コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

「CSV」で企業を視る(8)統合報告とCSVの共通点

2013年06月01日 長谷直子


 本シリーズでは、マイケル・ポーター教授が提唱するCSV戦略(共有価値の創造戦略)(※1)の考え方をもとに、投資家の企業分析や銘柄選択における新たな切り口を提供すべく、日本企業における事例の解説を行っている。今回は少し視点を変えて、昨今の情報開示の新たな潮流と言われている「統合報告」の視点からCSVの事例をみていきたい。

 近年、経営の不確実性が増大し、グローバルな資源・環境問題が顕在化する中、投資家などが企業を評価する際に、四半期決算などの短期の財務情報だけでなく、「中長期的な成長性・収益性を見極めるための材料」として、ESG(※2)のような非財務情報も包括的に見るべきとする考え方が強まっている。こうした流れを受け、財務情報と非財務情報を一体化させ、統合報告として開示するフレームの在り方について議論するため、2010年8月にIIRC(※3)が設立された。2013年4月に公表されたフレームワーク草案によると、企業は事業活動を通じて、6つの資本(金融、製造、人的、知的、自然、社会・コミュニティとの関係性)をどのように利用し、相互に影響を及ぼしながら短期・中期・長期にわたって価値を創出していくかを開示すべきとされている。これらの開示においては、事業活動の結果として得られる、従業員のモラールや企業のレピュテーション向上など「組織内部への成果(internal outcomes)」や、製品により得る顧客の利益や地域経済への貢献など「外部への成果(external outcomes)」について特定し説明する必要がある。「外部への成果」を特定する上では、より広範囲に、例えばバリューチェーンの上流・下流における資本への影響を評価しなければならない。つまり、バリューチェーン全体を通じて外部との接点を見直し、中長期的な価値を創出していくようなビジネスモデルを構築し、開示することが求められているのである。
こうした統合報告の考え方は、CSVの構想に通じるものがあると考える。ポーターは、自社の事業の特性と社会との接点を見極め、社会のニーズに応えるために製品・サービスを改良したり従来の顧客や市場を見直すことで、ビジネスチャンスを獲得することができると述べている。社会との接点を考えながら長期にわたり続く価値を創造し、ビジネスに活かすという点は、統合報告のフレームワークで示されている通りである。

 今回は、こうしたCSVの考えを持ちながら、統合報告への準備を進めているリコーの取組みを見てみよう。リコーは、「環境と社会と経済を同じ軸で捉え、持続可能な社会の実現に貢献していく」と標榜し、2012年に初めてアニュアルレポートと環境経営報告書、社会的責任経営報告書を1冊の「サステナビリティレポート」にまとめた。同社はレポートの中で、「社会の課題を深く理解し、ステークホルダーと協働して活動することで、課題の解決のみならず、新たな市場・顧客の開拓やイノベーションの創出など、自社の成長に繋げることを目指す」と掲げている。
最新のレポートでは、2011年にスタートした「インドの教育支援プログラム」が紹介されている。地域の学校や教育機関にデジタル印刷機を寄贈し、機器活用のトレーニングなどを実施するプログラムである。実施にあたり、同社の社員は現地に出向き、学校や教育局の関係者、保護者、子どもたちへのヒアリングにより様々な社会課題を確認したという。インドの農村部では、農繁期の長期欠席や初等教育での中途退学が非常に多く、とくに女子の就学継続が難しいこと、学校運営の基盤自体が脆弱で、教育インフラが未整備であることや、人材不足による教育サービスの質の低下といった課題が発見された。また、多くの学校に印刷機器がなく、先生方がテストや教材の印刷に困っている状況や、コミュニティ全体の情報共有が不十分といった具体的な課題も確認された。こうしたきめ細かい準備が、授業の質を実際に向上させることにつながったという。
リコーにとっては、プログラムの展開に伴い、ビジネスを行う上での貴重な情報が得られたという点もポイントだ。例えば、印刷機がネズミの被害に遭ったことや、紙の安定的な供給ルートの不足など、都市から離れた地域ならではの印刷機運用上の課題を把握できたという。また、教育関係者や政府機関とのリレーションシップを構築し、販売促進、PR活動の足掛かりができたことも、競合他社との差別化や今後の市場の拡大において重要な役割を果たすと期待されている。リコーは、これらの取組みをサステナビリティレポートの中で自社の成長戦略の一つとして紹介している。

 統合報告の中核は、ビジネスモデルであるとされている。企業固有の状況に応じた価値創造モデルを「ビジネスストーリー」として語ることが求められる。リコーの取組みは始まったばかりだが、社会との関係性を重視した成長戦略に向けて大きく舵を切ったと言える。企業がCSV戦略を考えることは、統合報告での開示の在り方を検討する上でも有効なステップとなるだろう。

※1 Michael E. Porter, Mark R. Kramer, “Creating Shared Value:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略,” DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー, June 2011.
※2 Eは環境(Environmental)、Sは社会(Social)、Gは企業統治(Corporate Governance)の意味。いずれの側面も企業が事業活動を展開するにあたって配慮や責任を求められる重要課題として考えられている
※3 International Integrated Reporting Council(国際統合報告委員会)

*この原稿は2013年5月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ