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Business & Economic Review 1997年08月号

【MANAGEMENT REVIEW】
損害保険市場の規制緩和と「代替保険市場」に関する考察

1997年07月25日 日吉淳


金融ビッグバンによる保険市場の自由化により、企業のリスクファイナンス戦略は大きな転換期を迎えている。これまで、わが国の企業のリスクファイナンス戦略としては損害保険の利用がほとんどであるが、わが国の保険マーケットは、戦後長い間踏襲されてきた大蔵省の護送船団方式による規制・監督のもとで、高コスト体質、新商品開発やリスクファイナンス・サービスの遅れが目立っている。

一方、規制緩和が進む欧米では、通常の損害保険に加え、様々な手法を組み合わせた合理的なリスクファイナンスサービスが提供されている。世界的に見ると、大企業のリスクファイナンスコストのうち、半分以上が一般の商業保険会社を用いない「代替保険市場」に投入されており、その市場規模も6兆5,000億円に達している。

わが国においても、規制緩和の進展に伴い、国際的レベルの新たなリスクファイナンス手法が一般化してくると考えられ、「代替保険市場」が新たな保険マーケットとして注目される。

1.金融ビッグバンによる規制緩和と損害保険市場の変化

1)金融ビッグバンによる損害保険市場の変化

金融ビッグバンによる様々な規制緩和により、わが国の損害保険市場は大きな転機を迎えている。第1に、市場に最も大きなインパクトを与える変化としては、保険料率や商品設計の自由化である。

これまでは、火災保険や自動車保険など主要な保険種目の保険料率は料率算定会により定められ、いわば公認の業界カルテルの元での市場が形成されていたが、規制緩和により保険料率が自由化され、保険会社の運用力、企業努力や被保険者のリスクが保険料率にダイレクトに反映されるようになる。保険ユーザーにとっては、保険料水準の低下が期待できる一方で、発生頻度や損害額の大きなリスクに対する保険料が高騰するデメリットも無視できない問題である。また、保険料率の自由化は、保険料率の不安定さをもたらすことも課題である。これは、欧米の自由化された保険市場でみられる現象であるが、保険市場の引き受けキャパシティの変化により保険料率が上下のサイクルを繰り返して変動し、保険ユーザーにとってはリスクファイナンスコストが非常に不安定になってしまうという問題がある。

第2にあげられる変化としては、業態の垣根を越えた金融機関の相互参入である。損害保険市場においては、現在では、生損保業の相互乗り入れが部分的に行われているが、生命保険業界のみならず銀行や証券など他業種からの参入も進むものと見込まれる。この相互参入に関しては、銀行・証券業の営業窓口での保険商品の販売による保険業進出には保険業界が強く抵抗しており、参入インパクトの大きさを物語っている。さらに、保険業界と銀行・証券業界との関連は、金融商品の販売面のみならず、これまでは保険市場のなかで処理していたリスクを金融市場に転嫁する手法の発展により密接なものとなりつつある。これは、保険リスクをLiability-backed bondとして証券化し、投資家に販売したり、CBOT(Chicago Board of Trade)におけるCAT(Catastrophe futures)等の金融派生商品(デリバティブ)によりリスクヘッジを行うなどが代表的なものであり、これらの動きが保険業界と銀行・証券業界の相互参入を加速していくと見込まれる。

第3の変化としては、外資系企業の日本市場への積極的な参入である。損害保険市場においても、外資系企業の参入の促進により、自由化された市場で工夫された様々な保険商品がわが国にも導入されることが予想される。特に、新商品の開発や引き受け種目の拡大、前述したデリバティブや証券化を用いた新たなリスクファイナンス等については、外資系企業が圧倒的なアドバンテージを持っており、わが国の保険業界にとっては脅威である。

2)損害保険市場における規制緩和の動き

平成8年4月に実施された保険業法の改正と12月末に妥結した日米保険協議を契機とした保険業界の規制緩和により、保険市場では大きな変化が始まっている。規制緩和の結果としては、(1)料率算定会により一律に定められていた保険料率の自由化、(2)生損保相互や他の金融機関との業態の垣根の見直し、(3)保険ブローカー制度の導入、(4)通信販売による自動車保険セールスの解禁等が行われ、これまでの日本の保険市場では見られなかった様々な動きが急激に起こっている。

また、金融ビッグバンをめざす大蔵省においても、これまでの保険会社の業務や個々の商品に対する個別認可という監督行政から、保険会社の支払い能力を表すソルベンシー・マージン(注1)による企業の健全性の指導・監督というスタンスに変わりつつあり、保険会社が顧客ニーズに対応した多様なサービスを自由に提供できる環境が整いつつある。この市場環境の変化により、企業にとっても、自社のニーズに的確な対応したリスクファイナンス戦略を再構築する時期が到来している。

保険会社の支払い責任に対する保険金支払い能力を示す指標で、銀行でいえばBIS規制に当たる。ソルベンシーマージン=(資本額合計+価格変動準備金+危険準備金+貸し倒れ引当金+株式の一定比率分+土地含み益の一定比率分+保険業法施行規則86条に規定される額)÷(一般保険リスク+巨大損害リスク+予定利率リスク+資産運用リスク+経営管理リスク)

2.「代替保険市場」によるリスクファイナンス戦略

1)新たなリスクファイナンス戦略展開の必要性

リスクファイナンスとは、リスクの発生によって生ずる損害を金銭的にカバーするための手法であり、一般的には損害保険が利用されている。わが国の損害保険市場は、1995年で正味保険料(注2)約6兆9,000億円の規模であり、損害保険事業者の免許を持つ国内資本27社、外資系31社がこの市場に参加している。

しかし、長年の護送船団方式による閉鎖的なマーケット環境が続いた結果、わが国の保険マーケットは非常に不効率なものになっている。図表1は、わが国の保険会社全体とアメリカ保険会社全体の平均損害率(保険会社が得た保険料に対して被保険者に支払われた保険金の割合)であるが、アメリカの保険会社は受け取った保険料の約80%を保険金として被保険者に還元しているのに対し、わが国ではこの割合が約60%にとどまっている。また、保険種目別に見ると(図表2)、わが国の火災、傷害、賠償責任等の保険では損害率は30~50%程度である。これは、日米のリスク環境(リスク発生の度合いや訴訟が多い文化など)の違いはあるものの、わが国の保険がアメリカに比べてコスト高であるということがこの損害率の違いに表れているということができる。わが国の損害保険業界では料率が独禁法の適用除外にある損害保険料率算定会の制度により、個々の保険会社の引き受け能力や経営の成果が保険料率に反映されていないという非競争的な構造を有しており、その結果として事業経費の割合が高いことがこれらの指標に表れている。

以上に示したとおり、わが国の損害保険は、保険を利用する立場でみると、支払った保険料に対して、受け取る保険料の割合が国際的な水準に比べ極端に低いという大きな問題を有している。すなわち、1994年度においては、日本の被保険者が保険会社に支払ったコストのうち、54.1%しかリスク資金として還元されず、残りの45.9%は保険会社の経費と利益とになっていることになる。このため、保険会社のみに頼らないリスクファイナンス戦略の新たな展開は、企業にとってコスト削減の観点からみても非常に有効であるといえよう。

2)「代替保険市場」による新たなリスクファイナンス

一般の保険以外ではどのようなリスクファイナンスが可能なのであろうか。欧米の保険マーケットでは、「代替保険市場(Alternative MarketもしくはAlternative Risk Transfer Market)」と呼ばれるリスクファイナンスマーケットが存在し、多くの企業が活用している。

図表3は、企業の保険市場を国際的なベースで表したものであるが、フォーチューン1000企業(わが国で言えば1部上場のトップクラス企業)では、リスク負担のコスト(保険料)でみると代替保険市場の利用が5割を超えており、中小を含めた企業全体をみてもリスクファイナンス資金の約3分の1が代替保険市場に流れている。1995年ベースで、世界全体の代替保険市場は約6兆5,000億円に達しており、わが国の保険市場とほぼ同程度の規模に成長している。

この代替保険市場は、保険マーケットがタイトであった80年代の中盤(この時期にはPL保険などの保険料率が高騰し、保険マーケットの引き受けキャパシティも低下していた)から成長をはじめ、正味保険料ベースで1988年から1995年で約1.5倍の規模に拡大した(図表4)。また、既存の損害保険市場が95年で年間3%程度の成長であるのに対し、代替保険市場では6%を超える成長を遂げている(図表5)。近年では、マーケット環境の軟化傾向(既存損害保険市場における保険料の低下と引き受け能力の向上)により伸び率は若干頭打ちになっているものの、マーケット環境には変動サイクルがあるため、また環境が悪化することになれば、大きな成長を遂げることが見込まれる。

一方、わが国においては代替保険市場はほとんど存在せず、一部の企業がキャプティブ保険会社(後述)を極限られた分野に活用している程度で、保険料規模でみれば無視できるほど小さい。単純には比較はできないが、もしわが国の企業がアメリカ並みに代替保険市場を利用するようになれば、保険料ベースで3分の1のシェアをとると仮定して年間約1~2兆円のマーケット規模となり、非常に注目すべきビジネスであるといえる。

3) 代替保険市場におけるリスクファイナンスの基本的考え方

代替保険市場とは、一般的な損害保険以外のリスクファイナンスマーケットの総称であり、代表的なものとしては、自家保険やキャプティブ保険会社等(詳細は次節を参照)がある。(ただし、代替保険市場は、通常の商業保険ではないと言う意味で、厳密に言えば損害保険の派生商品に当たるものも含まれる。)

代替保険市場で提供されるリスクファイナンスの基本にあるものは、「リスクの自家保有」という原則であり、リスクをできるだけ自家(内部)保有し、リスク処理コストを引き下げようとするものである。これは、リスク処理は内部保有することがコストとして最も安いためである。しかしながらここで問題になることは、リスクを内部保有するとリスクヘッジの機能が失われる。このため、代替保険市場においては、「リスクの自家保有」を原則としながらも、保険マーケット、特にコストの安い再保険マーケットの機能を活用し、極めて効率的なリスクヘッジ機能を併せて持つところに大きな特徴がある。

リスクファイナンスのもう1つのポイントは、リスク処理コストのキャッシュフローの改善にある。保険料は前払いが原則であり、保険料支払いから保険金を受け取るまでにはタイムラグが発生する(このタイムラグは最大10年に達することもある)。図表6は、イギリスにおける保険会社の保険金支払いまでの保険料運用益利回りを示しており、賠償責任保険などにより大きな運用益を得ていることがわかる。企業から見ればこの間はリスク処理資金を寝かしているということである。

3.代替保険市場の概要

ここでは、代替保険市場としての新たなリスクファイナンス手法である、自家保険、キャプティブ保険会社、外部のリスク資金、レトロスペクティブ保険料算定方式、自己負担額、コ・インシュアランスの仕組みと特徴を解説する。

1)自家保険

(1)基本的考え方

自家保険とは、リスクを完全に自社内で保有し、自社のB/S、P/L上でリスクの発生による損失を処理するものである。

(2)仕組み

自家保険の仕組みとして代表的なものは、経費予算の計上による損失への対応、リスクに対する準備金の積み立て(内部留保)がある。経費予算の計上とは、統計的に見て、過去の年間損害率が安定しており、毎年の損害額がある程度予測できるリスクに対して、相当額の予算を毎年計上し、経費処理する方法である。

一方、リスク準備金の積み立ては、B/S上にリスク発生時の損害に対する準備金を毎年積み立て、損害が発生した年に準備金を取り崩してリスクファイナンスの機能を果たすものである。一般的には、経費予算は統計的に予想でき、毎年安定した支出で対応できるリスクに、また、準備金積み立ては統計的に予想できない非経常的なリスクの発生に対して行われる。

(3)当手法のメリットと課題

一番のメリットとしては、リスクを完全に自社保有するため、保険に比べ、保険会社のコスト等のリスク処理コストが全くかからないことである。しかし、自家保険では、何年に一度かという非経常的なリスクへの対応が難しく、また、予想されない大きな損害が発生した年次に自社の損益(業績)が大きく悪化し、決算に大きな影響を与える恐れがある。一方、準備金の積み立てによる対応は、リスク処理のために準備金は税引後利益からの積み立てとなり、コスト高となってしまう。また、全てのリスクに十分な準備金を積んでおくことは非現実的である。

このため、一般的には、自家保険のみでリスクファイナンス戦略を構築せず、以下に述べる(2)~(6)の手法を組み合わせる。

2) キャプティブ保険会社 (1)基本的考え方 キャプティブ保険会社(以下キャプティブ)とは「専属保険会社」の意味であり、企業が自社(もしくは自社グループ)のリスクの自家保有を行う保険子会社を設立し、保険の手法を応用して保有リスクを処理することが基本的な考え方である。キャプティブ保険会社の詳細は拙稿「わが国におけるキャプティブ保険会社の展望」(Japan Research Review 96年11月号)に詳しく述べているので本稿では概略のみにふれるが、リスクの内部保有によるコストの削減効果のみならず、キャプティブの会計上に留保されるリスク処理のための準備金の運用、再保険市場へのアプローチ等より、低コストで多様なリスクファイナンスが可能となる。

(2)仕組み

キャプティブの仕組みは図表7に示したとおり、企業が自社の保険子会社を設立し、保険子会社のリスク移転を合法的に行うためフロンティング会社(注3)を経由して自社のリスクをキャプティブに移転し、キャプティブで保有できないリスクをさらに再保険マーケットでヘッジするというスキームである。キャプティブには、大きく分けてシングルペアレント・キャプティブ、グループ(アソシエート)・キャプティブ、レンタ・キャプティブの3つのタイプがある(注4)。

キャプティブのための元受け保険会社のことで、親会社の所在国で営業免許を持ち、保険引き受けに伴う様々なサービスを提供する。キャプティブへのリスク移転も合法化できる。

A シングルペアレント・キャプティブ

一般的な形態で、1社(そのグループ企業)のリスクのみを引き受ける保険子会社

B グループ(アソシエート)・キャプティブ

類似したリスクを持つ複数の企業が合同で設立するキャプティブで、アメリカでは建設業、弁護士事務所、病院などが同業種で設立していることが多い。なお、アメリカで多く設立されている「リスク・リテンション・グループ(リスク保有組合)」もグループ・キャプティブと同様の発想である。

C レンタ・キャプティブ

第三者が設立したキャプティブの仕組みを借りてキャプティブのメリットを享受しようというもので、自社キャプティブ設立に際しての採算性の検証を行うためや小規模企業に利用されている。当方式では、参加企業はキャプティブの議決権なし優先配当株を購入し、キャプティブの利益を配当の形で回収する。

キャプティブは、「キャプティブ保険法」(注5)を持つ地域に設立される。わが国にはキャプティブ保険法がないため、日本企業のキャプティブは海外に設立されることになる。

ちなみに、わが国においてキャプティブへのリスク移転を国内の保険会社経由とするのは、保険業法による海外直接付保の禁止規定(注6)、アンダーライティングサービス等の利用(注7)という理由があるためである。

(3)当手法のメリットと課題

キャプティブの主要なメリットは、リスクファイナンスコストの低減、一般の商業保険会社では受けられない(もしくは保険料が高額になってしまう)リスクの処理、キャッシュフローの改善の3点があげられる。また、国際的な事業展開を行っている企業には、全世界で展開しているビジネスに関連した総括的なリスク管理戦略としても非常に有効である。

キャプティブの場合、企業から元受け保険会社へ支払われる保険料は通常の保険と変わらないが、保険料(リスク)はほとんどがキャプティブに再移転され、キャプティブがリスクを自家保有するため、リスク処理コストの経費処理とその低減が可能となる。ただし、キャプティブが全てのリスクを保有するためには最大損害額に応じた相当規模の資本金と内部留保が必要となるため、再保険を利用し、リスクの再保険マーケットへの再ヘッジを行うことになる。この再保険マーケットは、いわば保険の卸売り市場であり、低コストでリスク処理が可能であることから、再保険マーケットへキャプティブを通じて直接アプローチできるという点もコスト低減の視点で大きなメリットである。

なお、キャッシュフローの改善という点では、親企業本体のキャッシュフローには直接はリンクせず、運用益はキャプティブの会計上のメリットということになるが、これまでは保険会社が得ていた利益を自社のグループとして享受できるという点では大きなメリットになるといえる。

通常の保険会社に比べて設立・運用基準が大幅に緩和されている特別な保険業法。キャプティブは自社のリスクのみを扱うため、契約者保護の視点が不要であり、一般の保険会社より設立・監督基準が大幅に緩和される。現在、アメリカ(一部の州)、バミューダ、シンガポール、アイルランドなど世界18カ国で制定されている。

保険業法で定められており、日本の損害保険業免許を持たない海外の保険会社に対して、日本国内のリスクに対する保険を直接かけられない規定(ただし、外航貨物海上保険、外航船舶保険、商業甲航空機保険、人工衛星保険、海外旅行傷害保険は、海外直接付保が認められている)。なお、再保険取引には海外直接付保の禁止規定はない。

キャプティブは基本的にはリスクファイナンスのためのペーパーカンパニーであるため、親会社の所在国におけるアンダーライティング(保険に引き受け時のリスクの査定、保険料の算定など)やクレーム処理(発生した損害を調査して保険金の確定を行う等の事務作業)、保険証券の発行などのサービスを国内で実績がある一般の損害保険会社(フロンティング会社)に委託することが必要になる。また、キャプティブの設立国では専門のマネジメント会社に業務を委託することが必要である。

3)レトロスペクティブ保険料算定方式

(1)基本的考え方

保険料は原則として前払いであり、保険金が支払われるまで、例えば賠償責任などでは10年以上もかかることもある。企業にとってみれば、通常の保険の形態ではリスクファイナンスのための資金を前倒しで負担していることになり、キャッシュフローの面で大きな利益を逸している。以上のデメリットを解決するため、「レトロスペクティブ保険料算定方式」(遡及的保険料算定方式)が活用されている。

(2)仕組み

当手法は、保険料をできるだけ後払いし、その間の運用益を自社で享受するものである。また、保険金が次年度の保険料にリンクするため、企業のリスクコントロール意識を高める効果もある。企業は保険契約時に暫定保険料プラス保険会社へ手数料を払い、通常は1年毎に、その年に発生した損害が推定できた時点で清算保険料を支払う。

当手法には、次に示す特徴がある。
・ リスク資金は損害が保険金として支払われるまでは、企業に保有される。
・ 企業のリスクが標準的なリスクより低い場合、その差を利益として受け取ることができる。
・ 予想されない大きな損害は、ストップ・ロス、エキセス・ロス再保険金(注8)として保険会社から回収できる。
しかし、企業のリスクが平均より高く、損害の支払いが保険会社の想定する標準的なケースより大きい場合、企業の保険料の支払総額は、結果として通常の保険契約より大きくなる可能性がある。

(3)当手法のメリットと課題

当手法の導入は、キャッシュフローの改善には非常に有効である。しかし、保険料は実際の損害額にリンクするため、ある年度に非常に大きな損害が発生した場合には次年の保険料が相当に高額となり、企業の決算に大きな影響を及ぼす恐れがある。このため、当方式の導入に際しては、ある水準以上の損害額に対しては、ストップ・ロス、エキセスロス・カバー(超過損害額損害保険)の方法を組み合わせ、その部分の保険金は当手法の対象から外すことが必要となる。

契約時に定めたある一定額以上の損害のみを対象とした再保険で、ストップロス再保険は年間の累積損害額がある一定額以上になった時に、エキセスロスは1事故あたりの損害がある一定額以上になった時のみに再保険金が支払われる。

4)外部のリスク資金

(1)基本的考え方

リスクファイナンスのための資金を、自社とは別の外部の会計に外部リスク資金としてプールしておき、リスクの発生時に外部リスク資金から損害額に応じた金額を受け取る方法である。考え方としては、キャプティブ保険会社の仕組みを外部の会計を使って行うことと考えることができる。

(2)仕組み

仕組みとしてもキャプティブ保険会社とほぼ同様であり、企業はフロンティング会社に保険料の形でリスクを移転し、フロンティング会社は再保険の形で外部リスク資金の会計上にリスクを移転する。外部資金が保有できないリスクについては、再保険マーケットに再々保険としてリスクをヘッジするスキームである。近年バミューダで多く見られる「保険契約者共有保険会社」も一種の外部リスク資金ということができる。また、キャプティブの項で述べた「レンタ・キャプティブ」も当方式と類似した仕組みである。

(3)当方式のメリットと課題

当方式は、行政当局の規制や企業戦略上の問題がある等の理由により、キャプティブ保険会社を設立できない企業や、保険料規模が小さくキャプティブを独自に持つメリットがあまりない中小企業が、同様のメリットを得るために有効な手法である。メリットはキャプティブと同様のものが享受できるが、外部資金のプール先の安全性等に留意する必要がある。

5)自己負担額

自己負担額とは、ある一定額未満の小さなリスクに対する自家保険であり、一般の保険の免責額と同様のものである。免責額と異なる点は、免責額は保険会社が保険の技術上、導入する小規模の不担保であるが、自己損害額は、保険ユーザーが通常の保険において、自社で負担できる小規模な損害を契約上不担保とし、自家保険とする点である。保険ユーザーは、自己損害額により、保険料の割引を得ることができる。

この方式は、既に賠償責任等の保険ではわが国にも一般的に導入されている。しかし、この方式単独では、「代替保険商品」としてのメリットは少ない。通常、上記(1)~(4)の手法と組み合わされる。

6)コ・インシュアランス(共同保険)

当手法は、自己負担額方式がある一定額以上の損害の損害保険へのリスクヘッジであるのに対し、損害額を一定割合で負担するという点を除けば基本的には同様の手法である。企業は、損害額に対して常に一定割合で損害額を負担するという契約を結ぶことになる。

当手法も前項の自己負担額と同様にわが国でもすでに一般的なものであるが、当手法単独ではメリットが少ないため、他の手法との組み合わせで導入される。

4.代替保険市場によるリスクファイナンスのケーススタディ
-キャプティブ保険会社によるリスクファイナンスの場合-

1)前提条件 以下の条件を持つ企業のキャプティブのケーススタディを行う。
・ 対象企業の損害保険の年間損害率が過去10年間で平均40%
・ 日本のタックスヘイブン対策税制に該当しない税率の地域(シンガポール等)に資本金1億円でキャプティブを設立
・ 対象種目の年間総保険料が2億円(リスク総額1,000億円に対して保険料率0.2%)
また、フロンティング会社、キャプティブにおけるリスク移転上の前提条件を次の通り設定する。
・ フロンティング会社の保有リスク:元受け保険料ベースで10%相当分
・ フロンティング手数料(再保険手数料を含む):再保険料の25%
・ キャプティブの保有リスク: 年間累計で3億円
・ キャプティブのマネジメント費用:1000万円/年
・ キャプティブからの再々保険:再保険マーケットで損害率70%での引き受けが可能と設定
2)ケーススタディ

(1)リスクの負担

A社の保険料2億円分に相当するリスクは図表10の通り、元受け保険会社、キャプティブ保険会社、再保険マーケットがそれぞれ負担する。

(2)キャッシュフロー

以上のスキーム、条件では、当初の想定として損害率が40%であるから、A社は年間2億円の保険料を支払い、毎年平均して8,000万円の保険金を受け取ることになる。保険金はフロンティング会社が一括して支払うが、その内訳としては、下記の通りである。つまり、フロンティング会社は10%の比例保有分として800万円(8,000万円×10%)、キャプティブは残りの7,200万円(8,000万円×90%)を負担する。

なお、キャプティブの年間保有リスクは3億円であるから、もし、これを超えた負担が発生した場合には再保険マーケットから回収する。
・ キャプティブ保有リスクからの保険金:7,200万円(リスク全体の90%)
・ フロンティング会社保有リスクからの保険金:800万円(リスク全体の10%)
以上の試算では、キャプティブに税引き前で3,300万円の留保が可能となる。

このなかから、無税で積み立てられる危険準備金を引いた残りが現地の税率で課税され、税引後の利益は配当で親会社に還元されるか、もしくは任意の準備金としてキャプティブの会計上にプールされる。

5.わが国における代替保険市場の発展方向

1)わが国における代替保険市場の展望 以上に示してきた通り、新たなリスクファイナンス手法の導入は、適切に導入されれば企業にとって非常にメリットのあるものである。しかし、既存の損害保険会社にとっては、自社の利益を損なう側面もあり、導入に消極的なケースが多い。この問題については、保険市場の自由化に伴い、外資系企業の進出や子会社方式による異業種からの参入により、保険市場の競争が激化する傾向にあることから、既存の保険会社としても新たなサービスとしてこれらの手法に対応していく必要に迫られてくるものと考えられる。

保険分野の規制緩和がわが国に比べて大きく進んでいるアメリカでは、既存の保険市場に下記の大きな問題点があるため、代替保険市場が成長したという経緯がある。
・ 料率の自由化、競争激化により企業が希望しても、保険会社が嫌う特定の種類のリスク(モラル・リスクや環境汚染リスクなど)を引き受けてもらえないか、もしくは引き受けても高額な保険料となってしまう。このため、企業の自衛策としてリスクの内部保有をベースとした代替保険市場が成長した。
・ 自由化された保険市場では、保険料率には上下のサイクルがあり不安定性であることから、アメリカ企業のリスクマネジメント担当者や財務担当マネージャーは料率変動を嫌っており、代替保険市場に方向転換しながら安定性を求めている。
・ 保険をかけたいと思っている多くの企業は、彼らが保険をかけている保険会社よりも巨大であることが多い。このため、リスクの移転に際して保険会社を体力的に信用できない場合には、代替保険市場でリスクの自家保有をした方が安全性が高いと判断する企業が増えた。契約者保護の制度は主として個人が対象であり、企業保険に対して保険会社自身の安全性が問題になることがある(長期間かかる賠償責任リスクなどでは、損害が確定した時点で保険会社が倒産していることも考えられる)。
わが国においても、単なるコスト削減の視点のみではなく、日本でも自由化により予想される、これらの保険マーケットの環境条件の変化にも柔軟に対応できる代替保険市場の整備・育成が必要であり、保険業界にとっても2兆円規模の新たなマーケットとして新たなビジネスチャンスとして捉えていくことが重要である。

2)既存保険市場へのインパクト

以上に述べた代替保険市場の発達は、既存保険市場に大きなインパクトをもたらすものと考えられる。

(1)保険料水準へのインパクト

まず第1には、保険料水準の低下である。企業は、既存保険市場から保険商品を購入するだけでなく、それらが割高であると判断した場合には代替保険市場により自家保険をベースとしたリスクヘッジを行うことが可能となる。このため、既存の商業保険会社は、より魅力的なサービス、商品を提供することが必要となり、保険料のディスカウントやサービス内容の向上を積極的に行っていく必要がある。

(2)既存保険会社の経営戦略へのインパクト

第2には、既存保険会社の戦略の転換が求められる点である。既存の商業保険会社においても、これまでの横並び体質からの脱却を図り、高コスト体質の改善や商品開発力の強化が必要となってくる。このためには、代理店と保険会社の二重の営業制度の改革、ローコスト販売手法としての通信販売方式の導入などのコスト削減のための戦略のみならず、これまで培った保険業ノウハウを活用し、フロンティングサービスやリスクマネジメントコンサルティングによるフィービジネスへの積極的な取り組みが必要となる。

これらのフィービジネスは、企業が代替保険市場によるリスクヘッジを行う際には必ず必要なサービスであり、わが国において今後の成長が期待される分野である。しかしながら、これらのビジネスは、自由化が先行している欧米の保険会社やリスクマネジメントコンサルティング会社が相当のノウハウを有しており、わが国の損害保険会社では大手の数社がある程度のノウハウを持っていると言われているが、欧米系の企業に比べれば見劣りすることは否めない。このため、わが国の既存保険会社においては、欧米系保険会社との連携・提携を進める動きが活発化してくると考えられる。

(3)保険市場への異業種参入へのインパクト

代替保険市場によるリスクファイナンスは、これまでの保険に比べ、企業の財務戦略に密接にかかわるものである。このため、新たなリスクファイナンス手法の発展は、銀行や証券会社の損害保険市場への参入に大きな影響を及ぼすことも考えられる。企業のキャッシュフローの改善や、リスクファイナンス資金運用などの金融サービスの提供に加え、企業のリスクマネジメントにも関与できることから、業績の安定化による株価への影響、融資先企業のリスク把握など、金融機関側にとってもメリットは大きいものと考えられる。事実、アメリカではComerica Bank(デトロイトに本拠地を置く銀行持ち株会社)等において、コーポレート・バンキング・サービスとして、キャプティブを用いたリスクファイナンスサービスを銀行が行っている。

3)わが国の企業への導入の視点 以上に示した新たなリスクファイナンス戦略の導入に際しては、企業サイドは以下の視点に留意して導入を検討することが必要である。

(1)リスクコントロールの重要性

これまでの保険では保険金で損害がカバーされるという安心感から、リスクコントロール意識が従業員の全体に行き渡らないという問題もあったが、リスクの自家保有を行う場合には、いかにリスクを発生させないかが新手法導入の成功の重要なポイントとなる。このため、全社的なリスクマネジメント戦略の構築がキーポイントとなる。

(2)リスクの適切な把握

リスクの自家保有がベースとなるため、リスクの大きさを小さく見積もりすぎれば損害発生時に企業に大きなダメージを与え、逆に過大に見積もりすぎればコストアップにつながってしまう。自社のリスクを適切に見極めるためには、リスクコンサルタント、フロンティング会社等のアンダーライティングに関する専門知識、ノウハウの活用が望まれる。

(3)適切なリスクファイナンスコンサルティング

新手法の導入には適切なフィージビリティスタディが不可欠であり、新たな仕組み、手法も次々と開発されていることから、リスクマネジメントコンサルタント等から、上記(1)、(2)も含めた適切なリスクファイナンスコンサルティングを受けることが重要である。

以上の視点を踏まえた適切な導入を行えば、新たなリスクファイナンス手法の導入は、企業の財務上、リスクマネジメント戦略上、非常に有効であると言え、今後、わが国の企業においても取り組みが活発化してくるものと予想される。

注  

1.ソルベンシー・マージン

2.正味収入保険料とは保険会社に残るネットの保険料のこと。正味収入保険料=収入保険料-支払い再保険料

3.フロンティング会社

4.キャプティブ保険会社の種類

5.キャプティブ保険法

6.海外直接付保の禁止

7.アンダーライティングサービス等の利用

8.ストップ・ロス、エキセス・ロス再保険
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