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アジア・マンスリー 2013年5月号

【トピックス】
アジアにおける機関投資家育成の意義と現状

2013年05月01日 清水聡


アジアにおいて、機関投資家の発展余地は大きいと考えられる。金融仲介機能の改善や資本市場整備の観点から、機関投資家の規模の拡大や運用手法・リスク管理における高度化が求められる。

■機関投資家の役割
年金基金、保険会社、投資信託をはじめとする機関投資家は、各国の金融部門における重要なプレーヤーである。その育成は、金融仲介機能の改善、資本市場の量的拡大や質的向上はいうに及ばず、マクロ経済的にも大きな効果をもたらすと考えられる。アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)においても、債券市場の拡大を促すとともに流通市場の流動性を高める観点から、機関投資家の役割が重要であると考えられてきた。ABMIでは、現在、4つのタスク・フォース(TF)の下、現地通貨建て債券の発行促進(TF1)、現地通貨建て債券の需要の促進(TF2)、規制枠組みの改善(TF3)、債券市場のインフラ改善(TF4)に向けた取り組みが行われている。このうち、投資需要の喚起を目標とするTF2の課題として、第1順位:機関投資家向けの投資環境の整備およびABMI情報の共有、国債市場のさらなる発展(レポ市場および証券貸借市場の整備)、第2順位:クロスボーダー債券取引の促進、があげられている。

また、ABMIの一環として、アジア債券市場の流動性に関する年次サーベイが実施されている。このサーベイでは、債券市場の流動性を構造的に改善する手段として8項目をあげ、その重要性を市場参加者に4段階で評価させている(数字が大きいほど重要)。昨年秋に発表された最新のサーベイでは、国債・社債市場の双方において、投資家の多様化が最も重要と評価された。国別にみても、すべての国で最重要事項と評価されている。このように、各国の債券市場参加者の間に、投資家の多様性の不足が最も重要な問題であるという認識が共通して存在しており、この点に関する検討が重要と考えられる。

■海外投資家の増加と国内投資家育成の重要性
近年、先進国の投資家による新興国債券の保有が急増しており、アジアにおいても国債市場における海外投資家比率が全般的に上昇傾向にある。リーマン・ショックを受けて一時的に伸び悩みがみられたが、その後、上昇ペースが一段と加速している。こうした中、国内機関投資家を拡大することにより内外投資家のプレゼンスのバランスを取ることが重要になっているといえよう。流通市場の流動性を改善し、債券市場をより厚みのあるものとするためには、さまざまな性格の海外投資家を受け入れるとともに、国内投資家の育成によって投資家の多様化を図ることが重要となる。それにより、市場価格の一方向への急激な変動を抑制し、価格を安定化させることができる。

さらに、リーマン・ショック後、海外資金が流出し、市場が混乱したことを踏まえると、国内投資家の育成は不可欠である。かつてはクロスボーダーの投資家といえばヘッジファンドが主体であったが、新興国債券がグローバル・インデックスに含まれるようになるのに従い、年金などのリアルマネーの投資家が次第に増加している。このため、海外からの資金フローが安定化することが期待されるものの、海外で危機が発生した場合、資金の自国回帰の動きが生じるのは避けられない。年金基金や投資信託などの機関投資家の拡大により、投資手法が多様化し、流動性が向上することが期待される。

なお、各国の中央銀行も、外貨準備運用において主要通貨以外の比率を引き上げている。外貨準備の運用対象には一定の信用力や流動性が求められることから、アジアでは韓国・シンガポール・マレーシア・中国などの国債が主な対象となっている。これらの国では、国債の海外投資家による保有比率が急上昇している。従来、そのほとんどは民間部門によるものであったが、現在はかなりの部分が中央銀行や政府系ファンドによるものになったとみられる。

多くの国が外貨準備残高を増やす中で、運用対象の安全性や流動性に加え、収益性を重視する傾向が強まっている。こうした傾向は今後も続くと考えられ、これらの投資家による新興国債券投資が一段と増加することが予想される。

■アジアの機関投資家の現状と課題
アジアの機関投資家に関しては、以下の点が指摘できる。第1に、対GDP比率でみた機関投資家の資金規模は、金融システムの発展度に応じて国ごとに異なる。第2に、アジア諸国の経済ならびに金融システムが発展途上にあることから、各国において機関投資家の資金規模はGDP比でみて時系列的に上昇傾向にあるものの、そのペースは総じて緩やかである。これらの点から、今後の発展余地は大きいと考えられる。

例えば、年金基金に関しては、制度の歴史が古く、かつ、基金の規模が大きいのはマレーシアとシンガポールである。政府による強制貯蓄である積み立て基金(provident funds)が確立しており、その資金量はGDPの6割前後に達している。この2カ国では、2004年から2011年にかけて対GDP比率がさらに上昇した。対GDP比率でこれに次ぐのは、香港と韓国である。香港では、2000年に年金改革の実施によりMandatory Provident Fundsが導入され、それ以前からの制度と併存することになった。韓国では、86年に民間企業の従業員と自営業者を対象とした公的年金制度(National Pension Service)が創設され、資産が急速に拡大しているほか、公務員、軍人、教員を対象とした制度が別々に存在する。これら2カ国では、2004年から2011年にかけて対GDP比率がほぼ倍増している。これ以外の国にも年金制度が存在しており、対GDP比率からみて拡大・成熟の余地が非常に大きいとみられる。

高い経済成長や金融システムの発展などを受け、アジアの機関投資家は今後も拡大を続けることが予想される。しかし、潜在的な発展余地が大きい現状をみれば、多様な形で育成を図ることに意味があるといえよう。

債券の投資家別保有シェアと債券市場の流動性の関係をみると、中国の国債市場において商業銀行による保有が76%に達するなど一部例外はあるものの、全般的に、各市場において債券の保有は多様な投資家にある程度分散している。しかし、各国において売買スプレッドの縮小や平均取引額の増加が着実に進む一方、取引回転率に関しては顕著な改善がみられない場合が多い。各投資家の投資行動が異なることを考慮すれば、債券保有が分散していることには意味があるが、取引回転率を上昇させるためには各投資家の投資スタイルが変化することが必要である。この点からも、国内機関投資家の規模の拡大に加え、運用手法やリスク管理における高度化が求められるといえよう。
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