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学校教育の情報化と「スマートスクール」構想の実現に向けた展望(前編)
情報化の動向とデータ活用に向けた国の施策

2017年05月08日 佐藤善太


 学校でのタブレット端末の大規模な整備、2020年度から全面実施となる次期学習指導要領(※1)でのプログラミング教育の導入など、学校教育の情報化に関する動向が近年メディアで盛んに報じられている。自治体・学校により情報化の進展状況には開きがあるものの、先進的な自治体・学校においては、ICTを活用した教育が既に日常的に行われるようになっている。
 国や、先進的な自治体・学校、企業では、さらに先を見据え、ICTの活用により日々生成されるデータをいわば教育ビッグデータとして活用し、学習・指導の改善につなげる取り組みに着手している。これまでにも学校・学級経営や教育政策立案には統計的なデータ等が活用されてきたが、児童生徒・教職員向け情報端末や学習用・校務用情報システムから幅広いデータを収集し活用していくことで、より先導的なモデル――スマートスクール――を確立することが目指されている。
 本稿では、以下の三編に分けて、学校教育の情報化とデータ活用の動向、「スマートスクール」の実現に向けた課題と展望について論じる。

・(前編)情報化の動向とデータ活用に向けた国の施策
(中編)教育改善に向けたデータ活用のあり方と国内外の事例
(後編)「スマートスクール」に関わる課題と今後の展望

 前編では、学校教育の情報化の現状を概観するとともに、学習データの活用を目指す国の動きについて確認する。なお本稿では、初等教育から高等教育・生涯学習までにわたる教育のうち、特に初等・中等段階(義務教育段階)の学校教育に焦点を当て、議論を進めていく。

学校教育の情報化の動向――自治体・学校、国、企業における取り組み
 近年、児童生徒1人1台のタブレット端末や電子黒板・無線LAN環境などを利用した新しい学習のスタイルが、先進的な自治体・学校に広がってきている。東京都荒川区や渋谷区、佐賀県(県立学校)、佐賀県武雄市のように自治体内の全児童生徒に1人1台のタブレット端末を配備する例や、学校単位で1人1台のタブレット端末を配備している例のほか、1クラス~数クラス分のタブレット端末を配備して全校で共有する例が数多く見られるようになっている。
 整備されたICT環境を利用して、デジタル教材を用いた学習やインターネットを用いた調べ学習、個々の児童生徒の習熟度に応じたドリル学習のほか、タブレット・電子黒板等を介した児童生徒同士の協働作業、思考経過や回答結果の共有、他校や学校外の児童生徒との交流学習や遠隔授業、外国人講師によるオンライン英会話指導、3Dプリンタやロボットを活用した学習、家庭で情報端末を利用して課題に取り組み学校では討議・対話により学びを深める反転学習、さらに児童生徒・教員・保護者の情報共有など、多種多様な取り組みが実践されている。こうした取り組みは、iPad第一世代が登場し、続いてAndroid・Windowsタブレット端末が流通するようになった2010年以降に広がってきた。
 スマートフォンを含めた情報端末が日常生活に入り込み、社会生活でも必要不可欠になる中で、子どもたちの情報活用能力の育成が重要となっていることは疑いない。学校教育においてもこうした能力の育成に取り組むことが求められている。また、ICTは上記のように従来の学習・指導のあり方を変え、諸外国に比べても大きい教員の校務負荷の軽減に貢献する力も持つ。これらの点を踏まえ、国も、1人1台の情報端末や教育クラウドの活用等に関する実証事業(※2)や、教育情報化のための環境整備に向けた地方財政措置(※3)等により、ICTを活用した教育の普及を進めてきた。
 これに呼応して、企業の取り組みも活発化している。学校や家庭で使用する学習アプリやICTを活用した授業運営を支援するクラウドサービスを提供する、いわゆる“EdTech”ベンチャー(※4)が数多く登場しているほか、スタディサプリ(リクルートマネジメントパートナーズの提供する小中高生向け学習アプリ)、Classi(ベネッセホールディングスとソフトバンクの合弁会社の提供する学校向け学習支援サービス)、Study Link Z(Z会ラーニング・テクノロジの提供する学校向け学習支援サービス)など、大手企業によるサービス提供も本格化してきている。
 ただし、先進的な取り組みを進める自治体・学校を除くと、学校現場でのICT環境整備、ICT活用の浸透は十分に進んでいないのが現状である。政府は、2017年度までに教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数3.6人、電子黒板等整備率100%、無線LAN整備率100%などの環境整備目標を掲げているが、2016年3月時点の実績値(※5)はそれぞれ6.2人、21.9%、26.1%で、達成は極めて困難な状況にある。環境整備の財源確保に自治体・学校が苦慮しているのに加え、デジタル教材やアプリの開発・供給が学校現場の多様なニーズを満たすほどには進んでいないこと、教職員側のICT環境整備・活用に向けたノウハウが不足していることも、目標と現状のかい離を生んでいる主な要因と考えられる。先進的な自治体・学校の取り組みが全国に広がるにはまだ時間が必要といえる。
 しかし、歩みが遅くとも、ICT環境の整備と活用が今後とも前に進んでいくことは間違いない。2017年3月に公表された次期学習指導要領でも、主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)を実現しつつ、各教科におけるコンピュータ等を活用した学習活動を充実すること、小学校段階からのプログラミング的思考の育成を進めることが明記されており、2020年代の学校では、ICTがより身近なものになるだろう。

データ活用に向けた国の検討状況
 学校でのICT環境整備・活用が進むに従い、児童生徒の学習の経過や成果に関するデータや、教員による学習指導・生活指導に関するデータなどが蓄積されていくことになる。児童生徒の学習用のシステムやアプリ、教職員の事務・情報管理用のシステム(校務支援システム)に蓄積されていくこれらのデータを、情報セキュリティに配慮しつつ統合的に分析・活用していくことで、データに基づく教育改善が可能となる。
 文部科学省は、2016年7月に公表した「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会 最終まとめ」の中で、授業・学習の記録と校務の情報を有効につなぎ、学びを「可視化」することを提唱している。 また、可視化したデータを活用することが、児童生徒自身の学習の振り返りや、教員の指導力向上、学級・学校経営の改善、教育委員会単位の現状分析・エビデンスに基づく教育政策のPDCAサイクルの確立につながるとしている。「最終まとめ」の内容を踏まえ、2017年度には、総務省との連携の下、1人1台のコンピュータ環境を前提として、学習・校務情報の連携と活用を進める実証事業(次世代学校支援モデル構築事業)を行うこととなった。事業では、データ活用のあり方、個人情報の取り扱いや、学習情報のデータ化の方法、求められるシステム要件などについて実証研究が行われる見込みである。

 上記のように、今年度から学校におけるデータ活用の推進に向けた実証研究が始まることとなっているが、既に国内外で多様なデータ活用の取り組みは行われている。中編では、データ活用の主なパターンと先行事例について紹介し、データによる教育改善の可能性についてあらためて論じたい。

(※1)小学校で2020年度、中学校で2021年度から全面実施され、高等学校では2022年度から年次進行で実施される予定。なお幼稚園では2018年度から全面実施予定。
(※2)1人1台の情報端末・電子黒板・無線LAN環境での教育について実証を行った総務省「フューチャースクール推進事業」(2010~2013年度)、文部科学省「学びのイノベーション事業」(2011~2013年度)、教育クラウド・プラットフォームを活用した実証を行った総務省「先導的教育システム実証事業」(2014~2016年度)、文部科学省「先導的な教育体制構築事業」(2014~2016年度)。
(※3)2014~2017年度にかけて、教育のIT化に向けた環境整備4か年計画に基づき、単年度約1,678億円、4年間で総額約6,712億円の地方財政措置が講じられている。
(※4)EdTechは、EducationとTechnologyを組み合わせた造語で、米国を中心に、日本を含む各国で使われるようになってきている言葉。ここではスマートデバイスやクラウド等を活用した教育サービスや関連技術を指す言葉として使用している。
(※5)2015年度「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」に基づく数値。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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