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日本総研ニュースレター 2010年10月号

「新しい公共」に欠かせない“ソーシャル・エンタープライズ”

2010年10月01日 柿崎平


注目が集まるソーシャル・エンタープライズ
 社会が抱える課題を革新的な事業手法で解決を図ることで経済的利益を得ていくソーシャル・エンタープライズ(社会的企業、以下SEと記す)への注目が高まっている。
 SEの出現は、1979年に英国首相に就いたサッチャーが、いわゆる新自由主義路線を採ったことが一つの発端となっている。よく知られる通り、サッチャーが振るった大鉈で、停滞する英国経済の再活性化が図られはしたが、一方で公共サービスの質的劣化を招く事態となった。「自由」な競争の結果、所得格差が拡大し、低所得者は就業能力向上の費用を工面できないため必要なスキルを獲得できず、低スキルゆえに失業を余儀なくされるという悪循環に陥り、いわゆる「社会的排除」と呼ばれる状態に置かれるようになった。
 こうした状況の中で、「小さな政府」がとりこぼす社会問題を、市民セクターを中心に、現場のアイデアやビジネスノウハウ等を活かした手法で解決しようとする動きが生まれてきた。それがSEという「名前」を得ることで、英国社会に浸透していった。既に2010年1月時点で、英国には62,000のSEが存在し、80万人を雇用するに至ると見られる。英国を代表するSEとしては、ホームレスが自ら雑誌販売を行う機会とトレーニングを提供することで自立を後押しする“ビッグイシュー”や、障害者等を戦力として雇用するレストランを展開する“ジェイミー・オリバー・レストラン15”などが著名である。

日本の状況と展望
 わが国においても、社会問題解決の担い手、雇用の創出源・受け皿として、SEに大きな期待が寄せられている。経済産業省のソーシャルビジネス研究会報告書によれば、わが国のソーシャルビジネスの市場規模は、約2,400億円と推定されており、数年後には10倍ほどの規模に達するとも見込まれている。また、現在の国内の事業者数は約8,000、雇用規模も約3.2万人にも上ると推計されている。今後、このソーシャルビジネスの担い手となるSEをさらに生み出し、育てていくためにはいかなる政策が必要なのだろうか。数ある中で、ここでは大きく3つの点を指摘しておきたい。
 第一に、SEの制度化を進めることだ。SEが社会の中で正統性を確保できるように、社会性と事業性を併せて追求する事業組織向けの「新たな法人格制度」を検討すべきだ。例えば英国では、一定の基準を満たしたSEをコミュニティ利益会社(CIC: Community Interest Company)として登録できる法律を2005年に発効させている。CIC制度の主な特徴は、例えば、第三者機関が認定・監督を行うこと、資産活用をコミュニティ利益に向けさせる「資産封じ込め(asset lock)」、透明性を確保するためのCIC年次報告の義務付け等々である。法制後5年で、CICの承認数は4,075社(2010年1月)に上り、英国社会に確実に定着してきている。ややもすれば有象無象と見られがちなSEの世界にスタンダードをもたらしたCIC制度は、一つのモデルとなるだろう。
 第二は、SEの最大の課題である資金調達の円滑化を促進する環境整備である。伝統的金融機関だけでは、新たな行動原理で動くSEに対応することは難しい。英国キャメロン首相が2010年7月に打ち出した「大きな社会(Big Society)」戦略では、民間銀行の休眠口座の資金を元手にした銀行「ビッグ・ソサエティー・バンク」を創設(2011年4月予定)することが謳われた。ビッグ・ソサエティー・バンクが社会的リターンと経済的リターンを組み合わせた社会インパクト債券(Social Impact Bonds)への投資等を行い、メインストリームの投資行動の変化を誘導していく計画となっている。
 ただし、資金供給側の行動を変えるには、SE側にも課題は多い。例えば、自尊心の向上といった社会的価値をも含めて事業価値を算出する社会的投資収益率(SROI: Social Return on Investment)など、SEの存在価値を社会にアピールできる独自の経営手法の開発が急がれる。「社会性と経済性の両立」を謳い文句に止めず、マネジメントの仕組みに落とし込む努力が不可欠だ。そうした仕組みがない限り、投資行動の変化を期待することは難しいだろう。
 第三に、これは逆説的な言い方になるが、「ソーシャル」という言葉に惑わされず、SEを特別視しないことが重要である。下手に甘やかすことなく、開かれた競争環境の下で厳しく育成することが、社会に貢献するSEを生み出すことになる。また、そうした社会環境でこそ、SEと行政、企業等とのダイナミックな協調・競争関係が形成され、結果として既存組織の変革を促す触媒役になれるのだ。そこに、わが国の「新しい公共」の姿が見えてくるはずである。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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