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日本総研ニュースレター 2012年11月号

電力システム改革がもたらすマーケティングイノベーション

2012年11月01日 段野孝一郎


家庭部門の小売自由化が創出する新たな技術と顧客便益
 2012年7月、経済産業省は、家庭部門の小売自由化をはじめとした電力システム改革の方向性を示した。従来、電力は価格以外での差別化が難しいコモディティ商品の典型とみなされてきたが、小売が自由化されれば、様々な新規参入事業者が競争することで技術革新が進み、新たな顧客便益が創出される可能性がある。中でも特に期待を集める技術は、再生可能エネルギーとスマートメーターである。

再生可能エネルギーは環境貢献という「情緒価値」で訴求
 再生可能エネルギーは、電力に対して「環境貢献」という価格以外の差別性を付与し得る。例えば、再生可能エネルギーに特化した米国のグリーンマウンテンエナジー社は、他の新規参入者が撤退する中、事業開始から15年経過した現在も順調に事業を展開している。同社の価格設定は他の電力小売会社と比べ割高であるが、環境意識の高い富裕層という共通の顧客セグメントを狙う有機食品スーパー(ホールフーズマーケットなど)と協賛したキャンペーンにより、顧客獲得に成功している。
 ドイツでは、環境に配慮した電源開発を進めるために、市民自らの手によって再生可能エネルギー供給会社「シェーナウ電力」が設立された。同社は「ゾンネンセント(英: ソーラーセント)」というプログラムを有しており、環境貢献を望む顧客から一定額の支出を募り、再生可能エネルギー電源の開発原資として供給力を向上させ、さらなる顧客を獲得するという好循環を進めている。いずれも環境貢献という「情緒価値」を顧客に強く訴求し、効果を上げた例である。

スマートメーターが実現するデマンドレスポンスによる節電
 リアルタイムで需要把握と双方向通信を行うスマートメーターは、需給逼迫時に需要家に働きかけ節電を図る仕組みである「デマンドレスポンス」を実現する中心として機能する。デマンドレスポンスは新しいエネルギー効率化サービスとして期待を集めており、既に米国では、デマンドレスポンスプロバイダーという節電支援を行う事業者が多数登場して一大市場を形成している。
 例えば、最大手企業の1つであるコンバージ社は家庭向けサービスに注力し、単なる節電アラートの提供に加え、各家庭のロードカーブに適した節電方法のアドバイスや、各家庭の居住地域で契約可能な各電力会社の料金プランの紹介など、コンシェルジュ機能を充実させ、1997年創業ながら顧客数30万サイト、契約電力1,271MWを達成している。わが国ではスマートメーターの仕様が未だ決まっていない状況ではあるが、いずれ標準化されれば、このようなサービスも標準的に求められるようになると考えられる。

電力供給以外のサービス展開にも期待
 家庭向け電力の小売市場が活発になれば、電力のみならず、周辺サービスまで含めた顧客便益の創出が発展する可能性も考えられる。自由化で先行するイギリスでは、既に電力、ガスともに扱うマルチユーティリティ会社が相次いで登場した。そのうち最大手のセントリカは、自由化後の差別化要因として、電力やガス自体の品質や価格は当然のこととして、「電気やガスが安全・便利に使える生活環境」こそが消費者の求めているものであると考え、従来のガス事業で培った保安技術、保安体制を活かして家庭向けエネルギー機器メンテナンスサービスに参入した。「電力、ガス自体は他社から買ったとしても、ガス機器、家電製品、暖房用温水配管などのメンテナンスはセントリカに頼みたい」と思わせる強固なブランド認知を築き上げ、自社顧客を防衛するとともに、他社顧客のスイッチングを進めている。

競争環境をつくる制度設計が不可欠
 以上のように、これまで代替手段がなく、マーケティング面での検討があまり進められてこなかった家庭向け電力小売市場においても、小売全面自由化によってガス会社や通信会社、ベンチャーなど異業種の参入が進めば、従来の電力会社と新規参入企業の競争の中から、顧客便益創出・向上が進むと考えられる。
 そのためには、各事業者が顧客と真剣に向き合い競争を行わざるを得ない環境を作るための制度設計が不可欠である。小売全面自由化はもちろんのこと、小売事業者にとって電源調達が容易になるような卸取引所の活性化策なども併せて検討されることを願いたい。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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