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【TPP 各業界のリスクとチャンス②】
物流業界

2013年08月13日 千葉岳洋


 連載第2回の本稿では、21の分野の中で、特にわが国物流業界に影響を及ぼし得る分野を明らかにし、その影響と各物流企業が対応するべき方向性を紹介する。

TPP参加は物流業界全体では成長の追い風に

 物流業界については、TPP連載シリーズ①で示した交渉21分野の中では、特に「物品市場アクセス」「貿易円滑化」および「投資」分野が関連する。

<物品市場アクセス:物流増による需要増加>
 「物品市場アクセス」とは、物品貿易に関して関税の撤廃や削減の方法等を定めること、また内国民優遇など物品貿易を行う上での基本ルールを定めることを規定するものであり、原則、最終的にTPP参加国間の貿易における関税をゼロとすることとしている。平成25年3月25日に公表された政府統一試算によると、関税撤廃によってわが国の実質GDPは約3.2兆円増加するとされている。この内訳は、消費:3.0兆円増、投資:0.5兆円増、輸出2.6兆円増、輸入2.9兆円減(輸入「増」による実質GDP減少)となっている。物品の移動が起こる「消費」および「輸出入」が増加することは、物流業界として追い風の影響となる。

<貿易円滑化:円滑化促進による業務コスト削減可能性>
 「貿易円滑化」とは、貿易規則の透明性の向上や貿易手続きの簡素化・迅速化および国際標準への調和化のための規定、貿易手続きのシングル・ウィンドウ化(※1)等について定めたものである。
主に発展途上国では、「公表されない法規の突然の改廃」「猶予期間のない課税方法の突然の変更」および「明文化されていない通関規則や地域によって異なる通関制度の存在」などの運用面・制度面での問題が恒常的に発生しており、かねてからわが国荷主企業より貿易円滑化の改善意見として提起されてきた。これら貿易規則の透明性を向上させるとともに、貿易手続きのシングル・ウィンドウ化によって貿易手続きに係る事務作業は大いに削減できる。特に物流業のフォワーダー業務(乙仲とも呼称)に従事する企業は、多くの場合荷主企業の輸出入通関手続きの代行をしており、TPP参加による通関の透明性の向上や手続きの簡略化は、むしろフォワーダー事業者にとって業務コスト削減の絶好の機会となる。

<投資:国際展開拡大の可能性>
 「投資」とは、内外投資の無差別原則(内国民待遇、最恵国待遇)、投資に関する紛争解決手続き等について定めるものであり、外資規制、参入制限および過度な免許要件等の撤廃緩和を目指すものである。物流業のようなインフラに係る事業は、特に発展途上国において外資規制の対象となるケースが多いことが特徴である。TPP参加により、このような外資規制が撤廃緩和されることによって、当該地域へのわが国物流企業の進出を促すものとなるであろう。

TPP参加によって国内外の物流市場の競争は激化

 TPP参加によるわが国物流業界への影響を総括すると、おおむね好影響を受けるものと考える。しかし、個々の物流企業がこの好影響を享受できるものと考えることは早計である。 
なぜなら、TPP交渉による上記分野の自由化促進および市場拡大は、大きく2つの脅威を生むものと想定されるからである。
 第1は、物流市場のグローバル化である。
欧米では既にインテグレーターと呼ばれるグローバル巨大物流企業が存在している。わが国製造業のグローバル化も進んでおり、これらグローバル製造企業は物流企業に対してもグローバルでのサービスを求めるようになっている。こうしたニーズへの対応を逸すると、日本市場を含めたTPP参加国での物流市場から駆逐されることになるであろう。
 第2は、途上国の新興物流企業の成長である。
「貿易円滑化」によって、不透明な規則および複雑な輸出入手続き等の障害が除去されてコスト削減が可能となれば、こうした新興企業の台頭を促すことになろう。これら新興企業は、レガシーシステム(時代遅れとなった古いシステム)などの旧来型のシステムを抱えるわが国物流企業とは異なり、最新のITや経営手法などのビジネスインフラを取り込みながら低コストを武器に急成長する傾向があり、わが国物流企業にとって脅威となりえる。

グローバルでの効率的ワン・ストップ物流サービスの実現へ

 このような状況の中、わが国物流企業が求められる役割は、何であろうか。大手企業と中堅中小企業とでは異なるはずである。
 まず、大手企業の場合は、ワン・ストップで迅速かつ柔軟に対応する体制を自前で構築することが期待される。これをわが国物流企業が実現できれば、欧米巨大物流企業に対して競争優位性を確保し、結果TPP参加による旺盛な物流需要を取り込んでさらなる成長することができるであろう。
 一方、中堅中小企業の場合は、大手企業と同様の展開は難しい。しかし中堅中小企業は、コールドチェーンや荷扱い・配送における正確かつ効率的なオペレーション等の特定分野におけるきめ細かいサービスに定評がある。こうしたきめ細かいサービスを武器に、大手企業が対応できない領域でエッジを立てることができれば、大手企業と連携してワン・ストップサービスの一翼を担うことが可能となり、共に成長していくことができるであろう。
 いずれにせよ、大手企業でも中堅中小企業でも、業務の効率化をさらに推し進めることが、その大前提となる。一般的に海外事業が拡大するごとにグループの経営管理・販売管理業務などの事務作業は複雑化し、管理コストの増加を引き起こす。これに対しては、例えば、国内外グループ会社へのシェアードサービスの実現や最新ITの活用等の対策が考えられる。物流サービスの向上に寄与しない管理に係るコストを大胆に削減していくことで、新興企業との競争を生き抜くことができるであろう。

まとめ

 TPP参加は、わが国物流企業の需要増をもたらす一方、グローバルでのボーダーレスな物流市場を生み出し、物流市場における競争を激化させるであろう。わが国物流企業は、激しい競争を生き抜くために、TPP参加を梃子に海外事業を加速させ、グローバル製造業などの高度の物流ニーズに対応する必要がある。物流サービスの高度化・多様化と同時に経営の効率化を推し進め、わが国発のグローバル物流企業が誕生することを期待する。

(※1)シングル・ウィンドウとは、貿易に係る関係機関の各システムを相互に接続・連携することにより、各輸出入関連手続きに共通する情報の重複入力作業の手間を省き、複数の行政機関の申請をひとつの窓口から行うことを可能とする制度を指す。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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