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オピニオン

今こそ「CSRの呪縛」からの脱却を!

2011年08月31日 太田康嗣


 東日本大震災は、わが国に多大な損害をもたらしたが、その一方で、CSRを活発化させる契機ともなった。業種や規模を問わず、多くの企業が、物資の提供、義援金の寄附、社員のボランティア派遣を精力的に行うなど、リーマンショック以降、やや退潮傾向も感じられたCSRが一気に開花した様相である。
 しかし、今や社会は、企業に対して「支援」を超えた「変革」を求め始めている。「CSRの呪縛」から脱却し、「変革」への期待に応えることができる新しい経営理念、経営システムを構築できるかどうかが、今後の企業の競争力を左右する。

1.「CSRの呪縛」とは?
 「CSRの呪縛」とは、日経ビジネス社がM.ポーターに行ったインタビュー記事のタイトルに使用されているフレーズである。この中でポーターは、「CSR」に替えて「CSV(Creating Shared Value)」という言葉を使う必要性を主張している。
 ポーターは、2006年に発表した「Strategy and Society」(邦訳「競争優位のCSR戦略」)において、事業活動を通じた価値創造・社会変革こそが企業の本質的な役割であるとしたうえで、それに直接関係する取り組みを「戦略的CSR」と呼び、それ以外の「善行的(または受動的)CSR」と区別している。そして、「従来の(善行的)CSRでは、大きな価値創造・社会変革を起こすことはできない」として、一貫して「戦略的CSR」の重要性を主張しているのであるが、「CSR」という言葉を使う限り「善行的CSR」の概念やレベルから抜け出せない(=CSRの呪縛)というのである。

 「戦略的CSR」については、経済同友会が「価値創造型CSR」として提唱している他、主にグローバル企業の取り組みには共通して見られる傾向があるものの、わが国においては、やはり「善行的CSR」が主流・定説である。それゆえに、価値創造・社会変革に対する企業の寄与と、それと表裏一体関係にある企業の成長、といった視点が際立たず、まさに「CSRの呪縛」にかかっているように思われる。
 しかし、事業活動を通じて新たな経済的・社会的価値を生み出し、社会の発展に貢献することこそが企業の社会的責任の「本筋」である。現在の閉塞感を打破し、新しい時代を切り拓いていくためには、今こそ、各社が「CSRの呪縛」から脱却し、CSVに移行しなければならない。

2.CSVへの移行のために
 「CSRの呪縛」から脱却してCSVに移行することが必要であるとして、問題は、どうすれば移行できるのかである。以下に基本的な手法を提案する。

①CSVをCSRの進化形として位置づける
 「CSR」から「CSV」へと「ネーミング」自体を変更することにより、善行的CSRからの「脱却」を図るというポーターの「戦略」は、優れた心理学的アプローチであるが、善行的CSRが不必要または無価値であるというわけではなく、今後も継続・強化すべきであると考える。また、概念的にも実態的にも善行的CSRが主流であるわが国では、善行的CSRからの「脱却」という表現には抵抗感が強いと思われる。むしろ、善行的CSRを取り込んだ進化形としてCSVを位置付け、社会的要請の変化に対応して、事業活動を通じた価値創造・社会変革を強化するためにCSVに取り組む、というようなストーリー展開が妥当であろう。

②適切な日本語訳を設定する
 「名は体を表す」というが、特に外国の理論や手法をわが国に導入する場合、「意味」が共有できる程度に具体化された訳語を付けることが重要である。本来の意味を変えてしまうことはいけないが、「CSR=企業の社会的責任」(現実には「CSR=企業の社会貢献」と理解されている向きも多いようであるが)のように、「直訳」のみで「意味」の定義が伴わない場合、訳語の定義を巡って論争が起き、訳した意味がなくなってしまう。
 CSVは、一応、「共通価値の創造」と訳されているが、各社それぞれが、経営の理念や特性を踏まえて訳語を工夫するべきである。ただし、「事業活動を通して」新しい価値を社会とともに創造するということを明確に表現することが不可欠である。

③「三層責任モデル」により既存活動を棚卸する
 「善行的CSR」では、取り組みが広範・多様に拡散していることが多い。CSVに移行するには、既存のCSRの活動を「棚卸」し、価値創造・社会変革との関連性から体系的に整理する必要がある。CSRの取り組みを整理する体系としては、いわゆる「トリプルボトムライン」や「ステークホルダー」、あるいは、ISO26000の「7つの主題」による柱立てが考えられるが、ここでは、社会的責任を

a.コンプライアンスや環境社会配慮等、およそ社会の一員である限り果たさなければならない責任
b.ガバナンスやCS、ES(*1)等、事業者としての基本的な責任
c.経営資源やビジネスモデルと関連した自社ならではの(自社しか果たせない)責任

の三層に区分したうえで、現在の取り組みを整理することを提案したい。
 aとbは、「必須」ではあるが価値創造・社会変革には直接結びつかない。cのカテゴリに整理される取り組みがCSVの起点となる。

④バリューチェーン・チャート等により価値創造・社会変革のSTPを可視化する
 実際に事業活動を通じて価値創造・社会変革を起こしていくには、事業活動と価値創造・社会変革の「接点」を探し出すことが必要となる。そのためには、既存活動の棚卸結果を反映させつつ、自社の事業活動の全体像をバリューチェーン・チャート(*2)やライフサイクル・モデル等によって可視化したうえで、自社の事業活動のどこでどのような価値創造・社会変革があり得るのかを個別具体的に洗い出し、自社が目指す価値創造・社会変革のSTP(セグメンテーション/ターゲティング/ポジショニング)を行うことが必要である。また、逆に、目指すべき価値創造・社会変革から自社のバリューチェーンやライフサイクルを見直すことも重要である。
 その際、社会的課題の大きさと自社にとっての成果は必ずしも比例しないということに留意する必要がある。むしろ、自社に身近な地域や社会の課題と関連した価値創造・社会変革の方が、短期間で確実な成果が得られるだろう。

⑤ロジックモデルによって最適な戦略の体系を構築、管理する
 CSVの成果を得るには、5年や10年、あるいはそれ以上の年月を要する場合もあろう。その間にも社会経済環境は変化し、CSVの戦略を変更する必要が生じるかもしれない。一方で、企業経営には、短中期における確実な投資回収が求められる。
 ロジックモデルは、最終目的(最終アウトカム)を複数の中間目的(中間アウトカム)や中間目標(中間アウトプット)にブレイクダウンするとともに、個別具体的な活動(インプット)との論理性や因果関係を検証することにより、体系の最適化を行うプロセスである。このモデルに個別活動のコスト情報を埋め込むことで、長期にわたるCSV戦略を体系的に管理し、価値創造・社会変革と企業成長とを関連付けながらコントロールしていくことが可能となる。

⑥既存の方針書やガイドライン等をシェイプアップする
 善行的CSRでは、事業活動とCSRが直接関連付けられていないために、CSRに関する文書と事業戦略や経営戦略に関する文書とが混在し、いわば「船頭多くして船山に登る」状態になっていることが珍しくない。
 CSVへの移行に併せて整理統合し、できるだけシンプルな体系に再整理する必要がある。その際、単にインプットだけを並び立てたような「CSRレポート」等は、社内的なマイナス影響(従業員はかえって白けた感情を持ちやすい)を考えれば、思い切って廃止することも必要である。

3.CSVで「食える」のか?
 「CSRでは飯は食えない。しかし、CSR無くしても飯は食えない。」といわれる。では、CSVに移行することで「食える」ようになるのだろうか?無論、答えは「YES」である。なぜなら、CSVは、「食える」という視点を軸にCSRを定義し直した帰結だからである。上記で紹介したロジックモデルも「食える」ための重要な装置の一つである。
 ただ、CSVは、「Shared」という単語が示す通り、企業のみが食えるのではなく、社会と「共に」食えることが大前提である。したがって、そこには、自ずと、行き過ぎた利益至上主義に対する反省や制御が含まれていなければならない。
 ポーターは、CSVを「全く新しい学際的経営手法」とも呼び、その姿をいわば「営利組織における非営利組織型経営」とでも言うべきトーンで描いているが、いずれにせよ、CSVを志向する企業においては、組織体制、予算、人事、マーケティング、さらにはIRまで、従来とは異なる発想と手法が求められることになる。それについては紙面を改めて述べることとしたい。

(*1)CS(Customer Satisfaction)=顧客満足、ES(Employee Satisfaction)=従業員満足
(*2)ポーターが提唱し、サプライチェーン・マーケティングのベースとなったといわれるバリューチェーン・チャートは、事業活動を主活動(購買物流、オペレーション、出荷物流 、マーケティング・販売、サービス)と支援活動(企業インフラ、人材資源管理、技術開発、調達)に分類してチャート化したもので、事業活動全体の視点から具体的戦略を検討する際に有効とされる。


<参考文献>
・日経ビジネスオンライン「CSRの呪縛から脱却し、「社会と共有できる価値」の創出を
・M.ポーター・M.クラマー「競争優位のCSR戦略」、ハーバード・ビジネス・レビュー、2008年1月号
・経済同友会「価値創造型CSRによる価値創造・社会変革」、2008年5月
・M.ポーター・M.クラマー「共通価値の戦略」、ハーバード・ビジネス・レビュー、2011年6月号


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。