コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

【ASEANにおけるPPPの現状と展望 3 マレーシア】
2020年の先進国入りを目指し、今こそ日本版PFIの推進を

2014年07月03日 西田恵


1.マレーシアで今求められているPPPとは

 マレーシアにおいて、「PPPを用いた都市開発」とは一般的に、政府系企業を主とする大企業が主導する公有地開発や行政の計画に紐づく民間開発を指す。
 都市基盤の整備については、事業者が初期投資を行い、自らが利用料収入で投資費用を回収するスキームを基本に、道路、港湾、橋梁等の整備が進められてきた。一方で、利用料収入では投資費用を回収できず公的資金の導入が必要な文化施設や教育施設等の整備については、新規整備や老朽化等に伴う更新需要への対応が大幅に遅れている状況にある。

2.「2020年の先進国入り」を目指すマレーシア

 マレーシアでは、安定した政治状況の下、近年急速な経済発展が続いており、首都クアラルンプール(以下、KL)をはじめとする主要大都市を中心に都市開発のスピードが著しい。
 同国では、国家ビジョンである「ビジョン2020」において「2020年までの先進国入り」という大きな目標を掲げている。そして、それを受けて「2020年」が、国土政策および都市開発に関する主要計画である「マレーシア計画」や「国家空間計画」等の各種計画においても明確な時限目標となっている。「2020年までに高所得国家かつ先進国となるべく国家の全体的な発展を導くため、効率的、公平的で持続可能な国家の空間的枠組みを創造する」(国家空間計画)、「KL市中心部から45分圏域を『一流のグローバル都市』に転換、2020年までに『最も住みやすい都市』として世界で20位以内とする」(地域整備構想)といった具合である。
 首都であり連邦直轄領であるKL市では、「KLストラクチャープラン2020」にて「A WORLD-CLASS CITY」の都市ビジョンを掲げ、2020年までの都市機能強化のための各種施策を示している。

3.都市開発分野における計画の進捗状況 ~2020年に間に合うのか?~

 都市開発という分野において、2020年までに残された約5年という期間は、必ずしも余裕がある長さとは言えない。計画達成までの期限が迫るなか、現在の進捗はどのような状況なのだろうか。
 まず、中央政府が直接管轄している計画を見てみる。それらは大きく次の2種類に分類できる。
 一つは、国の重要都市開発計画として具体的に位置づけられている計画である。代表的な案件としては、KL中心エリアにおけるTRX計画(国際金融地区計画)がある。これは、28.3haという大規模な土地をイスラム金融と関連サービスの国際ハブとして開発するもので、政府系投資会社とUAEの投資会社による合弁会社が開発主体となり、金融機関等の多様なセクターの他国籍企業250社による投資誘致を目指している。
 もう一つは、マレーシア計画で主要成長エリアとされるKL大都市圏等やコリドー(地域軸)開発の対象エリアにおいて、時限的に政府直轄組織として設置されている各開発庁が統括する計画である。例えば、同国でも開発の動きが盛んなジョホール州南部の特定開発エリアのイスカンダルでは、州や地方自治体ではなく、中央政府直轄のイスカンダル開発庁が開発全般を所管し、政府系を主とする大企業が主導する大規模開発案件が多く実施されている。
 上記の政府直轄案件は、多少の遅れが生じているものの、政府の強力な後押しの下、スケジュールの追い上げが図られている。これらの案件では、政府系企業を主とする大企業が「マスターデベロッパー」の立場で、行政が示す国家ビジョン等の大規模計画を踏まえ、まとまった規模のエリア開発のマネジメントを行う。そして、彼らの下で、国内外の複数の事業者がそれらの一部の開発を担う仕組みが基本となっている。
 一方、州レベル以下の組織では、計画に対する進捗の遅れが大きい。例えば、KL市では、交通ネットワーク整備、住宅およびそれに付随する生活関連施設の新規整備、老朽化した公共施設の整備・更新が喫緊の課題となっている。それらの課題解決に向け、同市では2020年までの具体的な目標数値を定めているが、現在の達成度は6割程度である。特に、住宅、教育施設、公園、スポーツ施設等の整備の遅れが顕著である。整備予定とされていても、具体的な事業計画がないものも多く、計画がある場合も進捗は芳しくない。

                     図表 KL市の公共施設更新計画(2010年時点)※住宅を除く

                                         出典:「KLストラクチャープラン2020」より日本総研作成                   

 計画遅延の理由としては、主に次の2つの理由が挙げられる。
 一つは、予算不足である。いわゆる公共施設の整備・更新について、同時期に多数の案件を進めていくだけの予算が確保できていない。国税を基本とする同国では、地方の独自財源がないため、政府から必要な予算配分を受けられなければ、事業額の大きい施策を独自に進めることが困難な状況にある。また、毎年の予算は、必ずしも計画通りに配分を受けられるわけではない。
 もう一つは、整備・更新のためのスキームに関するノウハウ不足である。これまで、自治体所管の公共施設の整備手法としては、各施設の設計と建設(施設によっては運営委託まで)を別々の事業者に発注する方法が基本とされてきた。しかし、それでは、数多い対象案件それぞれに対し、発注手続きが複数回発生する手間がかかってしまう。また、個別の発注金額が少額であるため、市発注の案件というものが、大規模な企業にとって魅力的な案件として認識されてこなかった。発注者側としては、高度なノウハウのある大規模事業者からの持ち込み提案は、業務関連ノウハウの蓄積、新規事業の契機づくりのための貴重な機会となるものである。しかし、これまで、同国の自治体は大規模事業者のビジネス対象ではなく日常の出入りもほとんどなかったため、そのような機会をほとんど得られないまま現在に至っている。
 近年、「1施設への複数機能の集約化」の取り組みが始められているが、そこでも各業務の発注の一本化や事業性向上のための工夫等が課題となっている。
 こうした状況を打開するにあたり、PPP手法、なかでもPFIが主要なツールとなると考えられる。

4.マレーシアにおけるPFIの概況

 同国の都市開発に係るPPPは、大きく、第1ステージ「民営化」→第2ステージ「事業者が初期投資を行い、自らが利用料収入で投資費用を回収することが可能なスキームによるPPP」→第3ステージ「初期投資を事業者が行い、行政が税財源を充当しそれを長期にわたり事業者に支払うスキームによるPPP」という3つの段階のステージを踏んできた。
 同国で最も浸透しているのは、第1ステージの民営化の概念であり、今なおこの認識は強く残っている。具体的には、行政の業務委託や政府関連企業の株式売却、長期間の不動産貸与といったもので、1980年代初期から20年以上にわたり取り組みが進められてきた。日本においては、これらはPFIの外側の幅広い意味でのPPP手法として認識されている。
 そして、1990年代に、第2ステージ「事業者が初期投資を行い、自らが利用料収入で投資費用を回収することが可能なスキームによるPPP」が始まる。実質的に民間開発といえる公有地活用や、利用料金の徴収が可能な公共施設の整備が、このステージで実施されてきた。整備対象としては道路、港湾、橋梁等が主な対象となってきたが、場所や距離・規模の違いにより、事業採算性が低く、中止になる事業も多かった。この手法は、日本では「独立採算型PFI」に該当するものである。
 これら第1ステージ、第2ステージまでのスキームは、実質的には公的な支出を伴うものではなかった。それが、第3ステージに入って大きく変わる。
 第3ステージ「初期投資を事業者が行い、行政が税財源を充当しそれを長期にわたり事業者に支払うスキームによるPPP」は、2006年に国家計画である第9次マレーシア計画においてPFIの取組方針が明示されたことから始まった。利用者からの料金収入だけでは投資費用を賄うことが困難な公共施設整備にこのスキームが適用されることになる。日本でいう「サービス購入型PFI」「混合型PFI」がこれにあたる。
 この新たなスキームの適用事例としては、交通ターミナル施設や大学、医療施設の整備等が数件あるが、発注者は国レベル(各省庁等)が主である。例えば、KL市では、所管施設の整備・運営等において適用実績はなく、計画さえ存在しないのが実情である。第3ステージに入って10年を迎えようとしている現在も、政府関係者等一部を除き、同スキームの浸透度は低い。これは同国におけるPPP事情の大きな特徴である。
 また、前述の通り、重点開発都市および各コリドーにおいて「マスターデベロッパー」らにより、多数の開発案件が実施されているが、いずれも外資導入を主眼に置いた民間開発に注力しており、PFIは所掌外となっている。地元行政が所管する公共施設の整備・更新等との連携はとられておらず、広場等一部のオープンスペースの提供を除き、公共機能の導入等はほとんど図られていない。
 こうした状況の中、国は、現在運用中の第10次マレーシア計画において、都市開発およびPPPに関し、「PPPの案件の増加」「促進基金の設立」「政府系企業等と民間企業の適切なバランスの達成」等を掲げており、PFIの推進も含まれている。政府のPPPの所管組織であるUKASでは、2016年までに同国におけるPPPレベルを先進国並みに引き上げることを目標とし、取り組みを進めつつある。しかし、自治体レベルでの取組推進という観点からの具体的な方針が示されるには至っていない。ガイドラインの見直しのほか、関連組織(関連省庁、自治体、開発庁等)からの案件提案の審議やモニタリングの仕組みの強化等を掲げるに留まっている。

5.日本版PFIの導入にあたって ~モデル案件の創出から始める同国へのアプローチ~

 目標とする公共施設の整備・更新計画が大幅に遅れているという同国の課題解決にあたり、日本版PFIは有効な手段であると考えられる。日本版PFIは、2006年の同国での導入後未だ実績の少ない「施設整備に係る費用に税財源を充当し長期にわたり行政が事業者に支払っていくスキーム」を用いて公共施設を整備していくものである。
 日本では、PFIによる公共施設整備・更新や公有地活用といったPPP手法を用いた都市機能向上に係る取組実績を多数有しているが、PFIについては、1999年の法整備以降、これまでに400件強の事業が実施されており、地方自治体における事業がその多くを占める。施設種類でみてみると、教育文化施設、医療施設、環境関連施設等の割合が大きい。また、「住宅、医療施設等」、「小学校、中学校、福祉施設等」、「福祉施設、図書館、公民館等」といった様々な組み合わせでの合築や併設といった複合施設整備の実績も多い。
 KL市においては、先述の通り、住宅、教育施設、公園、スポーツ施設等の複数機能の施設整備の遅れが課題となっており、こうした日本の事例を適用させることによる効果は大きい。機能の集約化、事業者選定の一括化等により、整備スピードを上げ、2020年までの計画達成に寄与できると考えられる
 日本からのアプローチとしては、大きく以下の2つの観点が重要と考える。

(1)日本の事例を参考にしたモデル案件の創出
 まずは、日本から、複数の公共機能を導入した施設をPFIで整備した事例を中心に紹介し、現在の同国の公共施設整備の遅れという課題の解決につながることを強く示していくことが必要である。同国では、現在、何よりも整備のスピード感、そして、利便性の高い限られた土地の有効活用が求められている。各施設の利用圏域を整理した上で、圏域ごとに施設機能を集約することが最も有効な手法となろう。
 具体的には、公共施設の更新・再編という課題に直面しているKL市にてモデル案件を提案、組成することから始めるのが妥当と考える。同市で整備需要が大きく、比較的小さな圏域での整備が求められている学校、公園、スポーツ施設といった機能の複合化が、効果が見えやすく、また横展開の幅も広いため、現地行政に響きやすいだろう。また、事業採算性のある集合住宅整備等の事業に、学校や診療所等の公共施設整備を付帯した事業を組成するという方法も有効である。KL市をはじめとする主要開発エリアでは、民間事業としての集合住宅整備の動きが活発だが、そうした仕組みの導入が契機となり、周辺地域の価値向上や外資の呼び込み等にもつながっていくはずである。
 いずれの場合でも、基本的に事業採算性の低い(もしくはない)公共施設の整備にあたっては、一定の施設整備費相当分を行政が負担する必要がある。前述の通り、州以下の役所における予算は、国によって配分されるため、UKASをはじめとする政府組織に対して必要な予算を求めることも必要となる。

(2)多くの事業者が参画しやすい事業環境の形成
 現在、同国における都市開発のプレーヤーは、大きく、マスターデベロッパーとしての役割を担うことのできる大規模企業と、それ以外の中小規模の企業に二分されるが、現在、自治体による公共施設整備においては、他により採算性の高い事業があることや公共事業の発注規模の小ささ等から、高度なノウハウを有する大規模企業はほとんど関与していない。しかし、(1)に示したような案件組成、その推進に際しては、事業規模に応じて適切な事業者が参画し、最も効率的な事業が実施されることが望ましい。
 大規模で高度なノウハウを要する案件では、国内外の大規模事業者が代表企業として参画し中小の事業者を従える形態、小規模案件においては、現在、自治体から発注される設計、施工、管理等の業務を個別受注している中小規模の事業者のうち、中規模企業に分類される比較的体力のある企業がそれを担う形態が想定される。
 そして、様々な形態での事業環境を形成するためには、次の2点が重要となる。1点目は、官民の適切なリスク分担である。「初期投資を事業者が行い、行政が税財源を充当しそれを長期にわたり事業者に支払うスキーム」においては、従来型の「事業者が初期投資を行い、自らが利用料収入で投資費用を回収することが可能なスキームによるPPP」に比べて民間リスクは低減するが、応募リスクから資金調達、制度関連、債務不履行、不可抗力、物価変動等の各項目および区分の明確化は必須である。これまではそのほとんどを民間側が負い、行政側は行政都合による制度変更等一部のリスクしか負担してこなかったが、今後は、各リスク項目を細分化した上で、行政も積極的にリスクを負担する姿勢が必要である。2点目は、行政による十分かつ適切なモニタリング(事業実施状況の確認)の実施である。これは、同国ですでに力のある大規模企業にとっては公共案件への参画意欲の向上、中小企業や海外企業にとっては大規模企業のコントロール下の業務への参入障壁の低下、純粋公共事業以外でのビジネスチャンスの増加につながる。
 日本の案件のスキームや特徴を分野ごとに提示するなど、KL市への事業提案と並行してUKASに対しても直接的なアプローチを実施することが有効である。そして、日本企業を含めた幅広いプレーヤーが主体となって参画できる事業環境を形成していくことが望まれる。
 上記のような取り組みを通じ、日本は、マレーシアにおける2020年までの先進国入り、彼らの目指す国家目標、都市目標の実現に寄与していくとともに、日本企業のビジネス環境の創出、PFI先進国としての世界に対する発信等につなげていくことが可能となる。
 同国におけるビジネスについては、周辺諸国と比較して市場が小さく、発展性が低いという点が指摘されることが多いが、イスラム圏という視点で捉えてみると状況は変わってくる。同国では長年、国を挙げて「イスラム圏内での先進国」を目指し、その地位を確立してきた。イスラム圏には金融をはじめとする独自のビジネスネットワーク、経済文化があり、これまでイスラム圏内外でのビジネスには低からぬ障壁があったが、取り組み次第では、少なくとも都市開発分野において、日本企業はこれまで主対象とはしてこなかった当該地域でのビジネスチャンスにつなげていくことも期待できる。
                                                     
    
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ