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【TPP 各業界のリスクとチャンス④】
加工食品業界

2014年05月22日 叶内朋則


 TPP交渉は2013年内の交渉妥結(あるいはおおむね合意)を目指していたものの、米国をはじめとした交渉参加国の間の溝は埋まらず、年内合意は見送られた。その後も、全体会合や個別の2国間協議が繰り返し行われているが、現時点では最終合意の見通しは立っていない。政府としては夏までの大筋合意を目指して交渉が進んでいるものの、その締結に向けたスケジュールは未だ不透明な状況にある。
 とはいえ、TPPは新たな自由貿易の枠組みを構築する試みであり、韓国政府もTPP交渉参加への関心を表明し、自国主導でのFTA交渉を推進したい中国も交渉の行方に関心を寄せるなど、依然アジア太平洋地域での重要な課題であることに変わりはない。

 連載第4回の本稿では、わが国の加工食品業界にスポットを当て、TPP締結による当業界への影響を想定し、対応すべき課題を考察する。

TPP締結は加工食品業界のグローバル展開を後押しする

 加工食品業界については、[※TPP連載シリーズ①で示した交渉21分野] の中では、特に「物品市場アクセス」「原産地規則」「SPS(衛生植物検疫)」「TBT(貿易の技術的障害)」および「投資」分野が関連する。

<物品市場アクセス: 調達・販売のボーダーレス化が進む>
 「物品市場アクセス」の分野では、原則、最終的にTPP参加国間の貿易における関税をゼロとすることを目指している。これが実現すれば、調達や販売における関税障壁が無くなり、TPP域内は国内と同様の取引が可能となる。調達および販売のグローバル化が容易になると想定される。

<原産地規則: 原材料や中間品の調達先や生産拠点の場所に留意が必要>
 「原産地規則」は、貿易品の関税適用の根拠となる原産地を判定するためのルールであり、TPPでは統一された規則を新たに策定すべく交渉が進められている。原産地規則は、実質的に第3国で生産された産品を再輸出して有利な税率を適用されることを回避(迂回貿易回避)するためのルールである。
 加工品の輸出入についてTPPでの有利な関税を適用しようと思えば、その原材料や中間品の産地にも留意が必要となる。

<SPS(衛生植物検疫): 食品衛生管理の国際基準への対応が求められる>
 「SPS(衛生植物検疫)」の分野には、検疫のみならず最終製品の規格、生産方法、リスク評価方法などが含まれ、食品の安全と動植物の健康に関する全てのルールが含まれる。この分野では基本的にはWTOのSPS協定をベースに議論がなされている。
 TPP域内の海外市場への展開を推進しようと思えば、米国や東南アジアで一般的なHACCPの導入の検討が必要となるだろう。

<TBT(貿易の技術的障害): 国際基準との調和の方向へ>
 「TBT(貿易の技術的障害)」の分野には、工業品および農産品を含めすべての産品における規格やその規格の適合性を評価する手続きに関する国際ルールが含まれ、JAS規格やJIS規格などが関係してくる。遺伝子組み換え作物や食品表示について議論されている。
 この分野においてもWTOのTBT協定をベースに協議が進んでおり、SPS分野と同様、国際基準との調和の方向へ進むと考えられる。

<投資: 海外への本格進出が可能に>
 「投資」の分野では、内外投資の無差別原則(内国民待遇、最恵国待遇)、投資に関する紛争解決手続き等について定めるものであり、外資規制、参入制限および過度な許認可要件等の撤廃緩和を目指すものである。TPP参加国への生産拠点展開や販売網整備などの本格展開を考えている企業にとっては、現地法人の設立や現地企業との提携などにおける、有形無形のさまざまな規制が撤廃されることが期待される。

バリューチェーンで考える加工食品業界への影響

 TPP締結によって、加工食品業界のバリューチェーンでは各プレイヤーそれぞれに相当の影響が想定される。当業界は、その原材料の調達から加工、流通、小売り、消費者といった一連のバリューチェーンの関係性が強い業界である。特に当業界のメインプレイヤーである食品メーカーとしては、食の安全や質の確保という面も含め、原材料を安定的に調達し、鮮度の維持や商圏の確保のために流通や小売りと連携していく必要があるため、それらの影響を総合的に考慮する必要があるだろう。

(図: 加工食品業界のバリューチェーンにおけるTPPの影響の想定)

当業界の各プレイヤーへのTPP締結の影響は以下のように整理できる。

1. 原材料の海外からの調達 (+)
2. 海外生産品の輸入増加 (+-)
3. 輸出による海外市場開拓 (+)
4. 海外生産の拡大 (+)
5. 国内調達先の淘汰 (-)
6. 消費者特性の変化 (+-)
7. 国内企業による海外企業のM&A (+)
(※ (+).(-)は好影響、悪影響を表す)

 まず、大きな影響があると考えられるのが農畜産品等の原材料の調達への影響だろう(上記の影響1および5)。関税の撤廃は国内の生産者に少なからず影響を与え、国産農畜産物の供給が不安定になる可能性がある。国産としての付加価値のない食材は海外産品に駆逐されるが、国産としての価値(質の高さや安全性など)がある食材は海外市場へと流れるため需給がひっ迫する。TPPによって、短期的には需給バランスが崩れ、国内の市場が混乱することが予想される。一方で、海外からの調達はコスト面でのメリットが期待されるが、調達ルートの確保や安全性の担保が課題となるだろう。よほどの大手企業でもない限り、海外調達の独自ルートの開拓は難しい。

 市場・消費者の視点では、海外の市場・消費者への展開にチャンスがあると考えられる。TPPによって、輸出や現地生産、M&Aといった海外展開施策がとりやすくなるだろう(上記3、4および7)。TPP参加国のうち、ベトナム、シンガポール、マレーシア辺りが、有望な市場であろう。ベトナムは人口も所得も今が成長期の活気ある国であるし、シンガポールとマレーシアはアジアの中でもすでに所得が高く、中間層が厚いため、高付加価値な日本の製品や日本食レストランが受け入れられるチャンスが大きい国である。一方、まだ日本食にまだなじみがない国々では、日本食を食文化として浸透させ、ビジネスとして成果を得られるようになるまでには時間と労力がかかるだろう。
 国内においては、海外生産品の増加が想定され、低価格化が進む恐れがある。そうでなくとも、売り場に並ぶ食品が変化すれば、おのずと消費者の食文化やライフスタイル、嗜好も変わっていく。中長期的には消費者の食の嗜好が変化していくことで食卓への出現頻度が減少し、消費が落ち込んでいく可能性も考えられる(上記2および6)。


TPP締結によって広がる選択肢をどう考えるか

 このようにTPP締結により、わが国の加工食品業界を取り巻く経営環境は大きく変化すると考えられる。それは調達や販売、あるいは生産といった個別の要素に対する影響もさることながら、それらを組み合わせたビジネスモデルの選択の幅が広がるということでもある。従来の競争相手のみならず、新たなビジネスモデルを持った、海外資本企業、ファブレス企業、コングロマリット企業等の多様な競争相手が出現してくる可能性が高い。
 そのような状況下で、業界や企業の従来の課題がより顕著になり、より迅速な対応が求められるようになるだろう。各企業はTPP締結後の競争の激化へ備えた「守り」の対応が求められる。迎え討つ側としては、経営の自由度の広がりに合わせ、ビジネスモデルを再構築し最適化する経営改革が求められるだろう。これを機に従来からの課題には対処しておくべきである。
 「守り」の観点では、国内の市場・消費者への対応も重要になる。前述のように、中長期的には国内の消費者が変化していく可能性は高い。そうした嗜好の変化にいかに対応していくか、あるいは嗜好をいかに守るか、という点も重要な対応の一つとなる。
 一方で、「攻め」に目を転じると、TPPにより加工食品市場は拡大すると捉えるべきだろう。少子高齢化により縮小傾向にある国内の食品市場に対して、TPP参加国には人口も食品市場規模も拡大している新興国が存在する。成長する市場がTPPによってアクセスが容易になってくるのである。この市場をいかに取り込んでいくかが、今後の加工食品業の将来を左右することになる。
 加工食品業界にとって取り組むべき課題は山積している。安定的な調達、安全安心な製造、トレーサビリティの確保、大手小売りのバイイングパワーへの対応、国内市場の縮小、低価格化の進行など、TPPにかかわりなく存在する。TPPによって競争環境の激化が想定される一方で、TPPによって経営の選択肢は広がることになる。広がった選択肢をどのように組み合わせ、どこに向かっていくのか、これまで以上に難しいかじ取りが必要となるだろう。
 そうした中で各企業は冷静に自社を見つめ直す必要がある。多岐にわたる課題の中で、自社に影響のある課題は何か、その影響度はいかほどなのかを、個々の事情を踏まえて見極めていく、評価作業に取り組むべきである。TPP締結後、すぐに環境変化として表れてくるものではないものの、企業を変えていくのには時間がかかるものである。この猶予時間を利用して、今後の「戦い方」をぜひ検討してほしい。

まとめ

 TPP締結により自由化の促進と市場の拡大が進む。それは、成長のチャンスであるとともに、淘汰されるリスクがあるということでもある。加工食品業界は国内での競争が比較的緩やかであった分、その変化は大きいと言える。国内の食品市場は縮小傾向であり、現時点でも加工食品業界が抱える課題は多い。TPPの締結はそれを加速するものとなるだろう。TPP締結で加工食品業界もグローバルでの競争にさらされるようになる。だが、「旨味」に代表されるような味覚に対する繊細さや健康的な栄養バランス、彩り・季節感などの美しい表現など、日本の食は魅力的な食文化を有しており、世界で十分に戦っていけるはずである。あとはその戦い方を見つければよい。各企業においてはTPP後のグローバル市場に向けて準備を進め、この大きな変化を成長へとつなげていただきたいと願っている。
 
                                                                        以上

※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。











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