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企業とNPOの協働で震災復興を支える

2012年06月25日 中瀬健一


 東日本大震災により被害を受けた岩手県、宮城県および福島県の市町村では復興計画が順次策定されている。原発事故の警戒区域を除くと平成24年度から震災復興に向けた動きが本格的に始まっている。

 震災発生後、多くの企業が被災地への支援を表明し義援金・支援金(i)の拠出、緊急物資の提供、社員のボランティア派遣などの支援を行ってきた。これらの支援の中で成果を上げたのは、自社の本業を活かした支援内容を表明し、被災地の要請を受け付け、支援事業を迅速に立ち上げた企業であった。例えば、ユニクロは被災地への支援物資として、防寒衣料のヒートテック30万点をはじめ、各種肌着類やタオルなど7億円相当を寄贈し、直接、緊急対応に貢献した。大日本住友製薬は被災地へ薬剤師資格を有する社員ボランティアを派遣し、薬剤師業務のサポートを行った。
 一方、自社で何ができるのかを明確にできなかった企業は、被災地のニーズを把握してから、自社で支援事業の立ち上げを試みたが、すぐにその取り組みの難しさを実感した。その難しさとは、「遠く離れた場所で被災地の刻々と変化するニーズを把握すること」および「本業との接点のない分野で迅速に事業を立ち上げること」であった。このような企業は、被災地に根ざし、専門性を有したスタッフによって活動を展開しているNPOとの協働を模索しているが、成功しているとはいえない。日本財団の調査によれば、支援団体による被災3県の支援件数は2011年5月から6月をピークに減少をたどっている。

 次節以降では、NPOと協働して復興支援事業に取り組む企業が抱える課題とその原因について述べる。

1. 企業の抱える課題
 NPOとの協働を行う際、課題となるのが「顔が見える支援」と「自社の個性を活かした支援」である。

 まず「顔が見える支援」であるが、震災直後、NPOを独自で探せるような人脈やノウハウがないにもかかわらず、支援方針も定まらない中で短期的な成果を求めたことから、多くの企業は、有名で大きなNPO等に支援金を拠出した。その結果、このような企業は、多くの支援企業の中に埋もれ、NPOの活動を支援していることを被災者やステークホルダーに対して十分に伝えることができなかった。つまり、自社の顔が見える支援を行うことができなかった(『日本経済新聞(電子版)』2011年12月10日)。
顔が見える支援を行うことは、企業にとって重要な意味を持っている。企業の復興支援事業は被災地への社会貢献がもちろん第一であるが、自社の顔が見える支援を行うことで自社の認知度を高め、企業ブランドや社員のモチベーション向上へ結び付けたいと企業は考えているからである。
 このように震災直後のパートナー選定の反省もあるが、支援方針を明確にできず、協業の申し出のあった、もしくは紹介されたNPOの中から、どのパートナーを選定すれば良いのか悩んでいる企業は少なくない。

 次に「自社の個性を活かした支援」であるが、うまく自社の個性を活かした事例として、武田薬品工業の支援事業が挙げられる。
武田薬品工業は自社商品「アリナミン」の収益の一部を原資に「タケダ・いのちとくらし再生プログラム」を立ち上げた。これは被災3県(岩手県、宮城県、福島県)を対象に、日本NPOセンターが関連団体と連携して実施する事業とNPO等の支援団体への助成事業から構成される。被災者の「いのちとくらし」を大切に紡ぎ直すために、「人道支援」と「基盤整備支援」を事業のテーマとして掲げている。これは武田薬品工業の経営理念にも通じている。
また、プログラム全体の検討や助成の審査は自社職員、被災地の関係者および各分野の専門家などで構成される「いのちとくらし再生委員会」が行っている。
武田薬品工業のような事例は珍しく、自社の個性を活かした復興支援事業を実現できている企業は少ない。
 
 自社の個性を活かすことができていない企業は、NPOと協働する際の進め方について見直しを始めているが、どの段階からどの程度関与すべきかについて悩んでいる。

2. 原因
 第一の課題「自社の顔が見える支援事業ができていない」を抱える企業の多くは、協働の目的や戦略を検討しないまま、NPOの探索や評価を始め、ほとんど例外なく成果を生まずに終わっている。これはパートナー候補選定段階からいきなり着手しているからであり、企業が協働の目的や戦略の明確化の重要性を理解していないことが主な原因である。

 第二の課題「自社の個性を活かした支援事業ができていない」を抱える企業の多くはNPOへの資金拠出のみで、事業の企画から実行までの全てをNPOへ任せており、企業は当初期待していた成果を十分に得られていない。これは企業が復興支援事業の企画から実行段階に関与できていないからであり、企業がNPOとの協働する際の進め方の基本とノウハウを理解していないことが主な原因である。

 次節では、これらの課題解消に向けて、企業がパートナーとして適切なNPOを選定する方法とうまく協働するための進め方について述べる。

3. 企業とNPOの協働を成功に導く進め方
 企業のNPOとの協働は、戦略確定、選定・評価、計画・実行の3つのフェーズに分けられる。戦略確定フェーズでは「目的・戦略の明確化」、選定・評価フェーズでは「パートナー選定基準の策定」、そして計画・実行フェーズでは「計画・実行プロセスの確立」が、企業とNPOとの協働を成功に結び付けるための重要なポイントになる。

【目的・戦略の明確化】
 NPOと復興支援事業を推進するにあたり、企業は「顔が見える支援」と「自社の個性を活かした支援」を実現するために、まずは協働の目的と戦略を明確にしなければならない。NPOとの協働が豊富な企業は、協働の目的と戦略を明確化するために次のような点について検討を重ね、理解を深めている。
・協働によって何を実現したいか。
・協働によって、どこで価値が創造されるのか。なぜ単独ではその価値を実現できないか。
・協働に必要とされる資源は何か。資源を投入する動機は十分にあるのか。
・協働するうえで自社に欠けている主な能力は何か。

 企業のNPOとの協働の目的は、時とともに変化するものであり、それに合わせて戦略も進化させることを忘れてはならない。

【パートナー選定基準の策定】
 パートナーを探索するうえで自社のパートナー選定基準を策定しておく必要がある。パートナー選定基準には、「パートナーとの適合性」、「相乗効果・相補効果」、「自社へのメリット」、「ステークホルダーへの影響」の4つの視点が含まれていなければならない。

「パートナーとの適合性」では、自社と協働する適性を評価するために、パートナーの理念・ビジョン、活動領域におけるポジション、組織のカルチャー、企業との協働実績等について調査・分析を行う。
「相乗効果・相補効果」では、お互いが何を提供でき、協働によって何が新たにもたらされるのかを明らかにする。つまり、パートナーが協働で提供できる資産・能力、それを投入する動機(原動力)、協働で創出される受益者にとっての新たな価値を見極める必要がある。
「自社へのメリット」では、パートナーとの協働を通じて自社が得られる価値を明確にする。例えば、パートナーの有する被災地域での信頼性、人脈、支援事業のノウハウなどを獲得できる機会について、綿密に調査・分析をしなければならない。
「ステークホルダーへの影響」では、パートナーとの協働によって各ステークホルダー(株主、社員、顧客、取引先、地域社会等)へ与える影響とその大きさについて評価を行う。

 また、NPOとの協働を成功させている企業は、受動的ではなく能動的な姿勢をとることをパートナー選定・評価時の重要な教訓として学んでいる。能動的な姿勢をとることによって、パートナー候補との接点が増え、パートナー候補の強みや別のパートナー候補との違いを比較検討することが可能となる。

【計画・実行プロセスの確立】
 復興支援事業の計画の多くは、被災地域のニーズを把握しているNPOが計画策定を行い、企業は策定された計画を承認する役割になっている。しかし、支援事業計画策定への企業の関与度によって協働の成否が決まる。
 復興支援事業の計画策定において「誰に対して何をするのか」を決めることが中心となるが、復興支援事業のSTP(セグメンテーション/ターゲティング/ポジショニング)の検討に十分な時間を割き、事業アイデアを仮設検証型でブラッシュアップする方法が効率的かつ効果的である。
 また「復興支援事業をどうやって行うのか」を決めることも重要であり、「効果的なプロモーションを実施できているか」、「社員の巻き込みはできているか」、「ステークホルダーへの説明責任は果たせるか」との3つの視点からの検証を忘れてはならない。

 復興支援事業の計画策定および実行において、適任なプロジェクトマネジャーの選択は見過ごされがちであるが、企業とNPOの協働を成功に導くための重要な要素の一つである。例えば、お互いの強みを統合することによって新たな価値を提供することが協働の目標であれば、プロジェクトマネジャーは起業家的な性格を持ち合わせ、可能性に対して楽観的であり、リスク分析の訓練を受け、柔軟性に富んだ人間が望ましい。

4. おわりに
 企業とNPOの協働には必ずしも順調に進まない局面が出てくる。しかし、企業は相手の限界と強みを理解し、長期的な関係の土台を築くことに努めなければならない。このような関係の土台が構築できれば、企業は支援事業を手がけるうえで必要な能力やインフラ、あるいは知識をNPOから学び、保有する機会も得られる。
 今後、震災復興に向けて被災地に根付いた、長期的な支援が求められる。企業とNPOの協働による支援活動が被災地域の復興を支えることを期待する。


(i)義援金は被災者への直接支援(見舞金等)を意味し、支援金は被災地でさまざまな支援活動を行っている機関・団体(NPO・NGO等)への活動資金提供を意味する。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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