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【「CSV」で企業を視る】(14)地方発CSV

2013年12月02日 ESGリサーチセンター、長谷直子


 本シリーズでは、M.ポーターの「『共有価値』の創造:Creating Shared Value(CSV)」(※1)に関連して、具体的な企業の事例を交えて解説している。14回目となる今回は、「地方発CSV」として、地方における社会的課題の解決と自社ビジネスの競争力強化を両立している事例と、地方の企業が『共有価値』創造を実現させている事例を取り上げる。

(1)東北地方の復興支援と自社ビジネスの市場拡大
 住友林業では、次世代の新事業として非住宅分野での木材の用途拡大を推進する「木化事業」に力を入れている。学校施設や保育園といった公共施設や医療・福祉施設など、大型建築物の構造部分に木材を使用する「木造化」と、内装部分に木材を使う「木質化」を進めることで、木材の利用拡大を図ろうというものだ。この木化事業を通じた、東日本大震災の復興支援の取組みがある。
 同社は宮城県東松島市と2012年7月に「復興まちづくりにおける連携と協力に関する協定」を締結し、「木化都市」という新たな都市モデルの実現を支援している。同社の支援分野の一つに、公営住宅、文教施設、観光施設、スポーツ施設など各種公共施設の木化推進を掲げ、被災者の心のケアにつながる木造の仮設診療所の建設などを行っている。木から生み出される空間は精神的にも癒しの効果があり、医療面でその効果を発揮するという。また、岩手県陸前高田市においても、地域の人々が気軽に立ち寄れるコミュニティづくりの一環として、東北材を活用した木造の仮設店舗を建設している。こうした木のちからを活かした「人が集まる魅力あるまちづくり」の取組みは、被災地だけでなく日本の地方都市すべてにあてはまるとして、同社では木化事業を通じたまちづくり支援の取組みを、他の地方都市でも展開する予定だ。
 住友林業にとっては、公営住宅、文教施設、観光施設、スポーツ施設などの公共施設で、より多くの人に木の良さを知ってもらうことで木材や森林への理解が深まることを期待しているという。これまで、公共施設では、耐震性や耐火性などの観点から木造建築があまり使われてこなかったが、多くの人が木の温もりや癒し効果を実感することで木の良さが見直されれば、木造建物物への需要が高まることが期待される。今後、国内では新築住宅市場の縮小が予想される中、鉄筋コンクリート造が多かった大型建築分野において新たな市場を開拓しようとしている。
この事例では、東北の復興支援とともに、自社ビジネスにおける市場拡大という『共有価値』が目指されている。

(2)全契約社員の正社員化と企業価値向上
 共有価値創造の手法の1つに、「バリュー・チェーンの生産性を再定義する」という考え方がある。その中で「付加価値を生み出すステークホルダーの育成」という手法があり、前回紹介した「サプライヤーの育成」などがこれに当てはまるが、「従業員の生産性向上」もその一つだ。その具体的な事例として、「全契約社員の正社員化」を2009年に全国で初めて実現した広島電鉄の取組みを紹介したい。これは、労働組合と経営側の長年にわたる労使交渉の末に成し遂げられたものだ。そこに至るまでの労使交渉の過程については本稿では詳述しないが、全契約社員を正社員化するために、経営側は年間で3億5700万円の人件費増を余儀なくされた(※2)という。しかし、これによって同社が全国的に注目を浴び、企業のイメージアップを獲得したことで、人件費増を相殺するほどの効果を得たと考えられる。従業員の労働意欲や、モチベーション・モラルを向上させる結果ともなった。労働組合側の粘り強さもあるが、同時に、これを受け入れた経営側も先見性を持っていたと言える。当時の大田哲哉社長は、「非正規の犠牲の上に成り立っている会社に未来はない」と断言し、正社員化することで、職場の活性化や優秀な人材の確保など、長期的な経営安定化に努めたとしている。同社の直近(2013年3月期)の決算によると、売上高は41,616(百万円)(正社員化を行った後の2010年3月期の売上高に比べて約14%増加)、営業利益は1,437(百万円)(2010年3月期営業利益に比べて約21%増加)となった。同社ではさらに、契約社員の正社員化の取組みをグループ企業でも検討しているという。
 従業員の労働意欲を喚起させ、最大のパフォーマンスを発揮できるようにした結果、サービスの向上につながり、企業の競争力強化という『共有価値』が創造されている事例と言えるだろう。

※1 Michael E. Porter, Mark R. Kramer, “Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略,” DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, June 2011.
参考資料:各社ホームページ、CSRレポート、有価証券報告書、アニュアルレポート
※2 河西宏祐、全契約社員の正社員化-私鉄広電支部・混迷から再生へ(1993年~2009年)-、早稲田大学学術叢書 新装版、2012年7月

*この原稿は2013年11月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。

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