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オピニオン メディアビジネスの新・未来地図 その3

【デジタルヲ読ム、読マセル、ト謂フコト~プリントメディアの近未来を語る~】
「デジタルプリントメディアデバイス」の必然性を強める

2010年07月20日 美和晃(電通 電通総研 コミュニケーションラボ チーフリサーチャー)、倉沢鉄也、浅川秀之山浦康史、今井孝之、紅瀬雄太


(浅川)電子書籍専用端末では売れない、読まれない、いくつかのテキスト情報機能はある、という方向でデジタルプリントメディアのデバイスが位置づけられるとすると、iPhoneはやはり正解の一つなのでしょう。iPhoneが今、インターネットのビューワーであるという以上に、アプリケーションをダウンロードして楽しむプラットフォームになっているというのが、デジタルプリントメディアデバイスとしての可能性もあわせて示しているという見方ですね。

(倉沢)一方で、その手のネガティブな教訓はいくつもあります。典型的な教訓事例が、カーテレマティクスですね。
8インチのカーナビディスプレイに、コンピュータの機能で何でもできます、特にGPS性能は最高です、というデバイスに対して、車で運転するあらゆる情報を流す試みが10年以上前からありましたが、課金ビジネスとして結局何にも採算がとれずに、自動車メーカー内製のサービスメニューとして着地し終えました。そうなった最大の理由は、自動車運転という明確な目的がある中で、無料のGPS衛星電波で得られる現在位置情報、および実質でたった4kbps程度のFM波によって無料で入手できるVICS渋滞情報が、あまりにも必然性が強力で、他のコンテンツの必然性が全部かすんでしまう、という構造にあります。
普及の起爆剤として新聞報道のストレートニュースと抱き合わせましょう、という手の成長モデルは、その必然性の教訓から考える限り、デジタルプリントメディアの危ない落とし穴だと感じるのです。逆に、iPhoneのアプリケーションが面白くてしようがないのだが、言われてみると雑誌も読めた、本も読めた、という必然性の抱き合わせなら、なんとか着地できるかな、と言った印象です。辛口でごめんなさい。

(美和)普及のために、強力な必然性が必要だという点は賛成です。プリントメディアだけでプラットフォームを完結できるかという調査をしてみると、カラーだから動画も見られないとダメという人もいれば、モノクロで、プリントメディアで完結しているKindle型でも端末価格が半分なら許す、という人もいます。二者択一だとは思いませんが、大勢の見極めが大事だと思います。しかしその辺は、デジタルプリントメディアに関わる全ての関係者にとって、まだこれからの課題ですね。市場調査結果も聞こえてきますが、そうしたシナリオの着地点を設定するには早いという段階ですね。

(浅川)通信キャリアがデジタルプリントメディアの専用デバイスを販売しようとしたときに、それがARPU(1契約あたりの月間支払額)を下げることにつながる可能性についてはどうでしょう。
日本の場合、海外と違って通信キャリアと端末の関係が垂直統合です。今、スマートフォンをパケット定額で始めるとARPUは最低でも5,000円から払わないといけないでしょう。それは多様なアプリを使えるからユーザーとして払えるところがありますので、デジタルプリントメディアのデバイスについて、数が出るからいってARPUをはじめから3,000円台に想定する端末というものをキャリアが出したいとは考えにくいのです。

(倉沢)その議論は、ケータイ本来機能以外の新機能登場のとき、例えばワンセグでは儲からない、FeliCaの通信では儲からない、など、キャリアとして何のメリットがあるのかという論点で、何度も出てきていますよ。

(美和)その点では、現在出ているKindleは、あえて、モノクロ画面で、しかも動画が見られないスペックになっている、と解釈することもできます。通信トラフィックを多量に食わないから、逆に通信コストを、スプリントネクステルとのMVNO(仮想移動体通信事業者)契約で安く設定できていると聞いています。逆に、これから出てくる高画質のカラー液晶端末を考えてみると、「インターネット接続しませんが雑誌は楽しく読めます」、というデジタルフォトフレームに似た訴求がユーザーに受け入れられるかは、要検討です。あとは、かつてのワンセグなどの議論と同じで、端末小売業者としての通信キャリアが、付加価値による端末販売事業の利益増を取り組む動機とするかしないか、ということだと思います。

(倉沢)ところで、電子書籍、電子雑誌を読むシーンとしてよく電車やバスの移動中という話が出てきて、有望だ、という議論になるのですが、実は電車やバスで移動する人は、日本には東京圏と大阪圏にしかいないわけです。名古屋や福岡や札幌、その他すべての都市で、人々は都市圏内を自動車で移動します。スマートフォン基点の電子書籍を「都市と地方」という視点で考えると、課題がありますね。ソフトバンクの電波の輻輳はクリアできるとしても、都会から離れると使えないということでも困りますし、もともと雑誌や書籍を移動中には読めないライフスタイルの人が日本にはかなり多いという実態、も踏まえて、国民的デバイスになっていく必要がありますね。それはキャリアのインフラ整備という面では、過去メールやアプリや動画が出てきた都度に心配されて、解決したこととしないことが積み重なって2010年になろうとしていますので、そうした利用シーン上のシナリオを丁寧に考えておく必要があると思います。

(美和)事業側の側面で見ると、多くのガジェットやデジタルサービスの利用がそうであるのと同じように東京近辺の利用から広がっていくのだと思いますよ。電車・バス通勤をしない人は、結局家と会社で見ることになるでしょう。それはこれまでの雑誌や書籍と同じですし、広告の導入も含めた成長シナリオとしてそうアピールしていく必要があるでしょう。

(倉沢)そういう意味でも、実は電子書籍や電子雑誌というのは、そのデバイスに高速通信回線がついていなくてもいいのかもしれませんね。それはiPod自体に携帯電話回線がついていないのと同じことで、自宅のパソコンや携帯電話があればそこからのダウンロードで事足りるという発想も、マーケティング上の可能性として考えたほうがいいですね。

(紅瀬)紙媒体という側面では、書籍あるいは雑誌バックナンバーの省スペースという必然性も重要ですよね。

(倉沢)重要だと思います。そこで今、家にある本棚を全部この中に入れてくれよ、というニーズに対応しようとして、突き詰めると、2009年に話題になった、Googleブック検索に関わる訴訟の話になると思います。結果として現在日本語の文献は和解契約の対象外になっていますので、書籍の全デジタル化という壮大な作業をGoogleがやらないとすると、日本で作業してくれるプレイヤーは通信キャリアを基点に考えるか、出版業界を全部仕切る存在、具体的には業界団体か、電通を中心としたコンソーシアム、くらいしかないように思われます。「本棚を消しましょうキャンペーン」という仕掛けが、通信キャリアや端末メーカーから出てくるのか、興味深いところです。

(浅川)そういう意味でも、日本でARPU下落が起きて、コンテンツのレベニューシェアと言っても莫大な収益を期待しにくそうなデジタルプリントメディアの事業に対して、通信キャリアが書籍の全スキャンの作業まで取り組むのか、というところは疑問です。逆に通信キャリアにメリットを見せられるプレイヤーを想定して事業シナリオを考える必要があると思います。

(紅瀬)通信キャリア自身がデジタルプリントメディアのプラットフォーマーという新規事業を取り組むと、肝心の出版社が支配された感じになって、気持ちよくないでしょうね。出版社自身がプラットフォーマーをやるべきでしょうが、倉沢さんの言うとおり、自分からは取り組めないでしょう。そのコーディネーションが重要ですね。

(倉沢)その両者が初めてちゃんと対話する、というコーディネートがまず必要でしょう。現在の通信キャリアに体力があるとしても、デジタルプリントメディアの黒子になるという認識には、立てないでしょうね。「わかりました。本屋やります」「僕は日本中のスキャナーになります」「本全部読みます」「本貸してください、出版社さん」という物言いは、考えにくいでしょう。少なくともそのプラットフォームが通信キャリアに対してオープンでないと、つまりプラットフォームのプレイヤーがドコモやauやソフトバンクだと、「我々出版社は通信の1サービスメニューなのか!?」という感覚を強く持つことになると思います。感情的なもつれが起きないような調整は今後必要だと思います。
さらに言えば、その相手はせめて日本人でいてくれという感情的な話になると思います。AppleもAmazonもGoogleも、本来取次と書店が持っていっていたマージンを奪わないでくれ、取るなら業界を支えてくれ、という物言いに、出版社側の現場ではなっている可能性もあります。

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