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FTA利用はなぜいまひとつ進まないのか

2017年02月22日 増田のぞみ


世界に広がるFTA網と出遅れた日本
 2016年末にJETROが公開した調査結果によれば、現在世界には267のFTAが存在する(※1)。世界におけるFTAの歴史は長く、1990年代には既にNAFTA(北米自由貿易協定)、AFTA(アセアン自由貿易協定)をはじめとする50以上のFTAが締結されていた。これらの国で事業を展開する企業の間では、当時からFTAの存在を前提として最適な市場開拓、サプライチェーン構築を進めることが常識になっている。
 FTA網拡大による企業へのメリットは、なんと言っても関税の減免によるコストの低下である。例えば、タイは日本の自動車メーカーとってアジア最大の製造拠点だが、日本とタイの間には10年前にFTAが発効し、主要な自動車部品はタイに輸入される際に20%(自動車用エンジンの場合)もの関税が免除されている。製造業でコスト削減活動に必死で取り組んだとしても20%ものコストを下げることは不可能だろう。内需の拡大が見込めない日本においてはなおさら、今後輸出による海外市場の開拓が重要になり、FTA網の拡大と有効活用によるメリットは大きくなるといえる。
 一方で、日本がFTAを積極的に結び始めたのは2000年代後半(最初のFTAは2002年の日・シンガポールFTA)であり、一般にFTAとは何かが広く知られるようになったのは2010年代に入ってからだろう。日本の貿易の自由化の遅れは、FTAカバー率(全貿易に占めるFTA締結国との貿易比率)が2015年時点で22.7%と、FTA先進国と呼ばれる韓国(67.3%)、シンガポール(77.7%)(※2)と大きく乖離していることからも見て取ることができる。
 また、2016年末にJETROが公開した調査によれば、在アジア・オセアニア日系企業のFTA利用率は大企業で49.0%、中小企業で45.0%に過ぎず(※3)、半数以上の企業は今もFTAを利用していない。製品によっては二桁のコスト削減があっさりと可能になるにもかかわらず、なぜ今もFTAを利用していないのか。それには軽度な勘違いからより根深く難解な問題まで、いくつかの原因がある。

経営層はFTAの基礎知識を
 実は経営層がFTAの利用に関する利益をよく理解できていないケースは少なくない。確かにFTAの仕組みは複雑で、自社の製品がどこの国に輸出する場合、またはどこから調達する場合、どの程度コストが下がるのか把握するには、一定の知識が必要になる。さらに、経営層が「FTAが発効すれば、自動的に低関税率が適用される」と勘違いしていることもあるという。こうした場合、経営層がFTA利用によるメリットを理解し、アクションを指示しないため、FTA活用は始まらない。
 幸いなことに、TPP交渉への関心が高まったおかげで、FTAについての認知度は高まってきた。また、FTAの概要や利用のメリットを説明する書籍はこの2、3年で急増し、大企業による、海外のサプライチェーンを組み直しなどの事例についての情報も増えつつあるため、良い勉強材料に事欠かなくなってきた。
 FTAが業界や自社の事業に与える影響の分析や、FTAとの付き合い方を検討する材料が数年前に比べて格段に得やすくなってきた今こそ、これまでFTAへの理解が不十分で、対応を検討してこなかった中堅・中小企業は検討を始めるべきだろう。

FTAに関する実務は難解で煩雑。自社のキャパシティにあった手段を
 次はFTAのメリットは理解できているものの、実際に活用するための手続きに人手が割けないという問題である。FTAの手続きは作業量が多く、時間がかかる。日本は現在16カ国とFTAを結んでいるが、関税減免が適用される製品の種類や減免率、利用条件はFTAによって異なり、1件のFTAに対応したからといって全てのFTAに書類の内容が全て流用できるわけではない。さらに、ミスがあった場合、のちのち多額の追徴課税の対象となる責任重大な業務である。貿易実務の専門担当者を置いている企業の場合ですら、一朝一夕にできるようになる作業ではなく、ましてや専任者がいない場合、既存の社員にイチから勉強させるには相当の負荷となる。
FTA利用の手続きについては、経済産業省や中小企業庁、内閣府、その他外郭団体から各種ガイドライン資料が公表されているが、多くの場合はこの資料自体も難解であり、素人による独学は容易ではない。中小企業の中には、取引先の商社を頼ることでなんとか対処しているケースも見受けられる。頼る先がない場合は、中小機構や商工会議所、JETROが設けている窓口に相談に行くのも良いだろう。また、数は多くないものの、FTAに関する細かい手続きを専門にサポートしているコンサルタントも存在するため、自社でまったく対応ができない場合はこれらのコンサルタントに外注するという手もある。

FTAのメリット享受は取引を拡大してこそ
 最後に、各社のFTA活用がなかなか進まない最大の理由として、1件の取引からだけではFTA活用のメリットを得づらい点が挙げられる。FTAを使って貿易が行われる場合、関税が減免されてまず得をするのは輸入者(購入者)であり、輸出者(販売者)は輸入者と販売価格の交渉(関税分下がったコストを価格に乗せてもらう)をしない限り利益は増えない。FTAの書類が準備できたとしても、それは「取引先として首がつながった」だけで、多額の事務コストをかけて利益が増えないという事態も起こり得るのである。「苦労してFTAに対応し取引先として首がつながっても、儲からないようでは、取引をあきらめたほうがよいのでは」という疑問もあるだろう。特に取引先からの要請にしたがって、やむを得ずFTA対応をはじめた場合、そういった思考に陥りやすいことが想定される。
 FTAは1社との取引からの利益増加を期待するようなものではない。マクロ的視点でとらえれば、日本とFTAのあるA国の顧客に対し、A国とFTAのないB国のサプライヤよりは日本の企業のほうがチャンスは大きくなるため、FTAは日本企業のチャンスを増やす制度である。「FTAへの対応能力を備えることで、FTAのない国の企業や、FTAに対応していない競合企業に対する優位性を持った。この先どうすればFTAを武器に取引先を拡大し、利益を増やすことできるか?」という視点に切り替える必要があるのだ。他社も同じくFTA対応に苦労している状況だろう、と何もせずに悠長に構えていた場合、FTA対応できないことを理由に取引がなくなっていく可能性も十分にある。冒頭で述べたとおり、日本はアジアの他国と比べてもFTA先進国とは言えず、FTA活用が進んでいる他国の企業からはすでに遅れを取っていることも忘れてはならない。

FTAへの対応は短期間では難しく、事業計画にはメンテナンスの必要も
 以上のようにFTAの利用には企業の立ち位置や規模によってさまざまなハードルがあるが、いずれにせよまずは経営層がFTAの基礎を学んだ上で、どのような形で自社事業の中にFTA活用を位置づけるか、それによってどの程度の期間でどんな利益を得ることを目指すかを決めることが第一歩だ。さらに、FTAの活用は調達部門が「FTA網の存在とその活用可能性を前提として」最適な調達先を、販売部門が最適な販売先を検討し、事務部門が適切に貿易書類をそろえることができてこそ可能になるため、社内の各部門にも教育を行う必要がある。さらには取引先に書類の提出を依頼しなければならないケースも多々あるため、その場合には取引先への協力要請や教育が必要になる。教育や検討の度合いにもよるが、経営者、社内各部門、取引先までFTA対応の体制を整えることを考えると、数カ月~1年程度は準備期間が必要だろう。ちなみに、もっとも重要な書類である原産地証明書の発給自体は最速2週間で可能とされているが、それは予備調査と添付書類が全てそろっていた場合であり、通常は1カ月、初めて関税減免手続きに手をつけるような企業ではそれ以上の時間がかかるはずだ。
 また今後はFTAが増加して利用できる国が増えるだけでなく、既存のFTAの条約内で定められている措置が変化する(代表的なものでは、条約発効の数年後に関税が撤廃されるように取り決められている、関税撤廃品目を増やすための再交渉の予定が定められている、など)ことも多々あるため、FTA活用から最大の利益を得るためには定期的な情報のアップデートと事業計画のメンテナンスも重要になる。この事実を念頭に置いたとき、果たしてFTAへの対応をこれ以上後回しにできるだろうか。

終わりに
 日本は今、自由貿易の急激な拡大期の入り口に立っている。TPPは残念な結果になったが、締結間近とされる日欧FTA、東アジアの主要国を網羅するRCEP(日本以外に15カ国が参加)、日GCC(湾岸協力機構:中東の6カ国で構成)をはじめ、9件のFTA交渉が進んでおり、世界で100件(妥結済、未発効のものを含む)近いFTA交渉が行われていることからも、今後この潮流が加速していくことは目に見えている。日本が締結を控えているFTAは経済大国同士のFTAが中心であり、全てがすぐに妥結に至るものではないだろう。しかしながら29カ国が関与する日欧FTAも4年あまりで大筋合意に漕ぎ着けようとしている。意外とFTA交渉は短期で終了するのである。一方で企業の中でFTAを踏まえた事業方針を定め、勉強し、ステークホルダーの意識を合わせ、実際の活用に至るには政府間交渉に負けず劣らず時間がかかる。先を見据えて準備をするなら今はまさに始め時といえるだろう。

(※1)日本貿易振興機構(ジェトロ)、「世界と日本のFTA一覧」、2016年12月、https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/de4c8426d0f5ef97/20160097.pdf
(※2)日本貿易振興機構(ジェトロ)、『ジェトロ世界貿易投資報告 2016年版』45頁、2016年8月、https://www.jetro.go.jp/world/gtir/2016.html
(※3)日本貿易振興機構(ジェトロ)、「2016年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」、2016年12月、https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/6f26fd5b57ac7b26/20160103.pdf



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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