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アジア・マンスリー 2014年6月号

【トピックス】
高齢社会を控えた韓国での定年延長

2014年06月02日 向山英彦


韓国では2017年に「高齢社会」に移行すると予想されるなかで、政府は高齢化対策に力を入れている。2016年から開始される「60歳定年制」は韓国の経済社会に大きなインパクトをもたらす可能性がある。

■近く到来する「高齢社会」
韓国では2013年4月に、「雇用上の年齢差別禁止および高齢者雇用促進法改正法」が国会で可決された。従来「努力義務」であった60歳以上の定年が、従業員300人以上の事業所では16年から、300人未満の事業所では17年から義務づけられる。こうした背景には、少子高齢化の急速な進展に伴い、財政支出の増加圧力が強まっていることがある。
韓国の合計特殊出生率は1991年の1.71から2000年に1.47へ低下した後、2001年に日本を下回る1.30、05年には1.08となった。盧武鉉政権(2003~08年)下で少子化対策が打ち出されたこともあって緩やかに回復してきたが、13年は1.18であった。

2000年代に入って少子化が加速した要因には、所得・雇用環境の悪化に加えて、教育費の増加やワークライフバランスの難しい社会環境などが指摘できる。少子化の進展により生産年齢人口(15~64歳)は17年に減少に転じる一方、韓国は「高齢社会」(全人口に占める65歳以上の人口が14%以上)に移行する見通しである。
「高齢社会」を控えて問題になっているのが高齢者の貧困である。OECDの統計によれば、韓国の相対的貧困率(所得分布における中央値の50%に満たない国民の全体に占める割合)は45.1%(2009年)で、OECD加盟諸国(平均は13.5%)のなかで最も高い。この要因には、①短い勤続年数(早い退職年齢)、②低い年金給付額、③公的扶助の未利用などがある。

高齢者の生活は貯蓄や就業の継続、子供や親族の援助(近年、核家族化の進展や若年層の就業難などにより家族の扶養機能は低下)を別にすれば、退職金、国民年金、低所得層を対象とした公的扶助に依存することになるが、それが十分に整備されていないのが現状である。

韓国の年金制度は60年に公務員年金、63年軍人年金、75年私立学校教職員年金と、特定の職域年金制度が整備されたが、18歳以上60歳未満の国民を対象にした国民年金制度は88年になって導入された(当初は従業員10人以上の事業所が対象)。92年に従業員5人以上の事業所、95年に農漁民と農漁村地域の自営業者、99年に都市地域の自営業者、零細事業者、臨時職・日雇い勤労者と、その対象が段階的に広げられた。

経済社会環境の変化を受けて保険料率と給付率の見直しが数回行われ、現在の保険料率は9%(事業所加入者は労使折半、それ以外は全額自己負担)、給付(所得代替)率は2012年時点で48%(2008年に従来の60%から50%に引き下げられ、それ以降毎年0.5%ずつ引き下げられ、28年に40%となる)である。ただし、給付率は40年の加入期間(最低加入期間は20年)を満たしてのものであり、20年の加入であれば半分程度となる。実際、給付額をみると(National Pension Monthly Statistics)、20年以上加入した者の平均月額が85万1,090ウォン(約8万5千円)であるのに対し、加入期間が10~20年の場合には41万0,680ウォンであり、最低生活費(健康福祉部によれば単身世帯の2012年の最低生活費は55万3,354ウォン)に達していない。

国民皆年金制度の実現が比較的最近であったため現在の年金受給者数は少ないものの、高齢化の進展で今後加速度的に増加し、年金財政の悪化をまねく恐れがある(右図)。これに対応するため、2007年に給付率の引き下げとともに、支給開始年齢を13年から61歳(当初60歳)に、その後5年ごとに1歳ずつ引き上げられ33年には65歳にすることが決定された。

■強まる財政支出圧力
年金受給資格がないこと、受給額が低水準であることから多くの高齢者が厳しい生活を余儀なくされている状況を受けて、2008年から税金を用いて、所得水準が一定以下の者に対する定額給付制度(基礎老齢年金制度)が施行された。しかし、基礎老齢年金(最大9万ウォン)を加えても、依然として最低生活費をカバーできていない者が多数存在している。

朴槿恵大統領は大統領選挙の際に、「65歳以上のすべての高齢者に月20万ウォンの基礎老齢年金を支給する」ことを公約に掲げたが、財源の確保が難しいため、「所得上位30%には支給せず、残り70%には最大20万ウォンまで支給する」方針へ変更した。

国庫負担はこれまでのところ、年金サービス費用の一部、農業漁業者の保険料の一部、基礎老齢年金給付であるが、増加傾向にある。年金制度を持続可能なものとするためには、将来いずれかの段階で多額の税金を投入する必要性が出てくることも予想される。さらに少子化対策や高齢社会に向けての健康保健サービスの拡充など、財政支出圧力が強まっている。

したがって、短期的には歳出の見直しと財源の確保に努めながら、中長期的には持続可能な経済社会を建設することが課題になっているといえる。定年の延長が必要となった背景には、①年金支給開始年齢が引き上げられること、②大企業を早期退職した人が自営業に転じた(開業資金の借り入れは家計債務の増加にもつながっている)ものの、同業者間の厳しい競争や大型量販店の増加などで数年で閉店に追い込まれ、貧困に陥るケースも報告されていることなどがある。通貨危機後、大企業では能力主義が徹底されたため、40歳代で退職(事実上の解雇である「名誉退職」を含む)する人は珍しくない。その意味で、「60歳定年制」の実施は韓国のこれまでの経済社会を大きく変える可能性がある。

将来の「60歳以上定年制」の実施を控えて、サムスン電子などでは定年を延長する一方、「賃金ピーク制」を導入する動きがみられる。こうした半面、法律の施行を前に退職を迫る動きが広がることが懸念されており、今後の動きに注意したい。