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【「CSV」で企業を視る】(19)海運業における外国人人材の確保・育成の取り組み

2014年05月01日 ESGリサーチセンター、長谷直子


 本シリーズでは、マイケル・ポーター教授が提唱するCSV戦略(共有価値の創造戦略)[1]の考え方をもとに、日本企業におけるCSVの事例解説を行っている。CSV戦略とは、社会的課題の解決を自社ビジネスへと結びつけ、本業を通じた課題解決によって自社の競争力を高めようとする戦略のことである。今回は、共有価値創造の手法の1つである「企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターの組成」の事例として、日本の海運会社における外国人人材確保・育成の取り組みを紹介する。

(1)船員を取り巻く現状と課題
 全日本海員組合の調査によると、2012年時点で日本の外航海運各社が運航する船舶に乗り組む船員約56,000人のうち、約96%がアジア地域出身者である。その内訳は、フィリピン人船員が74.1%、その他のアジアが21.7%、アジア以外が2.2%、日本人船員はわずか2.1%となっている。日本の外航海運は、アジア地域を中心とした外国人船員によって支えられているのが現状である。1970年代には日本人船員も60,000人近くいたが、船舶運航のコスト削減などのために、日本人船員からアジア人船員への移行が進んだ。世界的にも船員の不足が問題視されており、欧州海運会社との間で、優秀なアジア人船員の囲い込み競争が激化している。海運業にとって最も重要な「安全運航」を実現するうえで、優秀な外国人船員を確保することは大きな課題の一つと言える。
 このため、日本の海運各社ではフィリピンなどに船員を養成するための商船大学を設立したり、現地の商船大学と提携して、船員教育のためのカリキュラムを提供するなどの取り組みを実施している。

(2)日本郵船における外国人船員確保・育成の取り組み
 こうした中、海運大手の一社である日本郵船では、優秀な外国人船員の確保に向けて一歩進んだ取り組みを行っている。同社は2007年、他社に先駆けて自前の商船大学NTMAをフィリピンに設立した。日本郵船グループが日本で培ってきた船員育成の経験に加え、基礎学力を向上させる独自プログラムを採用し、質の高い船員の育成を図っている。NTMAは2011年に日本で初めて、国土交通省の機関承認制度で海外船員教育機関としての認定を受けた。新たな船員研修施設なども開設し、2012年までは1学年120名程度だったところを、2013年度からは180名に増員するなど人材育成を強化している。また、同社は、船員を手配し船を管理する船舶管理会社をシンガポールに設立した。日本郵船ではさらに、その船舶管理会社の支社をフィリピンに設け、現地の船員に陸上での職域も設けているという[2]。現地の船員が海上で働ける期間には限りがある。船員に対して陸上での職域にチャレンジできる場を提供し、長く働ける環境を整備することは、船員のキャリアパスに配慮した取り組みといえる。日本郵船にとっても、船員の会社に対するロイヤルティーが高まり、質の高い人材が定着するという意味で企業価値向上につながる。
 同社の工藤社長はNTMAの入学の式典で、人材の育成と強化が船の運航と提供するサービスに良い影響を与えること、船の安全運航、効率運航、オンタイムでの貨物の安全なデリバリーを確実にするには、有能で信頼できる船員が必要であることを述べている。
 人材育成の取り組みは、効果が出るまでに時間を要する。地道な取り組みだが「人材」という競争基盤を強化することは、海運業において安全・確実な輸送サービスを提供するための必須条件と考える。現地船員のキャリアパスの延長線上に陸上勤務を位置づけるという小さな取組みではあるが、人材の定着・安全運航の実現を通じて、企業価値向上につながっている事例といえるだろう。

参考情報
[1] Porter, M.E., and M.R. Kramer, “Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略,”DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, June 2011
[2] 日本郵船NYKレポート2013

*この原稿は2014年4月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
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