コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

“VUCAの時代”のビジョンデザインと未来年表

2018年09月14日 粟田恵吾


■長期ビジョン策定の今日的意味

 日立製作所が昨年「ビジョンデザイン(*1)」を発表した。
 日立のビジョンデザインは「日本政府が提唱するSociety5.0に向けて、将来の人々の生活に対して技術がどのように関係していくべきか考える活動」と定義され、そのために
・将来に向けた変化の『きざしを捉える』
・変化した『未来を描く』
という2つの活動を挙げ、前者は「新しいニーズを考えるきっかけ」にあり、後者は「求められる社会システムのあり方に関する議論をはじめる」ためにある、と明確に活動の意義を位置づけている。
 すなわち、ビジョンデザインの価値を、拙速に未来のソリューション(≒商品像)をアピールすることに求めず、社内外の多くの人々と「社会のあり方について対話するためのたたき台」と位置づけ、未来社会のあり方についての“継続的な対話”を社内外に呼びかけている。これは、周年事業の一環として取り組まれることが多かった長期ビジョン策定やブランディングとは意味や目的が異なる。すなわち、アウトプットとしてのビジョンワードや未来像(ビジュアル)以上に、ビジョン策定のプロセスやその後の対話に重点を置くことで、未来について思考停止状態にある現状に揺さぶりをかけようとする、変革へ向けてのプロアクティブな取り組みと考えられる。

■未来年表を“独自作成する”今日的意味

 類似した取り組みとして思い当たるのが、「未来洞察の教科書」(日本総合研究所未来デザインラボ著、KADOKAWA, 2016)でも事例として取り上げた、トヨタ自動車(未来プロジェクト室)の「未来年表」である(下図)。

図:未来年表


出所:日本総研作成


 この「未来年表」は2012年に作成されたが、「蓋然性の高い未来シナリオと不確実性の高い兆しシナリオの組み合わせで、2050年までの“社会変化シナリオ(≒機会領域)”を自社独自に洞察・表現し、それらを時系列に描いたもの」として、未来プロジェクト室を訪れる社内外の人に公開されている。ポストイットでホワイトボード上に作成したそのままのように提示し、“いつでも自由に更新・修正できる”ように演出することで未来についての対話を喚起している。事実、この未来年表をきっかけにして、社内の他部署や経営層、あるいは異業種の企業や自治体などとの対話の機会を増やすことに活用している。
 また、一度作成して終わりではなく、2016年においてこの未来年表を大幅に更新し(特に兆しシナリオ)編集し直している。同時に、公開している未来年表とは別に、自社事業・業界の未来イシュー(例:電動化、シェアリングエコノミーなど)が社会変化シナリオとどのように関係する可能性があるかについての“事業環境変化シナリオ”を新たに追加作成し(非公開)、経営層や他部門との対話など社内での活用機会を増やしていると聞く。
 
■VUCAの時代だからこそ、未来予測ではなく未来洞察

 両社の取り組みで共通しているのは、
 ①未来を自ら創造するという強い意思(受け売り/思考停止からの脱却)
 ②不確実な変化の兆しの内部化(無関係と切り捨てていた情報への感度向上)
 ③様々なステイクホルダーとの対話の為のたたき台の提示(創発性/参加性の重視)
 ④未来に関する継続的かつ組織的な洞察(属人的/イベント的な取り組みからの脱却)
という点である。
 これらの共通点は、世界的な潮流である“未来洞察(フォーサイト)の活用深化”の特徴と同じであり、かつて企業が市場拡大の時代においてマーケティングやブランディングという概念やケイパビリティを獲得したように、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧さ)の時代といわれる今日は未来洞察という概念やケイパビリティを獲得していく過程にあるとも考えられる。

■OODAループとPDCAサイクルの両輪経営

 また、未来年表の独自作成に取り組む企業においては、品質管理を重視したPDCAサイクルと機動性を重視したOODAループの両輪体制を企図し、特にOODAループのObserve(観察)とOrient(方向づけ)にあたる取り組みとして未来年表作成を位置づける企業が多い。これは「不確実な外部情報を内部化する」取り組みは、言葉で言うのは簡単だが意外と難しく、熟練が必要とされるからである。
 デザイン思考などで推奨される「観察」も同じだが、即物的に答えを求めたアドホックな観察・洞察は「型だけ真似る」のに近く、これらの取り組みから優れた示唆を見出すことは難しい。いっぽう、日常的な観察・洞察を継続的に行うことで、真の気づきを得て提言し、新規な価値を受け入れ評価できるようになる、つまり未知のものに対して「目が利く」状態を組織的に育むことができるようになることが期待される。


出所:日本総研作成


 ※OODAループとは、
 アメリカ空軍ジョン・ボイト大佐により提唱された判断の理論。PDCAサイクルの補完メソッドとして、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧さ)の時代において機動的な意思決定を可能にするものであり、特にObserve, Orientのプロセスは未来洞察から機会領域を発見するプロセスそのものと考えられる。


■不確実な未来への「構え方」の変化

 また、組織の規模を問わず、持続的かつオーガニックな成長を志向する組織(企業・自治体など)から自社版「未来年表」作成支援の依頼が近年増加していることの背景には、こうした未来洞察の活用深化があると推察される。このような「未来に対する構え」の変化を一言で言い表せば、下記のように言えるだろう。
 【これまで】線形変化を中心に、自社の未来の事業・商品像について、自社だけで見つけようとする、単発の取り組み
 【これから】非線形変化も含めて、社会の未来像と自社の機会領域について、他者との対話を通じて創り出そうとする、継続的な活動

 これまでの、線形的な中計策定の繰り返しや、DNAをベースとした言葉遊びに終わりがちなビジョン策定、あるいはカタチだけ真似たオープンイノベーションとは、「未来に対する構え」が大きく異なってきたことに希望が感じられる。

(*1): http://www.hitachi.co.jp/rd/portal/highlight/vision_design/index.html参照

以上



※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ