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子ども向けの商品は「子どもの最善の利益」にかなっているか(第1回)

2012年05月10日 村上芽


・はじめに
 「子ども最優先 Put children first.」というキーワードをご存知であろうか。2002年に開催された「国連子ども特別総会」で採択された「子どもたちにふさわしい世界」※1という文書に出てくる表現だ。
 文書では、「子ども最優先」「貧困の根絶:子どもへの投資」「子どもを一人としてとり残さない」「すべての子どものケア」「すべての子どもの教育」「危害と搾取から子どもを保護する」「戦争から子どもを保護する」「HIV/AIDSとの闘い」「子どもの声に耳を傾け、その参加を確保する」「子どものために地球を守る」という10項目を原則とする宣言がなされた。
 これらの原則のうち1番目に掲げられているのが「子ども最優先」で、「子どもに関係するすべての行動において、子どもの最善の利益が第一義的に考慮されなければならない」とある。
 国内でも、平成22年1月閣議決定の「子ども・子育てビジョン」(少子化社会対策基本法に基づく大綱)の冒頭で「子どもと子育てを応援する社会に向けて」を基本姿勢に掲げ、「子どもが主人公(チルドレン・ファースト)」という表現が用いられている。
 本稿では、この「子ども最優先」という観点を軸に、「子どもたちにふさわしい世界」が示すその他の9つの原則も参照しながら、子ども向けの商品を順次取り上げ、そのあり方を検証してみたい。子どもをステークホルダーと置いたときに、企業に求められる社会的責任として、どのような配慮が望まれるのかを考えていく。仮想的に「子どもが、もしかしたら考えていること」を「もしものひとこと」として表記をしてみた。
 最終稿では、上述の国連の文書をはじめ、子どもの権利条約、ISO26000など国内外の関連文書や声明、主な活動機関などについての概観も行う予定である。
 第1回では「紙おむつ」を取り上げる。

・乳幼児向け紙おむつという存在と依然、拡大する市場
 紙おむつメーカーの成長経路は、少子化に伴う国内乳幼児向け市場の縮小にさらされているものの、介護用おむつや新興国という新たな市場の拡大によって、収益源を確保していくというように説明されることがよくある。
 しかし、2012年4月4日の日経新聞が報じたところによれば、国内の乳幼児向け市場も、紙おむつを使用する期間の長期化によっていまだに成長しているという。ユニ・チャームの「ビッグより大きいサイズ」※2が前年より5~7%増、花王は2年前に28キロまで対応できるサイズを発売、P&Gも12年1~3月期は前年同期比2桁の伸びと伝えられている。
 こうした成長の背景には、メーカー各社のきめ細かい商品戦略がある。主要紙おむつメーカーが発売しているサイズのうち、新生児期やテープ式のおむつを過ぎた乳幼児向けの、パンツタイプで大きめの商品を概観すれば以下のとおりだ(2012年4月現在)。

 6社7ブランドとも、新生児・S・M・Lの4サイズのさらに上に、「ビッグ」サイズを展開しており、さらに1段階大きいサイズ(「ビッグより大きい」)が4社5ブランド、2段階大きいサイズが2社2ブランド(「スーパービッグ))で販売されている状況だ。
 通常のパンツのほか、5社5ブランドでおむつ外しを促すトイレトレーニング用として、おむつが濡れた感覚を子どもが感じる商品を提供しているが、サイズはLおよびビッグまたはLのみとなっている。さらにこれらとは別に夜用とした商品を提供しているのが2社2ブランドあるが、サイズはおおむね「ビッグ」より1段階大きいサイズである。トイレトレーニング用や夜用よりも、「ビッグより大きいサイズ」「スーパービッグ」の方が適応体重の上限が大きい。

・年中・年長児に紙おむつを使うということ
 表中の適応体重をみる限りでは17キロ、20キロ、25キロが次のサイズに進むかどうかの分岐点になっているのが分かる。これがおよそ何歳くらいの子どもを指すのか。厚生労働省の平成22年度乳幼児身体発育調査をみると、3歳半の乳幼児の97%が17キロ前後まで、4歳半の20キロ前後まで、6歳半の25キロ前後まで(いずれも男女差あり)の体重となっている(各年齢での体重の中央値はこれより軽い)。つまり、仮に体格の大きい子どもだとしても、ビッグサイズですら3~4歳までをほぼカバーするというイメージだ。「ビッグより大きいサイズ」に対するニーズの顕在化は、感覚としては幼稚園でいう年中・年長児でおむつを必要としている子どもが増えていることを暗示している。
 果たして、それは真の意味で子どものニーズだといえるのか。年中・年長児でおむつを必要としている子どもが現実に増加しているのだろうか。
 子ども用紙おむつの利用者である子どもと親にとって、むしろそれは本当に顕在化させるべきニーズだったといえるか検討される必要があるだろう。紙おむつを使用する期間が長期化したことの背景には、昔よりもおむつ外れが遅いことを許容する考えの広がりがある。しかしおむつ外れが遅いことを子どもの個性と受け止めたり、親を不必要にあせらせたりしないのは社会の寛容な変化だとしても、便利な紙おむつの存在に頼り過ぎることは子どもの成長を促す責任を負う親の怠惰だと考えるのは厳し過ぎるだろうか。
 確かに、子どもがおもらしやおねしょといった失敗をするたびに、教え諭したり洗濯や掃除を繰り返したりしなければいけないのは大変な手間と労力である。しかし、いちど手に入れた利便性を犠牲にするのを嫌う「おとな」に導かれて、5歳、6歳になっても紙おむつをさせられてしまっている子どもの「最善の利益」は、十分に考慮されているだろうか。
 5歳、6歳といえば、同年齢の子どもたちとの社会性を育み始める時期でもある。遊びの合間にトイレに行くことも互いに見知ってくるし、かばんのなかの荷物にも気が付く。「○くんは紙パンツを持ってきている」という観察が、子ども同士のちょっとした力関係に影響することは想像がつく。かわいらしい力関係で済んでいる間はよくても、弱い立場に慣れてしまう子どもがいるとすれば、できることなら生まれてほしくない力関係だ。
 また、日中はよくてもおねしょから卒業できないという子どもに対して、おねしょのたびに叱るのはお互いにとってストレスになるから、それよりもおむつを着用して安心して眠る、というのは、親子間のコミュニケーションとして短絡的ではないだろうか。
 子どもにとっても親にとっても、本当の理想は適切な時期におむつを卒業することであり、いつまでもおむつに頼ることではないはずだ。利便性を求める消費者の短絡的なニーズがあるからといって、企業が大きいサイズの紙おむつを積極的に投入することは、子どもの成長過程にとって望ましい状態を作り出しているとは必ずしもいえない。むしろ、1日も早い「おむつ離れ」の到来を妨げることに手を貸している可能性があり、これは「子どもにとって最善の利益」には合致しないのではないだろうか。

・おむつ離れのメリットと企業に望まれる配慮
 親にとって、どのような子どもに育てたいか、ということを深く考えて行動した場合、やはり適切な時期におむつを卒業させる努力を怠らないことのメリットは大きい。外出の億劫さが減少するのはもちろんのこと、災害のような非常時においても、紙おむつに頼らなくてもよい子にしておくというのは紙おむつのストックを買い込んでおくよりもずっと助かるに違いない(もちろん、非常時にはおむつ外しのトレーニングが後退してしまうこともあるだろうが)。
 このようにしてみると、紙おむつメーカーは、単に大きなサイズを増やすということではなく、紙おむつからの卒業を促せるけれども自社にとって利益になるような商品またはサービスにより注力すべきである。5社がすでに「トレーニング」用の商品を展開しているが、これらの販売の方がより促進されるべきなのである。P&Gは、2011年3月末で「ビッグより大きいサイズ」の出荷を終了しているが、大きなサイズを増やすこと以外の手段で収益を確保しようとする意思決定が背後にあったのであれば、それは評価に値しよう。
 なお、おむつメーカーの表現では、大きなサイズは「体の成長の早いお子様に」「大人用と子ども用の中間サイズ」などと描写されている。子どものおむつのサイズは、体重の数値もさることながらウエストや太ももの太さで選ぶものであるが、これは言い換えれば、大きいサイズは年齢の割に少し太めの子ども向けということでもある。確かに子どもの肥満は世界的に問題視されている。ただ、文部科学省の平成23年度学校保健統計調査では、5歳児に占める肥満傾向児は男女とも2%台だった。調査方法が異なるため単純比較は出来ないものの、5歳児に関する調査が始まった平成18年と比較してやや減少しているのである。この傾向が続くのだとすれば、おむつメーカーがより大きなサイズを発売しようとするのは、必ずしも説得力を有しない。

・使い続けることの環境負荷と「紙おむつ離れ」の教育効果
 「子どものためにふさわしい世界」の10項目の宣言のうち、「子どものために地球を守る」という環境面からみても、紙おむつの着用期間の長期化や大きめサイズの利用は逆方向に変化してほしいところである。おむつと環境問題の関係に関しては、紙おむつと布おむつのどちらの環境負荷が小さいかという比較をした場合、新品の布おむつであれば大きく変わらないという結論を出した先行研究があったが、おむつを卒業する時期について直接取り上げた研究はまだ見当たらない。なるべく早く紙おむつの使用頻度を減らしていき、若干汚れた洗濯物も(予洗いのうえ)他のものと一緒に洗濯機に入れることが出来れば、その方が環境負荷が小さいという結果になるだろうという想像は容易につく。
 最後に、親の感性について付記しておく。新興国における紙おむつ市場の拡大に関しては、国民ひとりあたりのGDPが年間3,000~5,000ドルを超えると急拡大するといわれており、最近の中国やインドネシアでそれが示されている※3。つまり、日本でごく普通の暮らしをしていると気が付かない、紙おむつは一種の贅沢品であるわけである。贅沢品を使っているという意識や感度を持って、適切に「紙おむつ離れ」が実践されて、さらにそれが子どもにも伝えられるのであれば、それはアジア、中近東、アフリカなどの新興国との交わりが一層深くなっていくであろう将来を生きる子どもに、何らかの好影響を及ぼすことになるだろう。

・子どもからの「もしもひとこと」※4
 「紙パンツはいつも新品でやわらかいから確かに履くときは気持ちがいいよ。でも、そこでやっちゃうたびにひとこと文句を言わないで。もったいないとかさ。トイレに行こうかどうしようか迷っているところで声をかけてもらえると行けるかもしれないし、遊んでいるとどうしても忘れちゃうんだなあ。夜だってパパやママが寝る前に起こしてくれてもいいんだけどなあ。トイレは無理して行けなくても紙パンツだからまあいいっていうくせに、もう少し大きくなったら無理してでもいろいろやらなくちゃだめって言うのはやめてね」

 第2回ではおもちゃ/キャラクター商品を取り上げる。

※1 2002年5月10日国連総会「S-27/2 A world fit for children」。文書名訳は外務省「国連子ども特別総会 概要と評価 平成14年5月30日」。翻訳は平野裕二訳をもとに筆者仮訳。
※2 筆者注:適応体重13~25キロ。
※3 2011年8月11日「週刊ダイヤモンド」オンライン
※4 これは、実際に子どもが発言した内容のままではない。筆者が日常的に未就学児童と接し観察するなかで得られた感覚をもとに仮想したものである。




※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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