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アジア・マンスリー 2015年4月号

【トピックス】
タイの新投資促進戦略の狙いは何か

2015年04月01日 大泉啓一郎


タイ政府は、2015年1月から「7カ年投資促進戦略(2015-2021)」を施行した。産業構造の高度化と地域間所得格差の是正を目的とするもので、わが国企業にとってもタイの生産体制の見直しの機会となる。

■産業構造の高度化
2015年1月より「7カ年投資促進戦略(2015-2021)」(以下、新投資促進戦略)が施行された。これは、2013年1月に発表された「新投資促進戦略案(2013-2017)」を再調整し、2014年11月にプラユット政権が採択したものである。

この新投資促進戦略について、2015年2月に、東京、名古屋、大阪で説明会が開催された。そのなかでタイ投資委員会(BOI)が新投資促進戦略の目的として強調したのは「中所得国の罠(middle income trap)」の回避であった。「中所得国の罠」とは、労働集約的産業を中心に成長し、中所得になった国が資本集約的・技術集約的な産業への転換を怠ると、高所得国への移行が困難になるというものである。つまり、タイ政府の意図は、新投資促進戦略を通じて産業構造の高度化を図ることである。
もっとも、タイ政府が産業構造の高度化を急ぐ背景には、「中所得国の罠」の回避以外にも、直面する労働力不足がある。タイの失業率は1%を下回る一方、賃金(製造業)は過去4年間で50%以上も上昇している。

これに対して、タイ政府は近隣諸国からの非熟練労働者の管理を緩和することで対処しようとしている。すでにミャンマー、カンボジア、ラオスからの労働者について、登録を条件に非熟練労働者の受け入れを認めており、登録者数は160万人を超える。それでも建設現場や飲食店の労働力不足が深刻化しているために、2015年2月には、同登録制度をベトナムにも適用することを決めた。さらにバングラデシュやブータンにも対象を拡大することを検討している。

■変わる優遇分野
タイ投資委員会は、新投資促進戦略で優遇措置の対象となる業種について詳細なリスト(229業種)を公表している(www.boi.th)。これによれば、優遇の度合いは、A1からB2まで6つのカテゴリーに区分される。

たとえば、最も優遇される業種であるA1には、電子関連(ソフトウェアを含む)の設計、研究開発・人材育成に関わる事業、廃棄物を利用した発電、植林などが含まれ、これらの投資案件には8年間の法人税免除のほか、機械輸入関税の免除、輸出製品の生産に関わる原材料の輸入免除なども付与される。

この新投資促進戦略の施行により、これまでの全土を3つのゾーンに区分した優遇制度と投資規模による優遇制度は廃止された。

■地域間格差の是正
新投資促進戦略の大枠はインラック政権で作成され、軍のクーデターを経て誕生したプラユット政権で採択された。政権交代があったにもかかわらず、大枠に変更がなかったことは、産業高度化の加速が政府のコンセンサスになっていることを示すものである。

もちろん、プラユット政権の政策が反映された部分もある。とくにテロなど社会不安が続いている南部地域には特別な優遇措置を設け、またカンボジア、ラオス、ミャンマーの国境に位置する特別経済区にも優遇措置を付与する立場が示された。前頁の下図の右に示したように、それぞれの案件が、①国家競争力の強化、②地方経済の活性化、③特別経済区の開発に資する場合、追加的な優遇措置を受けることができる。

このうち地方経済の活性化では、所得水準の低い20県への投資について、業種にかかわらず優遇措置が付与されることになった。これらは、バンコク経済圏一極集中による所得格差拡大が近年の政治不安の遠因になっていることに配慮したものであり、ゾーン制が形をかえて復活したものと解釈される。

わが国のタイ向け直接投資(製造業:フロー)は1985年のプラザ合意以降急拡大してきた。とくに2010年以降は政局不安や洪水など、投資にはマイナスに作用する要因があったものの増え続けている。2013年の製造業の直接投資残高(ストック)は3兆2,648億円とASEAN全体の4割を占めている。

賃金は上昇傾向にあるとはいえ、日本の水準に比べれば5分の1程度であり、中小企業にとっては、タイは引き続き労働集約的な生産拠点として魅力的である。ただし、上述したように労働力の確保が困難になっている点には注意したい。すでにタイで操業している企業にも、タイの生産拠点の生産性を高める一方、中期的には労働集約的な工程を近隣諸国に移転することを検討する企業も現れはじめている。新投資戦略は、タイにおける日本企業の生産拠点の役割を見直す契機となろう。
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