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「生活サービスの横断化」というイノベーションを通じた地方創生

2015年08月11日 程塚正史


 今後、本格的な少子高齢社会を迎え、特に地方ではさらに人口減少が加速していく。「自治体消滅」といったセンセーショナルな言葉も飛び交い、地域の振興にかつてなく問題意識が高まっている。東京一極集中の弊害も叫ばれるものの、しかしグローバル競争が当たり前となるなか、東京はじめ大都市には、世界の競合と戦うフィールドとしての役割がある。地方創生は、地域起点で行うしかない。

 ただ、地域活性化の施策として、これまで注目されてきた外部資本を導入する処方箋や地域内資源を発掘し域外の購買力で稼ぐ処方箋が万能とはいえないのも事実だろう。大規模工場などの企業誘致が一昔前の成功モデルであるが、一部国内回帰の動きはあるとはいえ、新たな誘致は容易ではない。インバウンド需要にも注目が集まるが、これとても、すべての地域で実現できるわけではない。確かに、町内の森林で採れる葉っぱや花をつまものとして販売する上勝町の「葉っぱビジネス」のような成功例はあるものの、普遍的モデルとして適用するのは簡単ではないのである。

 今後の地域活性化のためには、外部との移出入に依存しない、地域内での強靭な経済モデルの構築が必要ではないだろうか。どんなにコミュニケーション手段や交通手段が発達しても、暮らしの基盤はそれぞれの人の住まう地域内にあり、大部分の経済活動は生活に密着した地域で行われている。医療や福祉、教育や保育、域内交通、電気・ガスや水道、消防や救急などの「生活サービス」におけるイノベーションこそが、抜本的な地域の活性化につながると考えられる。

 一般に、地域内での経済循環を図ろうとすると、大規模資本による規模の経済との競争で劣位に立たされる。しかし上記のような「生活サービス」は、そこに住まう人々にとってフェイス・トゥ・フェイスのサービスであり、供給者と顧客の関係が密着している事業である。規模の経済が働きにくいため、地域に根づいた事業主体の活躍が今後も期待される領域であると考えたい。

 現在「生活サービス」は縦割りの分業となっている。つまり医療なら医療法人が、福祉であれば介護事業者などが、教育や保育は自治体自身が、域内交通は補助金を受けつつ地域内事業者が行っている。この「生活サービス」の領域で、横串で通すような事業の可能性に注目したい。地域密着型の事業の複数を同時並行的に行うという「生活サービスの横断化」によって、コスト効率が上がり外部に流出していたコストが削減されたり、使い勝手のよいサービスの誕生によって購買喚起を実現できたりする。また、新サービスが軌道に乗れば、地域内での雇用も生まれたり、新たな顧客ニーズ発見から、さらに新事業が生まれたりする。結果として、生活サービスの横断化は、地域内での資金循環を活性化させることができるのではないだろうか。さらに追加的な効果として、人々の交流が生まれ、GDPには換算されない貨幣外の価値の創出につながるのではないだろうか。

 すでに萌芽は各地で見られる。運転士が介護資格を併せ持つ介護タクシーサービスは、地域交通を担う事業者が介護施設と連携して行っている事業である。このサービスによって、外出できなかった高齢者が移動の機会を獲得し、QOL(生活の質)向上とともに、買い物の機会を取り戻したという報告は数多くなされている。また商店街の空き店舗を活用して学童保育を行っているという事例もある。このサービスによって、地域住民(特に若年女性)の就業の機会が確保されるとともに、保育士の雇用も生まれている。また、高齢者の増えた団地において、そこに住む元気な高齢者たちがNPOを組織して、地域内カーシェア事業を運営するという事例もある。

 こうした「生活サービスの横断化」の鍵は、地域の不活性資源の有効活用という点にあるだろう。上記の例で言えば、タクシー運転士という人的資源(運転士の待機時間の有効活用)、商店街内の空き店舗という物的資源、元気な高齢者の皆さんの時間資源などがこれにあたる。軽微な追加コストだけで、住民サービスの機会創出を図ることができる。

 従来であれば、規制視点の発想に縛られてきた地域エネルギー事業者が、「生活サービスの横断化」に関心を寄せる事例も現れている。中部圏のある電気ガス設備事業者では、設備の保守点検のために従来から地域をまわっている従業員に、高齢者の安否確認や、地域内情報の媒介の役目を担い始めてもらっているという。その先には、訪問医療や託児、物流・小売りなどとの連携ができるとの展望を有しているとのことだ。

 現在、日本総研でも「生活サービスの横断化」の可能性について、各地の地域密着型事業者や自治体の方とともに検討を進めている。先進事例を参考にさせていただきつつ、大規模で横展開が可能なモデルの創出が当面の目標である。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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