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"ETCの魅力"の合意はできるか

倉沢 鉄也

出典:TRAFFIC & BUSINESS 2001年夏号

●コミュニケーションの悪循環を侮るなかれ

  ここまで世論形成面ではきわめて順調に来たITSが、はじめてつまずいている。

 ETCを題材とし公共事業非難の文脈の一端として捉えるネガティブな報道が複数のマスメディアで取り沙汰されている。これに対して、試験運用、本格運用、全国整備といったサプライサイドの情報だけが淡々と発信され、それら批判に対する明確な答えを関係者は発信できていない、と言わざるを得ない。

 一方、幸いにしてETC批判の中で、ITSの構想自体は批判の対象になっていない。それらの批判の矛先はETCの普及方策に関わる合意形成の欠落にのみ向かっているに過ぎない。景気対策として、情報インフラ投資の柱として、交通問題解決の切り札として、この2年たらずでITSという言葉は広く認知され、構想自体は受け入れられてきた。ITSという言葉の追い風は、今のうちならまだETCの普及に活かせる状況にある。

 ETCに魅力があろうとなかろうと、残念ながら合意形成コミュニケーションの悪循環に火種はついてしまった。その火を沈めるかどうかは、いま手を打つかどうかにかかっている。いくら数年後にETCがDSRC応用アプリケーションを含めた魅力ある活用を約束されている(イコールETC車載システムであるかは未定)としても、コミュニケーションの状況はいま改善しない限り、手遅れの事態を迎えることになる。

 ITS推進全体にとって、現時点でのETCの普及方策の確立はそれほどまでに重要であり、ETCの魅力的な活用もそこに位置づけられる、という前提で、以下の論を進める。

●遅ればせながら「利用像の構築」のステージに

 約1年半前、筆者は本誌上で、「ETC関連商品は、モバイル商品と比較されて買われる」「購買する一般市民はITS関係者が考えるより成熟している」「一般市民皆がITSの専門家だという視点で合意形成方策をはじめなければならない」という点を指摘した(資料1)。
 ETC本格運用直前と言われていた(実際には試験運用としてスタート)当時から1年半たったが、この点についてITS関係者対一般市民の関係はほとんど何も進展していないと言わざるを得ない。すなわち、ETCの社会的認知には成功したと言えるが、ETC利用者の実像をITS関係者が描くことがいまだできず、それがETCへの不満となってマスコミという社会の鏡に映っているに過ぎない。もちろんその不満へのリスクマネジメントも、DSRC応用アプリケーションの実現を含めた事業拡大方策も打ち出せていない。そもそも利用像の構築とは、通常は社会的認知の前に行う性質のビジネスプロセスである。そうなってしまったのは、ETCについて、以下の点が一般市民に対して、いや関係者自身にとって明確になっていないからである。

問1 そもそも、ETCとは、ITSにとって何なのか。
問2 ETCの実施主体は誰か(Who)。
問3 ETCのターゲットとは誰か(to Whom/Where)。
問4 ETCの訴求点、魅力とは何か(What/Why)。
問5 どういう普及戦略を考え、その方策をどう実践してきたのか(When/How)。

 これらの問いを読者のみなさんが明快に答えられれば、ETC利用像の構築は済んだも同然であり、それがETCの魅力的活用を関係者自身が考える必要条件である。

 それが、遅ればせながらのETC普及方策の突破口であり、その結果、ITS関係者の考えるETCの魅力的活用の姿が一般市民にもおのずと伝わる、というシンプルな構造に捉えていただきたい。

 本稿の限られたスペースでこの問いの全体を述べることはできないので、魅力ある活用法への方策にしぼるために、問2=筆者を含めた読者のみなさん、問3=一般市民 と固定して、問1、4、5を簡潔に論じることにする。
 
 
【資料1】消費者との関係における、ITSという商品・サービスの位置づけ

 すでにカーナビゲーションシステムは、大規模電器店ではビデオカメラやパソコンと一緒に並べられている。そうなれば、商品としての使い勝手、価格などは他のモバイル商品と比較されることになる。すでに多くのモバイル商品を手にしている消費者にとって、カーナビやETC端末などのITS商品の魅力、そして金銭感覚は「自動車の付加価値」ではなく、「クルマでも使えるモバイル商品、それが自分にとってパソコンなどより有用か」という視点でしか捉えてもらえない。

 この視点が、ITS関連市場を担うべき民間企業、そして政府にも非常に希薄である。「クルマで移動するため必要なものには出費するだろう」あるいは「クルマのオプション相応の金銭感覚で出費してくれるだろう」という発想から構築した市場の読みは、少なくとも日本では通用しない。もちろん、「交通渋滞を解消するために、環境保全のために国民は積極的に出費するだろう」「法律で義務づけられたらおとなしく買うだろう」ということも当面日本では起こらない。ITSがターゲットとする消費者は、もっと成熟している。

 よく運転する人、まったく運転しない人、後部座席に乗っているだけの人、皆必ず自動車そのものについて、また自動車交通について一家言持っている。自動車交通政策における合意形成の難しさは、日本中の自称専門家を相手に納得してもらうことの積み重ねであった。

 一方、この数年で、消費者はようやく情報ツールの値頃感、機能と使い勝手との対価感を体でわかるようになってきた。携帯電話の普及は500万台を超え、オフィスワーカーの多くの人がパソコンやPDAを使いこなすようになった。昨今はパソコンやゲーム機も家庭に広く普及するようになった。情報機器の自称専門家も、十分に増えてきている。

 ITSは、この両者にまたがる市場を形成する。したがって、ITSに対しては、すでに日本中の消費者がITSの専門家として一家言持っている状態から、政策と市場への合意形成が始まると考えるべきである。そして消費者自らが購入し、ITSの便益を消費者が直接受ける場所となる自動車の中に対しても、日本中の自称専門家がリクエストの声を挙げることになる。
 
(出所)本誌2000年冬(58)号掲載の筆者論文、「モバイルメディア・ITSとクルマの姿を考える」冒頭部分(16ページ)より

●ETC車載システムを消費財として取り組むために


 日本のITSとは、商品マーケティングと政策合意形成の両面の推進方策を持つプロジェクトである。これが問1に対する筆者の答えである。
 この点で日本は世界独自の道を歩み、その先行事例はない。日本のETCも、そのバランス感覚で実施しようとしている。それ自体は難しくも世界的に尊い試みであり、ETCの普及の遅れ自体を何ら恥じることはない。粗っぽく言えば、カーナビにおける世界的先行と、ETC普及における世界的後発は、その方針による当然の帰結である。

 したがって、日本が選択した5.8GHzアクティブ方式のETCもまた、少なくとも一般市民向けに準備されているメリットは「ETC以外にも、車載課金プラットフォームとしてのマルチユースが効く」、すなわち消費財としての魅力「面白い(entertainingあるいはamusing)」が含まれている、ということでなければならない。

 電技審で述べられているDSRC応用アプリケーションの実現時期とそのプロセスが明らかになっていれば、魅力ある消費財としてのETC車載システムの販売方策は様々に考え得る。「いまは高価なのに料金所をスムーズに通過するだけの道具ですが、いずれDSRC応用アプリ対応という面白い商品に大化けするので、期待して先物買いして下さい」という物言いができる。

 なるほど、デジタルハイビジョンテレビ受像器は、こうした物言いの中で数年前から先行販売され、BSデジタル放送の実現が確実になった段階で販売市場も明確に描くことができた。価格面ではまだ適正な支払許容額まで下がっていないにもかかわらず、国策として始まったデジタル放送のマーケティング的普及に成功しつつある。

 しかしいまの現時点でのETC車載システムの魅力を一般市民に対して「料金所をスムーズに通過できるので、到達時間を少し短くできます」「優越感に浸れます」とブレークダウンしたとしても、資料1で述べているとおり、残念ながらモバイルIT関連商品としての支払許容額には達していない。

 この点、6月に「あと2年間は高速道路料金が2割引です」という画期的な訴求点が発表されており、それ自体関係者の尽力は想像にあまりある。しかし消費財の訴求点としてだけ見ると、まだ「面白くないのに高い」の域を脱してはいないと予見される。

 となれば、やはり現時点でのETCは、社会インフラ整備事業でしかない。しかし後に消費財として変貌を遂げる以上、法律による普及や明確な税負担を一般市民に義務づけるわけにはいかない。DSRC応用アプリケーションへの対応実現が明確にわかるまで、買い控えられてしまうからである。

 一方、ETC車載システムは車載オプション/純正装備市場としてすでに芽生えているではないか、という指摘もあるだろう。では次にクルマを買い換える5、6年後(一般市民の平均的な数値)まで、マルチユースが期待されるETC車載システムは諸々のIT関連のバージョンアップに対応するのだろうか。パソコンや携帯電話の購入経験者なら、それがにわかに信じがたいということは直感的にわかっていただけるだろう。マルチユースを目指す日本のETC車載システムは、モバイルIT商品なのであって、自動車の付加機能とは買い換えサイクルが違う商品であり、マーケティング戦略の枠組みもまったく異なる。それが純正装備であっても、である。後述するように競合商品もすでに臨戦態勢にあり、その存在はETC車載システムにとって十分に脅威である。

 したがって、いまETC普及方策の改善に必要なのは、 
 
1.消費財としての魅力であるDSRC応用アプリケーションの実現時期、プロセスを明確にして、ETC車載システムの購入動機をその点から語り、マーケティング戦略とする。 
2.DSRC応用アプリケーションの相関をあきらめるならば、ユーザー視点からETCのみの効用を商品の魅力としてアピールし、見合った販売価格にまで政策的に下げる。 
3.さもなければいったん商品マーケットから退出し、法律による普及や明確な税負担にしぼった普及方策に急ぎ切り替える。 
ということになる(資料2)。
 社会インフラ整備プロジェクトであるうちは、コミュニケーション手法もまた、政府公共事業が近年急激にメソッドを向上させてきた政策合意形成手法の応用を中心に据え、各企業も同じ文脈での一般市民向けマーケティング活動を進めていくことが、ETC不満の声に答える一番の近道である。

 これが筆者の考える問5の答えである。
 
 
【資料2】 ETC車載システムの普及方策概念図

●メディアとしての魅力をどうつくるか

 では、DSRC応用アプリケーションとはどれほど魅力的なものなのか。電技審DSRCシステム分科会報告書の参考資料(あるいは書籍『ITSインフォメーションシャワー』の前書き部分)に、導入時の生活シナリオが描かれている。これを基点に考えてみる。
 主に自動車向けの、双方向高速通信の無線電波の活用イメージとして、報告書本編で技術的検討がなされている9つのアプリケーションが、利用者メリット個々の逸話にまぶされて書かれている(資料3)。

 しかし、これらのアプリケーションイメージには、重要な課題が残されている。それはDSRC車載システム(イコールETC車載システムであるかは未定)というメディアビジネスを立ち上げる上での市場性が十分に検討されているとは言えない、ということである。

 ETC車載システムとの共用は利用者ニーズとして必然とすれば、DSRCシステムの実用化は数年先、少なくとも2001年や2002年には実現しない。その一方で2003~2004年頃までには第3世代携帯電話(IMT-2000)や地上波デジタル放送も全国的整備が進み、ブルートゥース技術の普及も着手され、それらの課金決済システムも一層充実しているだろう。単なる移動体向け無線高速ダウンロード回線というだけではDSRC応用システム単独でのメディアとしてのメリットは打ち出せない。

 DSRC応用システムというメディアの最大のメリットとは、「スタート時点でETCと共用の車載端末として数千万台が普及している」ということである。サービス開始時点で1,000万台の受信端末普及が確実に見込めれば、これはマス広告メディアの対象になりうる。これを成立させたのがiモード広告であり、BSデジタル放送も既存BSアンテナを手がかりにまもなくこの域に達しようとしている。

 この点は詳述しないが、営業人件費や制作費、双方向サービス対応費など、一般に広告メディアビジネスを始めるためのコストは収益規模の大小とあまり相関しない、だから一定以上の収益規模が必要、と理解していただければ十分である。したがって、ETC車載システムという社会インフラの普及台数の確保はDSRCシステム自体の魅力にもつながるということに重点を置いた普及方策を打つべきである。

 一方、そうしたメディア特性が、デメリットともなる点を留意しなければならない。

 それは、ETCと共用の車載端末である限り自動車から持ち出すシステムとして端末を構築するのに時間がかかるだろうということである。それはメディアとして利用者の接触時間が限られていることを示している。一般市民が自動車に乗っている時間は1日のうち平均約1時間と言われている。マス広告の市場価値が接触人数×時間で決まる現状では、この性質のメディアがマスの効果を持つにはコンテンツにかなりの工夫が必要で、それは現状のアプリケーションで通用するかは未知数である。

 こうしたサービスを通信カーナビの課金メディアとして立ち上げたMONETやコンパスリンクなどは、普及面で苦戦を強いられている。苦戦の理由は様々だが、システム構築の採算をとるための課金額は加入者増のハードルになっていることは間違いない。

 生活シナリオ中「おばあさんの交通安全お守り」として描かれている携帯DSRC端末だが、まさに「お守り」であって、機能を限定した公的配布財として例示されている。この点でDSRCシステムは自動車の機能から離れたとたんに、DSRCシステムはモバイルITの王者・携帯電話と競合あるいは連携を余儀なくされる。それも1つの普及方策であり、これなら1,000万台というメディアパワーを携帯電話にゆだねることもできる。すなわち  
 
1.自動車の中でこそ受けたいサービスについて独壇場的なメディアパワーを発揮できる。 
2.自動車から離れて使っても、携帯電話など既存のモバイルITと連携して使える。 
 
という2つの条件を満たすことで、上述のデメリットを解決したメディアビジネスの可能性が開けることになる。
 そしてこれらの方向性に則したコンテンツ・サービスの一層の開発が求められることは間違いない。チャイルドシート、エアバッグや排気ガス清浄化のような、利用者の生命維持に切迫した消費マインドを喚起するようなコンテンツを、ETC及びDSRC応用アプリケーションは残念ながらアピールできていない。その点で、「ITSインフォメーションシャワー」に象徴的に描かれた利用者イメージはたしかに現実味を帯びたものではあるが、しかし「新米記者が偶然使った社用車で体感するに過ぎないサービス」をどう魅力ある消費者向けサービスとして普及させるのか、そもそもこの時点でコンビニの店員や駐車場の管理人がキャンペーンとして受け入れているという状態をどう作るのか、ということが、がいよいよ問われることになる。

 これが筆者の考える問4の解法であり、答えそのものはこれからみなさんと探すしかないと考えている。
 
 
【資料3】 DSRC応用システムアプリケーションのメリットと、参考資料中の生活シナリオでの描かれ方 

DSRC応用アプリケーション

導入による主な利用者メリット

「生活シナリオ」での描かれ方

駐車場管理利用 ●キャッシュレス決済でスムーズな入出場
●事前予約可能、そのスペースへの誘導
●入場中の大量情報ダウンロード
●商店街の買い物キャンペーン誘導
●場内誘導駐車場の体験
ガソリンスタンド利用 ●キャッシュレス決済
●待ち時間短縮、サービス24時間化
●待ち時間の情報ダウンロード
●ガソリンスタンドでのキャッシュレス給油
コンビニエンスストア利用 ●キャッシュレス決済
●情報端末操作の抵抗がない
●手軽な情報ダウンロードや取次サービス
●ドライブスルーコンビニでのキャッシュレス利用
ドライブスルー利用 ●キャッシュレス決済でスムーズな購入
●車載画面を見て注文可能
●ドライブスルーコンビニでのキャッシュレス利用
物流運行管理利用 ●入出門、乗船下船での手続待ち時間の減少
●構内運行管理における効率的な走行
●積み荷情報の自動把握による作業時間短縮
●ガソリンスタンドでのトラック運転手の経験談
歩行者支援 ●目的地までの時間短縮、適切情報提供
●目的地情報の事前把握
●緊急通報による安全歩行、迷子探し効率化
●おばあさんの交通安全お守り
ロードプライシング利用 ●キャッシュレス決済でスムーズな入域(=ETCゲートとしてのメリット)
半静止時大量情報提供 ●待ち時間を活用した容易な地域情報入手
●音楽や地図などの大量ダウンロードが容易
●無線としては高速のインターネット接続提供
●ガソリンスタンドでの楽曲ダウンロードサービス
●駐車場構内での車内オフィス作業
走行時情報提供+運行支 ●走行時の一般情報、オンデマンド情報の入手
●旅行、娯楽情報の容易な入手
●帰り道の適切な情報提供

●百年の計の成功に向けて、いま着手を

 以上の点をクリアできれば、「ITSスマートタウン」や」「ITSインフォメーションシャワー」で示されている、各種DSRC応用アプリケーションが、確実にETC活用の魅力として花開くことになる。

 これらのハードルを超えることは決して容易ではないが、ETCさえ超えてしまえば、スマートウェイ、スマートタウン、スマートビークルネットワークなどの構想は、今後この普及手法の応用でこと足りる。ITSの推進とは、しょせんはマーケティングと政策合意形成のバランスでしかないからである。

 筆者がETCの普及方策に以上のような諫言をするのは、部外者としての短期的なあるべき論ではない。ITSを語る関係者の一味として、百年の計たるITSを失敗させるわけにはいかないために述べているということをもって、関係各位への無礼をお許しいただくとともに、関係者である読者のみなさんにこそ、上述の視点でITSを推進していただきたいと願うばかりである。

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