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【組織の未来】女性活躍のための単純な処方箋 ②

2016年06月17日 坂本謙太郎


組織図の変革はさまざまな効果を生み出す

 前回、わが国における女性活躍の阻害要因として、ワークスタイルの問題を指摘した。個々の社員の裁量が極端に小さく、時間の使い方を自由に決められない状況では、保育園が増設されたとしても、そこに子供を預けることは容易ではない。また、自分の時間の使われ方を会社に委ね、身を捧げた者でなければ高評価・昇進を期待できないという組織・社会では、女性活躍は期待できないことを説明した。一方で、それに対する単純明快な処方箋として、まずは組織図を改め、最小単位の「箱」に一人の名前と担当業務を明示することを提言した。

 このような眼に見える形の変化は、わが国の企業・組織に女性活躍のみならず、生産性やダイバーシティの向上など様々な好影響を及ぼす。今回はそのような影響に光を当ててみたい。

効果①:生産性の向上

 組織図の最小単位の「箱」に名前が一つだけしかないということは、個人の役割・責任が明確だということである。その結果、人事評価を、会社に捧げた時間(インプット)に拠ってではなく、担当業務の達成度(アウトプット)に拠って行うことが可能になる。頑張っているフリをしていれば評価された個々の社員は、厳しい成果主義に直面することになるが、一方でアウトプットさえ出せるなら、頑張る(あるいは頑張っている姿を見せる)必要はなくなる。労働者は求められるアウトプットを、最小のインプットで達成しようとするようになるため、生産効率は自ずと向上する。

効果②:組織のダイバーシティ向上

 効率改善によって生じた余剰時間をどう使うかも個人に任される。子育てに使うもよし、趣味やNGO活動に使うもよしである。中にはアウトプットの質的・量的拡大のために使う人もいるだろう。このように各人が自分の事情を踏まえ最適な働き方(インプットの仕方)を選べる状態になることで、ダイバーシティは増すだろう。当然これは少子高齢化や労働力不足問題に対してもポジティブな効果をもたらし、また、多様な視点での経営を可能にする。

効果③:高い責任感・専門性を持つ人材の育成

 また、新入社員の時から一つの「箱」を任せることは、早期に責任ある社会人を育てることにもつながる。海外では(欧米のみならず、アジアでも)、“総合職”の人間は、入社と同時に、組織図上の一つの「箱」の責任者となり、明確な責任と権限を持つ。入社と同時に“一般職”の部下を複数持つこともある。これに対して、日本企業の社員は明確な責任も権限もなく、わが身と時間を会社に捧げているに過ぎない。中高年と呼ばれる年齢になってなお、本来“一般職”に任せるべき業務に多くの時間を費やしている日本人は少なくない。日本の“総合職”が抱えている業務のかなりの部分が、海外では“一般職”の仕事だったりする。日本の企業人は係長・課長にならないと、海外の新入社員と同等の仕事が出来ないと揶揄されるが、「箱」の責任をもっていないという点ではこの指摘は正しい。組織図の刷新はこの問題も解決することになる。
 早くから“総合職”らしい経験を重ねることで、個々人の専門性が明確になり、スキル水準も向上するから、労働者にとってもメリットがある。専門性もスキルもないまま年齢を重ねた中高年が、転職時に「部長ができます」としか言えないなどということはなくなるだろう。

効果④:人材の流動性向上

 組織図の変更は人材の流動性という問題にも一石を投じるだろう。採用する人材の担当業務や求める技能・経験が明確であれば、中途採用に伴うリスクは企業にとっても、労働者にとっても低くなる。転職が容易に行われるようになれば、「子育て期間中は時間的負荷の少ない仕事を」とか、「子供の手がかからなくなったので復職」などということも可能になる。会社側も終身雇用で抱えてしまった人材を無理やり使いまわす必要がなく、各拠点で人材の“現地調達”をすれば済むようになる。その結果、単身赴任などという非人間的な事態は減り、男女ともより健全な家庭生活を維持しつつ、活躍できる社会が実現される。

 人材の流動性が高まるということは、ストレスや精神疾患の減少にも貢献する。職場のストレスの根幹には「終身雇用の線路から外れたら生きていけない」「なんとかここで踏ん張らないと」という心理がある。「いざとなれば簡単に逃げられる」「逃げても次の仕事は見つけられる」と思えるだけで、仕事に対するストレスは大幅に軽減されるだろう。

効果⑤:人件費上昇の抑制

 企業/雇用者がこうむる最大の恩恵は人件費の上昇が抑えられるということである。組織図の最小単位の「箱」に役割・責任が明示されていれば、その箱に“値段”をつけることが出来る。その「箱」に誰が入ろうとも“値段”は一定である(同一労働同一賃金)。社員がより多くの収入を得るには、スキルアップしてより重要な「箱」を獲得しなければならない。逆にそこに留まる限り収入は変わらない。スキル水準や業務内容と関係なく、勤続年数と共に人件費が高騰していく現在の日本のシステムと比較したメリットは明白である。

 組織図の変更は一見すると単純な改革だが、それによって日本企業が抱える労務問題や生産性、そして日本社会が抱える女性の地位、少子化など様々な問題に大きな好影響をもたらす。もちろん企業だけでなく、労働者も大きな恩恵を受ける。ぜひ産業界・労働組合そろってご検討をいただきたいと思う。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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