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「CSV」で企業を視る/(25)生き残りをかけての女性活躍支援-宇部興産

2014年11月04日 ESGリサーチセンター、小崎亜依子


 本シリーズ25回目となる今回は、総合化学メーカーである宇部興産を取り上げる。創業100年を超える同社が、今後も生き残っていくために女性活躍支援に着手した背景や、既に現れている経営効果について解説する。

(1)共存同栄の精神を持ち、地域の繁栄のため新規事業を創出
 同社のルーツは、1897年に創業された宇部の石炭を採掘する沖ノ山炭鉱にある。炭鉱の創業者である渡辺祐策が、石炭の埋蔵量には限りがあることから無限の価値を生む工業を興していくべきだと主張し、社会が求める事業を創出してきた。具体的には、炭鉱機械の製造・保守を目的とした宇部新川鉄工所(現、宇部興産機械)や、石炭と周辺地域で産出される石灰石、炭鉱廃土を利用した宇部セメント製造(現、宇部セメント工場)、石炭を原料に肥料の硫安を製造する宇部窒素工業(現、宇部ケミカル工場)などを次々と立ち上げた。
 創業時からの精神は脈々と受け継がれ、現在では、社会インフラ・生活関連・自動車・環境エネルギー・情報電子・医薬・航空宇宙といった国内外の幅広い市場をターゲットとして事業展開している。
 同社の経営理念は、「共存同栄」である。取り巻くあらゆる人々との共生と、社会貢献を通じた同栄を目指すことを意味している。企業を取り巻く人とともに栄えつつ、生き残るために新たな策を講じていくという同社の取り組みは、本シリーズが取り上げてきた共有価値創造(Creating Shared Value:CSV)の中でも、バリュー・チェーンの生産性の再定義に該当する取り組みとも言える。バリュー・チェーンの再定義とは、コスト削減を最重要視してバリュー・チェーンを構成するのではなく、従業員やサプライヤーなどを支援することで競争力の強化を図る取り組みを指す。

(2)迫りくる労働力人口減への適応策としての女性活躍支援
 2014年8月に発行した「CSR報告書2014年」の中で、竹下道夫グループCEOは、女性活躍を中心としたダイバーシティ推進への意欲を表明した。化学メーカーは、その業態ゆえに男性の比率が高く、女性活躍支援があまり進んでいないのが実態だ。そうした中で、化学メーカーのトップが女性活躍支援に言及するのは珍しい。
 なぜダイバーシティ、女性活躍支援なのか。竹下CEOは、「高度成長期の日本企業の強さを支えた、日本人、かつ男性を中心とする終身雇用を前提とした企業経営は、グローバル化の進展と、日本の産業構造や人口ピラミッドの変化により、破綻しつつある」と認識している[1]。つまり、労働人口が減る中で女性の活躍支援を進めなければ良い人材は確保できないし、グローバルで戦っていくためには多様な人材がもたらす知見を活用する必要があるということだ。企業を取り巻く環境が変化しているのであるから自社も変化すべきという、これまで同社が行ってきた環境に適応するための取り組みの一環として、女性活躍支援を捉えているのである。
 やると決めたからには、動きは早い。2013年10月には、人事部に「ダイバーシティ推進室」を設置。2014年5月に発行した社内報「ゆーびーいー」では、ダイバーシティの特集を組んだ。「ダイバーシティ」という用語にも馴染みのない関係者が多いことから、まずは用語の解説やなぜそれが必要なのかということを丁寧に説明している。

(3)ものづくり最前線に女性を配置
 同社で活躍している女性は、研究開発や本社・工場の管理間接業務従事者が多く、工場の製造部門はほとんどが男性である。ものづくりの最前線は男性が担うといった暗黙の認識があるという。ただ、技術職として応募してくる人材を見ると、非常に優秀な女性が多いことも徐々にわかってきた。そうした中で、2007年から工場の技術スタッフとして女性を配属し始めた。2012年に初めて女性製造スタッフを採用した堺工場では、最初は周囲も戸惑っていたが、徐々に慣れ、今では工場に欠かせない存在になっている。
 イノベーション創出といった経営効果などはまだこれからだが、優秀な人材を採用できる点が女性活躍支援の一番の経営効果だという。女性用トイレの整備といったところから着手しなくてはならない工場もあるが、着実に職域拡大を進めていく予定である。

 同社の女性活躍支援は始まったばかりであるが、トップを含めて全社的に取り組みを進めているため、女性活躍支援が今後急速に進み、様々な経営効果が現れることが期待できよう。女性の活躍支援は、これまで100年以上生き残ってきた同社が、さらに100年生き残る原動力となる可能性を秘めている。

参考情報
[1] UBEグループCSR報告書2014
[2] 本原稿作成においては、同社ダイバーシティ推進室長・坂本靖子氏にヒアリングさせて頂いた。この場を借りて、御礼を申し上げたい。

*この原稿は2014年10月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
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