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Business & Economic Review 1995年07月号

【PLANNING & DEVELOPMENT】
広域連携による地域防災体制の推進

1995年06月25日 社会システム研究部 吉岡正彦、社会システム研究部 日吉淳


1.自治体の広域連携への注目

現在、国土審議会を中心に、四全総に続く次期全国総合開発計画の策定作業が進められている。その大きな柱の一つに都道府県、市区町村といった地方自治体の広域連携による地域振興が取り上げられている。

近隣自治体同士の広域的連携は、これまで一部事務組合による消防・ゴミ処理などが行われてきたが、近年では複数県をまたがる県際を越えた広域連携や、観光振興、文化・スポーツ施設の整備、イベント開催など、幅広い領域にわたって行われつつある。

このような動きが顕在化してきた背景としては、

●近年、交通機関や交通基盤整備が進み、近隣地域への移動が容易となっていること
●国民の生活が豊かになり、地方都市のような比較的小さな生活圏でも、大都市が持つ高次都市機能の充実が求められるため、広域的連携により利用者を増やし、実現化を促進する動きがあること
●景気低迷下、地方自治体も効率的経営が求められており、経費削減などのためにスケールメリットの確保などを目指す動きがあることが考えられる。

2.阪神大震災からの教訓

本年1月17日に神戸市を中心に発生した阪神大震災では 5,000名以上の死者が出たことは、記憶に新しいところである。

そしてその教訓から、大規模地震への新たな対応として、

●人や指揮系統、情報の活用といった運用面からの防災計画などの見直し
●防災公園や広幅員道路の確保など都市計画、土地利用計画面からの見直し
●ボランティアなど市民や民間活力の計画的利用
●リスク分散や外部からの援助をねらった自治体間の広域ネットワーク形成

などが検討されつつある。

これらの各方向のうち、およそ[1]、[2]の見直しは個々の自治体の判断によって実施可能であるが、[3]、[4]については相手が必要なことから、各々の関係先、すなわち市民、民間企業、他の自治体の協力などを仰ぐ必要がある。

本稿では、ボランティアなどの市民や民間企業の活用については、別の機会に譲り、自治体の広域ネットワーク形成について、中心に取り上げることにしたい。

3.広域連携による防災対応

阪神大震災発生後の救援対策が遅れた理由の一つに、被災地域における住民、企業のみならず、自治体までもが混乱状態に陥り、いわゆる救済命令系統が十分に機能しなかった点があげられる。

また、上下水道や電話、鉄道、道路などのライフラインが遮断されたことによって、被災地域が一部で孤立化してしまう現象がみられたことがあげられる。

しかしながら、このような状況に対して、被害がないか、もしくは少なかった周辺の地域は比較的冷静であり、近隣自治体、企業、住民など、様々な主体がそれぞれの立場に応じた救援活動を行うことが可能な状況にあった。そして事実、阪神大震災では、周辺地域からの援助、協力が復旧に対し、多大な貢献を果たしている。

このような状況を考えると、今後の防災体制を考えるにあたっては、単独の自治体のみではなく、周辺地域などを視野に入れた広域的な地域連携により、対応を図ることが有益であると考えられる。

4.広域的な防災体制の状況

自治体の広域的な連携による防災体制は、これまでも検討されてきているが、その実態としては火災などの緊急時における出動、担当者間の連絡会議、年に1度の広域防災イベントの実施程度であり、大地震のような緊急時における広域連携はあまり想定されてこなかった。

また、緊急時における防災にだけ着目して広域的な連携を深めようとしても、日常からの地域交流や連携の下地がないところでは、うまく機能しないのは当たり前と考えられる。この種の例としては、阪神大震災において神戸市が全国の主要大都市間の防災協力体制として「13大都市災害時相互応援に関する協定」を結んでいたにもかかわらず、必ずしも十分な対応がとれなかった事例があげられる(注1)

一方、阪神大震災にあっては企業、とりわけ大手流通企業の早急な対応が報道された。ダイエー、イトーヨーカ堂等の企業では、全国各地に立地している店舗や流通倉庫から、食料品、日常生活品などをすばやく被災地に供給している。これは同企業が持つ系列下の全国ネットワークを巧みに活用した例であり、同様のことを行政の立場から考えてみると、国や都道府県による救済を待つのではなく、近隣地域からの救援受入れなど、現場レベルでの協力体制づくりが有益となる。

(注1)札幌市、仙台市、東京都など13都市が1986年などから「13都市災害時相互応援協定」を結んでいるが、被災都市からの要請を受けた支援が原則であるため、今回は「要請なし」と判断した自治体や連絡遅れ、あるいは救援トラックが大渋滞に巻き込まれるなどの問題が目立ったという。(読売新聞、平成7年2月1日付)

5.自治体の広域交流の動き

当部では、高速道路の整備等による地域の生活圏、交流圏の拡大に対し、広域交流の促進による地域連携や地域整備方策の提案を行ってきた。その理由は、前述したように、これまでは自治体の多くが、独自に公共施設、行政システムなどを整備してきたのに対し、今後は都市機能に対する住民ニーズの高度化への対応や財源の効率的な活用の観点から、広域圏を想定した機能整備を進める必要があるという主旨によっている。

たとえば、長野県の伊那谷の自治体では医療機関の設置に際して、各々の専門病院を地域毎に整備した結果、人口規模に比べて高度な医療が受けられるようになった事例や、住民票の発行などを広域市町村組合レベルで共同化して、近隣の自治体の窓口でも自地域と同等のサービスを受けられる事例などが、代表的な動きとして指摘できる(図表1参照)。

このように、日常的な広域連携や交流を積み重ねることで、相互に信頼関係と理解が生まれ、緊急時の対応においても相手からの反応待ちといった状態から、対応システムや相互協定に沿った形での支援体制が活動し得る。

6.安全保障体制の提案

以上のような理由から、本稿では大規模地震対策として、日常からのいわば自治体間の広域ネットワークによる「安全保障体制づくり」を提案したい。その具体的な提案内容は、以下に列記するとおりである。

【安全保障体制の提案】

〈物的バックアップ〉

○食料など非常物資の相互供給

自らの自治体内で備蓄している品目や数量に応じて、また通常生産が可能であったり、供出できる供給量などについて協定する。具体的には、お互いに緊急時に援助・供出可能な物資や避難スペースなどについてリスト化して共有しておく。さらに、地場農産物や、自地域内工場で生産されている食料品、日常生活品などもその対象になると考えられる。 後者については、協力可能な地域の地域的個性(特産品等)も踏まえながら、近隣の数カ所の自治体間とで協力関係を確保する姿も想定される。

○避難地・仮宿泊機能の協力

地震によって完全に道路、鉄道が分断されることはまれであり、鉄道、国道、県道、市町村道などのいずれかは通行可能であることを考えると、避難地、仮宿泊所などについても相互協力が可能である。また全国の小中学校、その他の公共施設などの避難候補地においては、日常から非常時において必要になると考えられる食料、水、毛布などを確保すべきであろう。

〈人・組織・サービスのバックアップ〉

○人力の提供

住民や自治会レベルでの交流とは別に、自治体としてもお互いの人・組織についてバックアップ体制を考慮する必要がある。緊急時には市民対応や行政実務に慣れた職員の相互援助が重要となる。このためには複数の自治体職員間での相互協力・連絡体制づくりが有益といえる。

〈情報のバックアップ〉

○行政事務処理協力

単一自治体のみで行政情報を処理している場合にはむずかしいが、広域行政圏域としてコンピュータやデータベースを共有している場合には、他の自治体による行政事務代行は比較的容易と考えられる。また同一自治体内においても、少なくとも自行政区域内に複数のデータベース保管所を確保し、非常時体制への対応が望まれる。

○無線による情報通信システム

電話回線の切断に対応するために、有線電話によらない携帯電話、無線や衛星通信などを利用した情報交流システムの整備も重要である。同一自治体内はもとより、近隣自治体あるいは県庁、国出先機関などと非常無線連絡網を構築し、ライフラインの切断時においても素早い情報交換、連絡体制を作る必要がある(前掲図表2、図表3)。

7.提案の実現に向けて

これらの広域的協力関係の推進に際して、とくにむずかしいと考えられる問題点は少ない。お互いの協力関係としてのネットワーク形成のためには、自治体間の「協力協定」の締結が有益な方法となろう。

もちろんこのような協定がなくとも、緊急時には全国の多数の自治体から援助申し出があると推定されるが、短時間の間に臨機応変な救援活動を行うためには、日常からの計画的な対応、すなわち特定自治体との協定関係の締結が必要といえよう。

具体的な内容としては、上記したような緊急時における援助体制、支援体制、連絡体制などについて協定を締結することになろう。 そして、これらの協定関係は形骸化をさけるために、日常からの定期的な打ち合わせ、チェック作業などを重ねることが有益である。実際、情報面でのバックアップについては姉妹提携関係にある神奈川県葉山町と群馬県草津町の事例(住民データ等の磁気テープの相互保管など)が検討されており、また広域的な緊急情報体制づくりは北海道庁および道下市町村の間で試行が始まっている。東京都区部においても豊島、新宿、文京、港の各区などで、姉妹都市などとの相互応援協定を検討中という。例えば豊島区は比較的近県に位置する4市町と協定を進めている。

8.新しい発想の必要性

以上、本稿は広域的な自治体連携による救援活動の必要性を提案するものであるが、このような発想は既に各地で形成されている「広域市町村圏」などと考え方が似ている。このため、「広域市町村圏」による活動や協力関係づくりを推進すべきだという議論に解釈されやすいが、ここでは別物として提案している。

それは「広域市町村圏」の考え方に基づくと、既存の広域行政圏域内の連携関係を想定することになり、発想が逆転してしまう可能性があるからである。結果的に広域市町村圏を活用することも十分に考えられるが、本提案では既存の広域行政圏というワク組みにこだわらない提案を行う。

仮に「広域市町村圏」の多くが地形的一体性などに基づく類似地域構造からなる場合には、防災の観点からは、むしろ地形、地質、交通網などが異なった条件下にある自治体との交流の方が有益といえる。相互に協力可能な自治体が、それぞれの立場や特徴を考慮して協力協定等を結ぶべきであろう。

また、これらの相互協力にあたっては、とくに追加的な緊急物資の備蓄強化などを行う必要はない。協力関係を結んだ自治体同士が同時に被災しない限りは、お互いの備蓄資材などを相互に流用することによって対応が可能である。

したがって、むしろこのような新たなネットワーク化により自治体の負担を軽減すべきであろう。あくまでも地震や火災被害は一部地域に限定されるものであり、全国や都道府県が一度に全域が被災することは考えられない。これらの安全保障関係の提携により、緊急時において、既存の備蓄資材などが有効活用できるネットワーク体制づくりを進めることが重要である。

そして、このような様々なバックアップ体制を平常時から組んでおくことが、大地震対策として大切である。最後に、以上の議論は自治体間同士の連携・協力を中心に提案してきたが、当然のことながら自治体同士の関係にこだわらず、全国的なネットワークを持つ民間企業・団体などとの協力関係づくりも視野に入れることができる。この種の例としては、阪神大震災において緊急物資協力協定を締結していた兵庫県と神戸生協(コープこうべ)の関係にみることができ、とりわけ被災直後における神戸生協の救援物資供給は多大な救済効果を上げたという(注2)

したがって、総合的な観点からは、地方自治体と共に、企業、住民らがそれぞれの立場で広域的な協力関係をつくることが目標となろう。

(注2)日本経済新聞、平成7年5月15日付による。
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