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アジア・マンスリー 2013年7月号

【トピックス】
中国最低賃金の引き上げが限界に

2013年07月04日 三浦有史


中国の最低賃金は2009年比で6割増加した。習近平体制のもとでさらなる引き上げが予想される一方で、引き上げの副作用も顕在化している。国有企業改革を通じて賃金を抑制できるかが今後の課題である。

■最低賃金は2009年比64.1%増
中国では所得格差の是正と消費主導型経済への移行を目指し、最低賃金が大幅に引き上げられている。人力資源社会保障部は、4月末、2012年に最低賃金の引き上げを行った地域が25省・市・自治区におよび、平均上昇率は前年比20.2%であったとした。2010年は30省・市・自治区が同22.8%、2011年は30省・市・自治区が同22.0%の引き上げをはかったため、3年連続で20%を超える引上げがなされたことになる。一方、都市の消費者物価上昇率は2010年が+3.2%、2011年が+5.3%、2012年が+2.6%である。上の平均上昇率を全国平均と見做すと、最低賃金は過去3年で実質的に年平均18.0%、2009年比で64.1%も上昇した計算になる。

2009年に最低賃金を引上げた地域は、山西、上海、江蘇、浙江、福建、広東、天津の7省・市に限られることから、引き上げは2010年から全国的な現象になったと見做すことができる。この背景にはリーマンショックによる低所得者への影響を緩和し、社会の安定化をはかるという思惑があった。2011年に採択された第12次五カ年計画(2011~2015年)で、都市および農村の1人当たり所得の伸び率がGDP成長率を下回らないようにする(いずれも実質ベース)という目標が掲げられたことにより、最低賃金は継続的に引き上げられることとなった。

所得の伸び率を重視する政策は、習近平氏が総書記に就任した2012年11月の第18回共産党大会報告で、「2020年までにGDPだけでなく、所得も倍増(2010年比)させる」と具体化された。所得倍増に言及したのは長い党大会の歴史を振り返っても例がなく、第18回党大会が初めてである。2013年2月に国務院(政府)が発表した「所得分配制度改革の深化に関する若干の意見」(以下、「意見」とする)は、所得倍増を実現するための道筋を示したものといえる。「意見」は多岐に亘る政策を含むが(右図)、所得倍増の即効薬として期待されているのが、「2015年までに最低賃金を当該地域の平均賃金の4割の水準に引き上げる」という数値目標である。

■2015年の最低賃金は最低でも2009年比50%上昇
「意見」でいう平均賃金とは「都市単位」の平均賃金を、「当該地域」とは最低賃金が定められている行政単位を指す。「都市単位」とは「国有」、「株式有限」、「有限責任」、「外資」などから構成されるフォーマル・セクターであり、中国では「私営」や「自営業」といったインフォーマル・セクターと明確に区別されている。2015年までに平均賃金の4割という具体的な数値目標が示されたことから、平均賃金の伸び率を仮置きすれば、2015年まで最低賃金がどの程度引上げられるかが推測できる。

右図は製造業の中核を担う南西地域の各省・市の2009~2012年の最低賃金の上昇率(09-12)と2013~2015年に最低賃金を平均賃金の4割の水準に引き上げるのに必要な引き上げ幅(12-15)をグラフ化したものである。後者については、2013年前半に一部の地方政府が発表した賃金引き上げガイドラインをもとに、平均賃金が年平均6%上昇するという低シナリオ(LS)と同15%する上昇という標準シナリオ(SS)の二つを設定した。

各地方政府が標準シナリオを採用した場合、南東地域の多くの省・市では2015年までに2012年比100%前後の最低賃金の引き上げが必要となる。一方、低シナリオの場合、上海市と浙江省を除く地域では最低賃金の上昇率は2009~2012年に比べやや鈍化するもの、それでも50%前後の引き上げが必要になる。

■都市単位の賃金抑制が課題
最低賃金は今後も引き上げられるのであろうか。中国では、次に指摘する引き上げの副作用ともいえるいくつかの問題が顕在化しつつあり、最低賃金だけを引き上げるという政策の見直しが不可避となっている。  

第一に、景気減速下の最低賃金の引き上げによって、企業の収益が圧迫されるようになってきたことがある。国家統計局は、5月、最低賃金の引き上げが中小企業の経営を圧迫しており、賃上げのペースが鈍化するとの見方を示した。地方政府が「意見」の目標を達成するため、今後も最低賃金を引き上げるならば、雇用や輸出に悪影響をおよぼす可能性がある。

第二に、最低賃金の引き上げにもかかわらず、必ずしも所得格差の是正が進んでいないことがある。2012年のジニ係数は0.47と2009年からわずか0.02ポイントの低下にとどまった。この背景には「都市単位」の平均賃金が最低賃金とほぼ同等の水準で上昇してきたことがある。上海市の最低賃金は2009~2012年の3年間で年平均14.7%上昇したが、平均賃金も同10.5%上昇した。

第三に、中西部の最低賃金が上限に近づきつつあることがある。中国では均衡のとれた経済発展という点から、中西部の最低賃金を相対的に高く設定し、東部への農村労働力の流出を抑制してきた。しかし、中西部の省・市・自治区の最低賃金は既に1人当たりGDPの4~6割に達しており、国際労働機関(ILO)が開発途上国の平均とする7割に近づきつつある。中西部におけるさらなる引き上げは、同地域の民間投資ひいては都市化を阻害しかねない。

これらの問題を克服すると同時に「意見」で掲げられた目標を達成するには、平均賃金を大幅に抑制する必要がある。「意見」は、国有および国有持ち株企業の賃金を抑制するとしているが、2013年6月時点で中央および地方政府ともにそれを具体化する動きは見られない。そもそも政府が自ら保護している国有企業の賃金を抑制できるのか、という問題そのものが問い直されなければならない。所得格差の是正と消費主導型経済への移行を画餅に終わらせないためには、「隗より始めよ」で、中央政府が率先して国有企業改革に着手する必要がある。
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