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「中国十三五高齢事業発展および養老体系建設計画」から見る今後の中国介護市場動向

2017年08月22日 厳華


 昨年中国政府が策定した国の全体計画である「十三五計画」に基づき、今年2月に高齢者の養老介護体系構築に焦点を当てた「中国十三五高齢事業発展および養老体系建設計画」(以降、「本計画」と記す)が公表された。
 本稿では本計画の要点を整理し、今後の中国介護市場整備および発展の動向を展望する。

■政策要点1  在宅介護が今後の養老体系の基盤に
在宅を基盤に、社区を拠り所に、施設を補完としながら、医療と養老がうまく連携する(医養結合)養老体系を構築する。(本計画抜粋)

 本計画によると、中国の60歳以上の人口は2020年に2.55億人に達し、全人口の17.8%を占めるとされている。膨大な高齢者人口を抱える一方、高齢者に対する社会保障制度が脆弱な状況において(※1)、比較的社会負担の少ない「在宅養老」が今後の養老の基盤として推奨されている。
 中国の伝統的な養老の思想では、子供がいるにもかかわらず親を養老施設に入れることは親不孝だと見られている。しかし、長期にわたり一人っ子政策を実施してきた中国では、夫婦2人で4人の高齢の親を扶養する必要があり、若い世代にとって高齢者の介護は大きな負担になりつつある。
 こういった社会構造から、自宅で第3者による介護サービスを利用できる在宅介護へのニーズは今後急速に顕在化するものと思われる。
 一方、在宅介護サービスの普及には、2つの大きな課題が存在する。1つは差別化できる介護サービスの確立である。「養老看護員」と呼ばれる介護員のサービスレベルは、一般的な日常生活の支援にとどまっており、伝統的に利用されてきた家政婦との違いがほとんどないのが実情である。もう1つの課題は、介護産業の発展を支える社会保障制度が確立されていないことである。介護を必要とする高齢者世代の年金収入が限られる上、公的な介護給付制度が脆弱な現状は、気軽に介護サービスを利用できる状況にあるとは言い難い。
 上記の課題解決に向け、昨年より公的介護保険制度の試行が開始し、在宅介護を養老の基盤とするための取り組みが一歩前進した。

■政策要点2 養老施設に関する「構造改革」 
政府運営の養老施設ベッド数は養老ベッド全体数量の50%以下へ。
要介護高齢者向けのベッド数は全体の30%以上へ。(本計画抜粋)

 従来の計画と本計画の違いは、整備すべき養老ベッド総数を目標に設定するのではなく、ベッドの「性質」と「機能」に対して目標を明確に設定したことにある。
 養老施設ベッドの「性質」について、「政府運営の養老施設ベッド数は全体数量の50%以下へ」と目標を設定し、社会資本の養老事業への参入を目指している。目標達成に向けては、「既設の公立養老施設の民営化」「新設養老施設における『公設民営』モデルの導入」が推奨されている。特に、養老施設の多拠点展開、フランチャイズ経営が推奨モデルとして位置づけられている。
 養老施設ベッドの「機能」について、「要介護高齢者向けのベッド数は全体の30%以上へ」と目標を設定し、養老施設における介護機能の強化を目指している。
 中国統計局の公表データによると、2014年度末時点で、養老施設ベッド数551.4万床に対し入居者数は288.7万人にとどまり、空きベッド率は47.6%であった(※2)。一方でかなりの数の「施設入居待ち」の要介護高齢者が存在する矛盾した状況が続いている。
 この状況を生み出す要因として「支払い能力が低く高価な民営養老施設に入居できる高齢者が限られていること」「養老施設における介護サービス機能の不足」の2点が挙げられる。中国老齢科学研究中心が公表した「中国養老機構発展研究報告」(2015)によると、介護やリハビリサービスを提供している民営養老施設はわずか10%にとどまる。
 介護サービス機能付き民営養老施設の整備が今後の重点的な発展方針である。

■政策要点3 「医養結合」(医療と養老を連携する)を国家戦略に
「医養結合」の構造を完備する。(中略)養老施設での医療サービスの展開を促進する。(本計画抜粋)

 中国では「医療」と「養老」はそれぞれ異なる政府部署によって管轄されている。近年、医療資源や保険資金が不足する中、高齢者向けの医療サービスの確保、医療資源の適切な使用といった面から、「医療」と「養老」との連携が重要な政策課題として取り上げられるようになった。
 本計画では、「医養結合」を推進していくため、既設、新設問わず養老施設での医療、介護機能の充実を推奨している。医療機関の機能補完として、養老施設にて回復期のリハビリ、療養期のケア、ターミナルケアに至るサービスをワンストップで提供する体制の確立を目指している。政府は、支援策の1つとして、医療機能を提供する養老施設を医療保険適用機関て(※3)として優先的に認定する方針を打ち出した。デイサービスやデイケア施設の中で、リハビリ設備・機器の整備等、特定の要件を満たす場合には治療用リハビリ設備・機器の利用を医療保険給付の適用対象とする方針も示された。人材面においても、資格を持つ医師、専門人員の養老施設での多拠点就業が推奨されている。
 以上の「医養結合」の推進により、養老施設での医療サービス、デイサービスやデイケア施設でのリハビリサービスの提供が求められ、新たなビジネス機会が生まれると想定される。

■政策要点4 支払い能力の増強①-商業養老保険(私的年金)の推進
基本養老保険制度を完備しながら、職業年金、企業年金および個人貯蓄型養老保険、商業保険といった多階層保険体系の構築。個人税金繰延型商業養老保険を試行。(本計画抜粋)

 中国統計局が実施した「2010年全国1%人口サンプリング調査」の結果によると、60歳以上の高齢者の養老資金の財源において、社会保障年金が占める割合はわずか28.5%である。それ以外の部分は家族による扶養、および貯蓄でカバーしないといけない状況である(図1)。
図1 高齢者養老資金の財源



(出所:中国統計局「2010年全国1%人口サンプリング調査」)


 商業養老保険(商業年金保険)については、2008年に公表した「国務院弁公庁として金融による経済発展促進に関する若干の意見」の中で、「個人、団体養老保険業務を積極的に発展し、商業保険に加入する被保険者に税金優遇を与える」といった商業養老保険の発展と税制優遇方針を初めて打ち出した。
 2016年度末に中国科学院が公表した「中国養老金発展報告2016」(以下、「報告2016」と記す)によると、基本養老保険て(※4)は年金積立金の82.67%を占め、給付の97.02%を占めている。企業年金、商業年金が年金に占める割合は極めて低い状況である。
 表1に示した中国国務院発展研究中心金融研究所の調査においても、都市型労働者退職者の年金収入に占める商業年金保険給付の割合はわずか2.85%である。

表1 都市型労働者退職者年金収入
項目基本養老保険企業年金商業年金合計
従業員退職者平均年金収入(元/月)2,20013.6652,278.6
年金総収入の割合96.55%0.60%2.85%100%
所得代替率42.56%0.26%1.26%44.08%
(出所:中国国務院発展研究中心金融研究所 朱俊生
「私的年金を発展し、多階層養老保険体系の構築を加速する」2017)


 高齢者の年金が基本養老保険に依存する状況において、「報告2016」によると、2015年度基本養老保険の給付額は4.7兆元であるのに対し、積立金の累計額は3.5兆元で、約1.2兆元の不足が発生している。老後生活の保障を強化するためには、企業年金や商業養老保険等の私的年金保険を発展、充実させることの緊急性は極めて高い。

 しかし、商業養老保険の発展にはいくつかの課題が存在している。1つは、保険会社の提供する保険商品の少なさである。多くの民間保険は重大疾病保険や入院費保障型/定額給付型の健康保険に集中している。商業保険への認知度も低く、保険を「保障より消費」と捉える向きが多い。加えて、商業養老保険会社の専門性の不足も挙げられる。
 
 本年6月の国務院の第177回常務会議で、「商業養老保険の促進に関する意見」(以下、「意見」と記す)が議決され、「2020年までに、多形態製品、比較的広い領域にわたるサービス提供、および、専門性と適切な利益を確保ができる健全経営の商業養老保険体系を構築する」方針が改めて定められた。企業向けの企業年金製品の開発を重点的に促進しながら、個人の商業保険購買意欲を高めるため、「個人税金繰延型商業養老保険」て(※5)の試行も2017年中に実施することが正式に公表された。
  
■政策要点5 支払い能力の増強②-長期介護保険制度の構築
長期介護保険制度の確立を模索する。(中略)商業保険会社が長期介護保険製品とサービスを開発し、高齢者の多様な、多階層の介護ニーズを満たしていく。(本計画抜粋)

 政府は、商業年金の推進と共に、要介護高齢者を持つ家族の負担を軽減するため、公的介護保険制度の構築も重点施策として実施していく方針を示した。
 2016年7月に、中国人力資源・社会保障部は「長期介護保険制度試行展開の指導意見」(以下、「指導意見」と記す)を公表し、高齢化対策の1つとして公的介護保険制度を構築する旨を発表した。この「指導意見」によると、上海、広州、成都等の15都市で介護保険制度を試行し、試行結果を基に2020年までに中国全土で介護保険制度の骨子を確立するスケジュールである。
 試行都市の1つである上海市では、介護保険の給付対象を、都市型労働者基本医療保険に加入する70歳以上の「要介護」と評価された高齢者に限定している。表2に上海市で試行中の介護サービスの概要を示す。

表2 上海長期介護保険試行内容
介護対象分類(※6)サービス費用
軽度もしくは要介護2級在宅介護 3時間/週養老介護員:65元/時間/回
看護師:80元/時間/回
※規定内サービスの自己負担は1割
中度もしくは要介護3,4級在宅介護 5時間/週
重度もしくは要介護5,6級在宅介護 7時間/週

(出所:「上海市長期介護保険試行弁法」(2016)、「高齢者介護需要評価体系構築に関する意見の通知」(2016)、「上海市長期介護保険試行実施細則(試行)の通知」(2016)、「上海市長期介護保険決算方法(試行)」(2016)より日本総研にて整理)

 
 上海市以外の介護保険制度を試行している都市の多くは、財源は基本的に「都市型労働者基本医療保険」から捻出している。そのため、給付対象者は当該保険に加入している高齢者に限定される。2015年時点で当該医療保険の全国加入者数は約2.89億人で、全人口のわずか2割弱であるて(※7)。さらに、公的基本医療保険の収支も悪化している。中国人力資源・社会保障部が公表したデータによると、2011年から基本医療保険の支出増加率が収入増加率を上回った。近年の薬価改定や医療流通改革により2015年て(※8)の収支は改善されたものの、給付対象と保障範囲の拡大により基本医療保険は依然として厳しい状況にある。
 基本医療保険を介護給付の財源とする制度設計は試行段階の暫定策であるものの、公的保険としての財源確保、要介護者の適切な評価、介護サービスの標準化等、介護保険制度を確立するには多くの課題を抱えている。


■終わりに 課題と機会が共存する中国介護市場に果敢な挑戦を
 高齢化が急速に進んでいる中国では、「在宅養老」・「医養結合」・「商業医療保険」・「介護保険」の推進が介護市場の着実な発展を促すものの、市場が急速に成長するにはもう少し時間が必要だと見られている。このような状況で「いつ参入すべきなのか」という問いは全ての企業に共通する問題認識である。
 未成熟市場であるからこそ、経験とノウハウが必要とされる上、参入障壁が比較的に低い時期でもある。この機をとらえ、すでに蓄積した経験、ノウハウを生かしながら、中国のターゲット消費者に向けた製品・サービスを作り込んでいく絶好のチャンスでもある。

(※1)厳華 2016年「中国の介護ビジネスには「春」が来るのか」
(※2)2015年以降国家統計局が公表した統計データでは入居高齢者数が記載されず、空きベッド率の推計ができない。
(※3)中国では医療機関が公的医療保険による給付を受けるためには事前の認定が必要。基本的には非営利性病院は、医療資源配分計画に沿っており、提供可能な診療項目の中での保険適用医療項目の比率が一定の割合を超えるといった認定条件を設定されている。民営病院は営利性病院として登録されることが多く、公的医療保険を使えないことが多い。
(※4)基本養老保険:中国の公的年金の1つで、企業就労者が強制的に加入する年金保険である。
(※5)個人の商業年金保険の加入を促進するため、保険加入期間中、課税所得から保険金を控除し、保険から給付を受ける際に所得税を支払う税金優遇政策である。
(※6)上海市独自で「高齢者介護基準」を策定している。日常生活の自立能力、認知能力、情緒行為、および視覚といった4つ観点から要介護のレベルを評価する。
(※7)都市従業員型基本医療保険:企業に勤めている会社員が強制的に参加する公的医療保険である。「都市型従業員基本医療保険」以外、都市部非就業者が参加する「都市型住民基本医療保険(2015年加入者3.8億人)、農村戸籍の住民が参加する「新型農村合作医療保険」(2015年加入者6.7億人)といった公的医療保険がある。(加入者数は中国国家衛生和計画生育委員会統計資料より)
(※8)2016年度のデータはまだ公表されていない。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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