎて独り占めにならないことなどを、注意している。
・食堂の中のテーブルであれば、誰と一緒に食べてもよい。
遊び・毎朝、その日の遊びのプログラムの全体像を保育士が説明し、子どもは自分の好きな遊びを選んでよい。教室が遊びの種類別(ブロック、工作、科学、音楽など)に分かれており、鍵がかかっていない限りどの部屋で遊んでもよい。
・保育士は各部屋や園庭を担当するほか、園舎全体を見渡せる場所にいて誰がどこに行ったか見る役割も交代で担う。
室内の装飾・壁や天井の飾りつけをどのようにするか、子ども委員会(おおむね4歳以上)でも話し合って決める。既製品よりも、保育士らによる手作りの方がうまくいくことが多い。
部屋の用途・園内にある部屋の用途は、基本的には上述の遊びの種類別に分かれているが、用途そのものを変えることもある。
・学童期の子どもの発案で、ディスコルームと称して室内のものを減らし、音楽をかけて踊れるスペースを作った。保育士らは年少(6歳未満)の子どもへの影響を心配したが、時には一緒に体を動かしてみるなど、子ども同士なりにちょうどよい具合を見つけている。
おもちゃの購入・一定の予算は園の側で決めているが、その範囲でどのようなおもちゃ(例えば三輪車・自転車のような耐久品)を購入するかを、模擬的な紙幣も使って子どもたちの意見を募った。
・数字が読めなくても分かるような聞き方をすることで、遊びを通してお金について学ぶことも出来る。
遊びのルール・限られた数の自転車に乗る順番を決めるにあたり、子どもたちでの話し合いを重ねた。「乗りたい子が乗っている子に声をかけて代わってもらう」「1人が乗る時間を決めて保育士がタイムキーパーをする」といったルールはうまくいかず、試行錯誤の末、3回目に出た「停留所を作る」というアイデアが定着し、安定して遊べるようになった。
おやつ交換・午後のおやつは家庭から持参。それを、友達同士で交換したいという子どもがいた。交換にあたって考慮しなくてはいけないのはアレルギーよりも宗教上の制約だった。どうすればスムーズに、かつ安全に交換することが出来るか、子どもたちでの話し合いを重ねた。
・その結果、交換したくない人はしなくてよいこと、果物であれば誰でも食べられるから交換しやすいこと、などのルールが自発的に制定された。
保育士への希望・新規に保育士を募集するにあたり、条件として、「ギターを弾ける先生」という希望を追加することを子どもたちが提案した。
もめごと解決・子ども同士でのけんかなどが起こった場合など、その場で言えない場合には、子ども委員会向けに手紙を書き、専用のポストに投函することができる。字の書けない子どもは、年長の子(小学生の学童もいる)に頼むか、絵で表現する。

子どもへのインパクト① 「できた」という喜び
このような日常的な取り組みの積み重ねを通して、子どもにはどのようなインパクト(好影響)があるのだろうか。厳密には、参加をした子としていない子の違いを計測しないとインパクトは計測できないだろう。また長期の追跡調査も必要になるかもしれない。しかし、一人ひとりの子どもを通して、参加のビフォア・アフターでは成長を感じられる、というのが、現場で試行錯誤を共有している保育士や、研究者らの意見であった。
食事や遊びに関して子どもの意思が尊重されることは、どちらかというと「与えられた」範囲での選択肢であるが、様々な「問題解決」への関与において、子どもの成長を顕著に感じるという。子どもが到達する答えが、大人が考えるのと同じことであったとしても、自ら考えて力を出した、という「パワー」獲得の経験や、「できた」という喜びが、子どもたちに蓄積される。これが自己肯定感の醸成につながっているという実感が現場にはあるという。
ユットランドリンク保育所の場合、失業者の多い地域に立地しており、学童も含め約120人の子どものうち100人ほどの親が無職である。家庭では十分な食事を得にくいなど家庭環境に困難を抱える子どもも少なくない。こうした背景もあり、園長以下の職員には、子どもが選択肢のある喜び、「できた」という喜びや達成感を経験することを支援しようという意識が強い。
このように、「子どもの参加」が自己肯定感の醸成につながるという仮説は現場でも賛同を得ることができた。なお、一見すると時間とコストのかかりそうな「参加」のプロセスの用意であるが、例えば食事については、子どもが自分で自分の皿によそうようになってから、配膳スタッフの手間が減り、かつ食べ残しが明確に減少したというメリットがあったとのことである。

子どもへのインパクト② ルールメーキングの訓練
問題を解決して達成感を得るまでの段階においては、子どもたちは色々な意見のぶつかり合いを経験する。「Aちゃんのいうことと、B君のいうことは違う。どちらがいいのか、私ひとりでは分からない。ひとりでは分からないから、助けてほしい」といった、合意形成のプロセスを体感し、それを表現した子どももいた。与えられたルールに従ったり、声の大きい子の意見に従ったりするだけではない、「問題解決策の提案」「解決策の合意(ルールメーキング)」のプロセスを経験しておくことは、ドイツで「子どもの参加」を進める州政府や研究者らによれば、民主主義の考え方に早くからなじむために重要であると考えられているとのことである。
「子どもの参加」がルールメーキングの経験になるという観点は、自己肯定感の醸成とは別に、政治や法律について学ぶ、技術的な訓練としても「参加」の意義があることを示している。前回取り上げたバイエルン州の計画でも、参加を通して子どもが得る能力として、「話し合いと投票のルールおよび話し合いの規律が分かって、応用すること」「多数派による決定と少数派の保護に関するルールと構造について理解すること」「行政や政治との最初の出会いを経験すること」などが、「民主主義的参加への能力と心構え」として挙げられている(注1)。

以上のとおり、ドイツの保育所での実践例や、専門家へのヒアリングを通じて、未就学段階での子どもの参加には、①自己肯定感の醸成という効果、②ルールメーキングの訓練機会提供という役割があることが分かった。次稿では青少年活動を取り上げることとしたい。

(注1)船越美穂(2012)、「幼児期における民主主義への教育(Ⅱ)-「バイエルン陶冶-訓育計画」における「参加」(Parizipation)の思想と実践-」、福岡教育大学紀要第61号第4分冊

以上

※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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