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RIM 環太平洋ビジネス情報 2001年10月Vol.1 No.3

縁故主義からの脱却を図るマハティール政権
マレーシア政府のレノン・グループ買収

2001年10月01日 坂東達郎


はじめに

マレーシアでは、アジア通貨危機以降、クローニー企業と呼ばれ、政府高官や与党との関係が緊密な有力実業家が経営をコントロールしている企業に対する救済が、相次いでいる。その象徴とされてきたのが、大手コングロマリットのレノン・グループである。しかし、政府のクローニー企業に対する過度の救済措置や、クローニー企業のコーポレートガバナンスの欠如などに対する外国人投資家のみる目は厳しさを増している。

80年代後半から90年代半ばにかけ、積極的な外資導入をてこに高度経済成長を推し進めてきたマハティール政権は、このような状況に強い危機感を抱き、レノン・グループの買収に乗り出した。そこで、以下では、マレーシア政府による今回のレノン・グループ買収の経緯を振り返るとともに、有力企業再建の行方について検討してみたい。

1.政府によるレノン・グループ買収

(1) レノン・グループ中核企業の公開買い付け

2001年7月23日、マレーシア政府は、国策投資会社カザナ・ナショナル全額出資の特別目的会社シャリカット・ダナサハム(Syarikat Danasaham Sdn. Bhd.)を通じて、レノン・グループ中核企業である大手建設会社UEM社株式の公開買い付けを行うと発表した。

レノン・グループは、グループ内に上場企業11社を抱え、建設・不動産、金融、インフラ開発、高速道路・鉄道運営、通信、エネルギー、鉄鋼などの分野で事業を展開している同国最大級のコングロマリットであり、数多くの国家プロジェクトにも関与している。

買い付け期限は9月14日とされ、政府は、1株につき4.5リンギの買い付け価格で、UEMの株式全部を買い取り、経営権を掌握する計画である。全株式の買い取りに必要とされる資金は約38億リンギ(約1,200億円)となる。

政府がレノン・グループの買収に乗り出した直接的な目的は、巨額の債務超過に陥り自助努力による再建が困難となったレノン・グループの倒産を回避することである。マハティール首相も、買収発表後の国会において、買収の目的が、同グループが破綻した場合の国内経済への影響を、未然に防ぐためであると発言している。

実際、同グループは、アジア通貨危機以降、大型プロジェクトの執行中止に伴う売り上げ減、高金利による支払い金利増大、通貨下落による巨額の為替差損などにより、98年には借入総額が一時、同国金融機関の融資総額の5%を超える200億リンギにまで増加し、経営危機に直面していた。その後、99年3月には南北高速道路の運営を行っているPLUSが総額84.1億リンギに上る社債を発行、2001年3月には情報通信子会社タイム・ドット・コムの上場を通じて 40億リンギを調達し、借り入れ返済に努めてきた。しかし、未だに130億リンギの借り入れを抱え、新たな資金調達にも行き詰まっていた。

(2) 増加へと転じた不良債権

公的資金を導入してレノン・グループ再建を推し進める背景として、これまで比較的順調に進んできた金融機関の不良債権処理のペースが急速に鈍化していることがあげられる。

同国では、98年6月に政府出資で設立されたダナハルタが、金融機関から不良債権の買い取りを進めてきた。その結果、金融機関の不良債権比率は、通貨危機後のピークである98年11月末の9.0%(6カ月基準)から徐々に低下を続け、2000年は6%台で推移し、2000年末には6.3%にまで低下した。しかし、2001年入り後上昇へと転じ、5月には7.8%となった。分野別では、レノン・グループの中核事業が属する建設・不動産向けが、国内金融機関の不良債権全体の約4割を占めている。通貨危機以降、公共投資の拡大など政策的な下支えが断続的に行われたものの、不動産需要や民間設備投資の冷え込みが続くなか、資産劣化が続いてきたことが背景にある。

このような状況にあって、レノン・グループが仮に経営破綻に陥れば、国家インフラ・プロジェクトの進展に支障を来すことに加えて、多くの取引企業が連鎖倒産に追い込まれ、不良債権比率が一段と高まり、景気低迷を深刻化させることに繋がりかねない。このような事態を避けるため、政府は、国家主導による同グループの債務処理に踏み切ったと考えられる。

2.マレーシア流縁故主義からの脱却

(1) 狙いとするハリム・サアド氏の排除

もっとも、今回の政府によるUEM買収は、もう一つの重要な狙いがある。

持ち株会社レノンの株式の16.5%を保有し、グループ間の複雑な株式相互持ち合いを通じてレノン・グループ全体を支配してきた、レノン会長ハリム・サアド氏のグループ経営からの排除である。これが、これまでマレーシア流縁故主義として内外から批判されてきた、有力実業家の救済を目的とした企業救済と大きく異なる点である。すなわち、政府の真意は、ハリム氏との関係を断ち切ることによって、マハティール政権がマレーシア流縁故主義に対して、これまでの積極的な関与から大きく方向転換し始めたとのメッセージを内外に発信することであると考えられる。

ちなみに、ハリム氏は、政府や与党の幹部と深い関係を持ち、とくにダイム・ザイヌディン前財務相の庇護のもとにさまざまな恩恵を政府から受けてきており、マレーシア流縁故主義を象徴する存在であった。通貨危機後に政府が関与したレノン・グループへの救済措置としては、以下の事例がある。

2000年12月、政府は、債務超過に陥ったクアラルンプール市内のLRT(軽便鉄道)の運営会社2社を合計60億リンギで買収することを発表した。このうち1社はレノン・グループのPUTRAである。また、2001年3月には、政府は、巨額の負債を抱えたタイム・エンジニアリングが債務返済のために上場した子会社株式の17.2%を公的資金で引き受けた。

いずれも企業側の債務処理や経営効率化など抜本的な企業改革を伴わず、またハリム氏の責任を曖昧にしたままの一時しのぎの延命策に終わった。

マレーシア政府による安易な企業救済は、レノン・グループだけにとどまらず、例えば、2000年12月、経営に行き詰まったマレー系有力企業ナルリ社から、同社が保有するマレーシア航空の株式(発行総数の29%)を政府が買い取ることで合意したケースなどがある。

(2) 外国人投資家の信認低下

政府がハリム氏を排除しマレーシア流縁故主義に決別しようとする背景として、政府や与党とクローニー企業の不明朗な関係が、外国人投資家の同国経済に対する信認を低下させ、以下にみられるように、外資流入を減少させる一因となっていることが挙げられる。

第1は、株式市場への外資流入が細ってきたことである。

同国の株価の動きを振り返ってみると、タイで通貨危機が勃発する直前の97年4~6月期に1,238ポイント(期平均)であったクアラルンプール総合株価指数が、99年から2000年初にかけて世界的なIT需要の拡大や米国NASDAQ市場に連動して上昇傾向を示したが、上昇は長続きせず、2001年4~6月期には579ポイントと、97年同期に比べて47%下落した。これに対して、シンガポールでは通貨危機の影響が比較的軽微であったことから同時期に18%の下落、また、韓国では、国際流動性危機に陥りIMFの緊急支援を受けたものの、いち早く財閥改革などの構造改革を進めたことから、同20%の下落にとどまっている。

このような株価下落を先導したのは、外人投資家の株式売却である。株式市場の資金フロー(ネット)をみると、通貨危機直後の97年7~9月期の急激な流出から、98年1~3月期には流入に転じたものの、その後、流出入を繰り返す不安定な動きをしてきた。2000年1~3月期には、マレーシア株式のMSCI社の世界株価インデックスへの復帰などを背景に、一時的に外資が流入したが、再び4~6月期に資金流出に転じ、7~9月期には流出額が15.7億ドルと通貨危機以降最大となった。

この株式市場からの資金流出は2001年に入っても止まっていない。とくに、2月に株式売買のキャピタルゲインに対して課せられてきた送金課徴金制度が撤廃されたことにより、株式市場にかかわる資本取引規制が全廃されたにもかかわらず、その後も外資流出が断続的に続いているのは、米国株式の下落やIT関連企業の業績悪化といった要因にとどまらず、外人投資家の信認が低下していることの証左である。

第2は、マレーシアへの直接投資が低迷していることである。

同国の直接投資受入(ドル建て申請額ベース)の動向をみると、96年に70.0億ドルとピークに達したが、通貨危機に見舞われた97年には大幅な減少に転じ、その後も減少を続けてきた。

投資減少の要因としては、景気低迷に伴って外資企業が新規設備投資を先送りしていることや、先進諸国からアジアへの投資がWTO加盟を控えた中国へシフトしていることが挙げられるが、韓国やタイなどと比べてマレーシアの低迷が顕著であるのは、外国人投資家が同国の企業改革の遅れを懸念していることが背景にあると考えられる。

2000年に申請ベースで前年比234%増の79.5億ドルとなったが、この急回復は、直接投資を呼び戻すことを狙って政府が打ち出した外資比率規制緩和によるもので、年末に優遇策の期限が迫るなか、駆け込み申請が多かったためである。実際、2001年入り後は反動で投資が急減し、1~6月の受け入れ額は、16.0億ドルと2000年通年の約2割の低水準にとどまり、先行きが懸念されている。

3.今後の展望

(1) 先行きが懸念される企業改革

政府は、UEMの発行済株式のうち、従業員年金基金(EPF)など政府関連機関から14%を買い取ることで合意に至った。また、レノンが保有するUEM株式38%の政府への売却については、9月11日に開催される臨時株主総会で最終決定されるが、すでに8月半ばのレノン役員会において同意が得られている。8月末現在、政府関連機関とレノンの保有する合計52%に、公開買い付けやワラントからの株式転換を加えて、上場廃止の条件である発行総数の90%を上回る株式の買い取りが確実視されている。

一方、6月にダイム財務相が辞任したことから、後ろ盾を失ったハリム氏が巻き返しに出る可能性は少ないとみられ、(1)ハリム氏の排除、(2)レノン・グループの優良資産の売却、(3)グループの再民営化という政府が描く青写真のうち、まずはハリム氏の排除が計画通りに進むと考えられる。

もっとも、今回のUEM買収は、マレーシア政府にとって縁故主義からの脱却に向けての第一歩であり、これでもって直ちに外人投資家のマレーシア流縁故主義への疑心が拭いきれるとみることはできない。マレーシア政府やマレーシア企業の信認回復には、ひとえにレノン・グループの債務再編やクローニー企業の改革の進展いかんにかかっている。

しかしながら、マレーシア政府の縁故主義からの脱却に向けての取り組みに対する懸念も多い。主なものは以下の2点である。

第1は、政府による買収がレノン・グループの国有化にとどまり、肝心のリストラが先送りされることによって、逆に経営の効率化や競争力の強化に向けての取り組みが後退する懸念である。

その理由として、まず、同国では4~6月期の実質経済成長率が前年同期比で0.5%にまで鈍化し、景気低迷が一段と深刻化するなか、景気悪化を加速させる恐れのある企業改革が、一時的に棚上げされる可能性があることである。次に、建設・不動産業が低迷するなか、グループ内の資産売却や従来通りの建設・不動産を中心とする事業再建がスムーズに進む保証がないことである。

第2は、レノン・グループ同様に公的資金による救済が行われてきたMRCBグループやマレーシア航空(MAS)などのクローニー企業の債務再編や経営者の排除に対して、マハティール政権が二の足を踏むことに対する懸念である。

この理由として、クローニー企業の多くが90年代初期に公営企業から民営化されたものの、民営化後もマハティール首相が理念として掲げた「マレーシア株式会社構想」を具現化すべく政府と一体となって経済開発を推し進め、その過程において、有力実業家と政府高官や与党幹部とのもたれあいが深化したことが指摘できる。政権内部にまで深く根を下ろした有力実業家を排除することは、複雑な利害が絡み、スムーズに進むとは考えにくい。

さらに、90年代初期の民営化の特徴は、マレー系国民の社会的地位を高めることを目的とする、マレー系国民優遇政策(ブミプトラ政策)の一環として実施されたことである。2001年4月に発表された社会経済開発10カ年計画(OPP3:2001~2010年)においてもブミプトラ政策の継続が謳われており、政府主導によるマレー系実業家の排除は、目に余る恩恵を享受していたハリム氏などを別にすれば、国民の反発を招くことにもなりかねない。

(2) 急がれるクローニー企業の債務処理

外部環境が悪化するなかでクローニー企業の債務処理を進めれば、一時的な失業率の上昇など、経済への悪影響が避けられないが、マレーシアも経済グローバル化の波から逃れられないなかにあって、国際競争力の向上は喫緊の課題である。企業改革や経済構造改革を通じての地場企業の競争力の向上や、一段の規制緩和を通じての外国からの資本および技術の導入を進めることなくして、持続的なマレーシア経済の発展はあり得ない。

したがって、政府にとっては、強いリーダーシップを発揮してレノン・グループの再構築と活性化を進めるとともに、他のクローニー企業についても、一日も早く債務処理と経営再建を進めることが課題となる。

そのためには、不採算事業の人員削減や事業清算など痛みを伴う処理が不可欠である。政府は、レノン・グループや他クローニー企業の再建についての明確な青写真を国民に提示し、情報開示を進めることによって国民的合意を形成することが必要である。

主要参考文献

1. Bank Negara Malaysia. Monthly Statistical Bulletin, various issues.
2. 坂東達郎「マレーシアにおける民営化企業の破綻」(日本総合研究所『RIM』Vol.1、No.1、2001年所収)
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