(2007/04/24) ■■■「ケータイ新規参入者を“伝説の騎士”とするために」 【情報通信産業】 |
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今春(2007年3月末)、イー・モバイルが、13年ぶりに携帯電話市場の新規参入した。向かう強敵(巨人)に対して、驚くなかれその回線卸売り価格として3分15円といった破壊的な料率(通常の1/3~1/8倍)を要求。その巨人からは、「自分はこの国(市場)を支配する事業者ではなく、法的根拠もないため応じられぬ」と突っぱねられた。かくして新参者は、見果てぬ夢を追い続けたドン・キホーテとなってしまうのか。
◆イー・モバイルの千本会長はドン・キホーテか?
ドン・キホーテとは、激安の殿堂ドンキ王国のことではない。スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスによる小説名のことだ。17世紀の初頭、ヨーロッパで流行していた騎士道物語を読み過ぎて妄想に陥った下級貴族の主人公が、自らを伝説の騎士と思い込み、「ドン(上位の貴族名)・キホーテ(当人の名前)・デ・ラマンチャ(出身地名)」と名乗り、従者(サンチョ・パンサ)を引きつれ、痩せこけた馬(ロシナンテ)にまたがり、遍歴の旅に出かける物語である。読書にはこの物語をもとにしたミュージカル作品「ラマンチャの男」のほうが、馴染みがあるかも知れない。
巷で報じられる雑誌記事などには、ケータイ市場への新規参入者をドン・キホーテ扱いにする風潮があるようだ。無闇に配慮する必要はもちろんないが、意欲と能力を持ち合わせた事業者が新規参入を果たし、最近飽和感が高まった携帯電話市場に変化・変革をもたらすことにつながるのであれば、それを期待したい。それには、国ないし規制当局はマクロ環境を整備しつつ、市場に競争を導入すること、そしてその土俵の上で事業者間が切磋琢磨することが求められる。結局これが、わが国の携帯電話産業の国際競争力をも強化し、同時に利活用への利便を高めることになろう。
◆13年ぶりのケータイ市場への参入は「二度目の旅」
私はイー・モバイルの千本会長を巷の記事のように、文字通りのドン・キホーテ扱いするつもりはないが、その小説の示唆するところは、現在の携帯電話市場にもつながることだと感じる。しばらくその物語を追ってみよう。
ドン・キホーテは、遍歴の旅にも路銀や従士が必要だという宿屋の亭主の忠告に従い、彼は路銀をそろえ、甲冑の手直しをして二度目の旅に出た。さしずめ、「路銀」とは、3,600億円の手持ち資金といえよう。米ゴールドマン・サックス、シンガポールの政府系投資会社テマセク、あるいは吉本興業やTBSなどから得た軍資金である。また、「従士」とは、ADSLブロードバンド事業から今般の携帯電話(モバイル)事業に参入するための人材だ。
「痩せこけた馬」は東名阪を中心に整備中の携帯電話網、「甲冑」は既設のADSL資産であり、最新鋭のケータイ端末EM・ONE(エムワン)とでも言っておこう。こうした準備を整え、「二度目の旅」すなわち今般のケータイ市場への参入を果たしたのだ。
◆ダビデの「小石」と・・・
物語はさらに続く。やがてドン・キホーテと彼の従士サンチョは、数十の風車に出くわした。それが巨人だと思いこんだドン・キホーテは全速力で突撃し、吹き飛ばされて野原に転がった。サンチョの再三の現実的な指摘にも耳を傾けない。ドン・キホーテは魔法使いが自分を妬んで、巨人退治の手柄を奪うため巨人を風車に変えてしまったのだと言い張り、なおも旅を続ける、といった具合だ。
巨大な風車に立ち向かう様は、ボーダフォン日本法人を買収し、いまも巨人を本気で倒そうとしているソフトバンクモバイルの孫社長とも重なる。ある面、千本会長も同様だろう。「魔法使い」は規制当局とも読めなくもない。もし、新規参入者が本物の「ドン・キホーテ」とあらば、この物語をとりあげることの真意ではない。“伝説の騎士”の物語をつくって欲しいものだ。
ただし、この新たな物語は、普通のことをやって決してできるものではない。自らの「矛」と「盾」を強力なものとする必要がある。どんな盾も貫く矛を持ち、一方でいかなる矛からの攻撃も防ぐ盾が必要だ。加えて、ケイパビリティ(組織対応能力)を高めることで強固な騎士団(軍団)を整えることが不可欠になる。
だが、たいがい新規参入者には、鋭利な矛は揃っていても、盾は意外に貧弱であることが多い。意欲と能力のある人材を揃え、士気の高い組織(軍団)をつくることも可能だろう。例えば、古代イスラエル王国の礎を築いたダビデ王のごとくだ。ダビデは投石袋から小石を取り出し、ペリシテ人の巨人戦士ゴリアテめがけ石投げ紐で石を飛ばした。小石は巨人ゴリアテの額にのめりこみ、ゴリアテは倒れた。この場合「小石」が矛(攻めの武器)である。その後のイスラエルは、強固な王国となった。
◆イー・モバイルのEM・ONEは、現代版の「小石=矛」となるか?
端末EM・ONE(エムワン)は、新規需要を呼び込めそうな強力な「小石=矛」になる可能性がある。具体的にはこうだ。
米クアルコム(通信系半導体大手)の「チップセット」は、グローバル展開見込んだ1.7MHz帯向けへの布石になる可能性がある。また、米マイクロソフトの「Windows Mobile」も、やはりグローバル展開を見込み、将来のスケールメリットを見込んだものになるかも知れない。第3世代携帯電話の技術をベースにした3.6Mbpsのパケット高速通信を実現する「HSDPA」(High Speed Downlink Packet Access)仕様は、ソフトバンクの台湾HTC製端末やウィルコムの対抗軸になるものだ。
シャープの「ワイドVGA」液晶画面は、持ち運び可能な新たな“PCコンセプト”を普及させるかも知れない。そして、ディスプレイに映し出されるヤッパ社の「3Dブラウザー」は、今後の消費の鍵を握る生産消費者(プロシューマー)の需要を喚起することに寄与するかも知れない。
◆販売奨励金で形成された閉じた生態系に新たな成長をもたらせるか?
このように「矛」はかなり研ぎ澄まされているように見える。新規端末を構成する技術・部品においては、グローバルスタンダードが強く意識されている。グローバルで通用するものとなれば、規模の経済性が働き、これら部品・部材をさらなる低コストで自社に有利な条件で調達できる可能性がある。イー・モバイルがいきなり海外展開することは非現実的であるが、国内市場に投入する端末の販売価格を、販売奨励金モデルを用いずに、下げる効果があろう。
携帯電話通信料金の約四分の一も占める販売奨励金は、国内の携帯電話会社がメーカーから端末を安定的に買い上げるため、端末メーカーにはそれが甘い蜜となり、わが国の国際競争力を殺いだ結果となってしまった。携帯電話端末の分野では、フィンランドのノキアや米モトローラや韓国のサムスンなど海外4社だけで4分の3を占めており、日本の携帯メーカー11社をすべて合計しても1割程度の実態にある。携帯電話の電子部品(その数は500~700個で約6割を日本が世界に供給)では競争力があっても、端末では大きく出遅れている。
さらには、端末価格が携帯電話のサービス料金の中で回収されるため、サービス料金が高止まりする状況にもつながっている。携帯電話会社を頂点とし、そこに従うかのような端末メーカーと販売代理店などの製造・流通機能が“垂直統合”(パターンA)された、精緻な生態系ができあがっている。この生態系はあまりにも完成されているため新規参入は難しく、また参入できたとしても、この進化の流れに自らを適応させ生きながらえることはさらに難しい。こうして携帯電話市場の発展の妨げにもなっている。
◆脆弱な「盾」では、進化の階段は上れない
さて、「盾」とはイー・モバイルの場合、さしずめ「ネットワークインフラ」のことになるだろうか。もちろん、ネットワーク網は、攻めのための「矛」の要素もある。「盾」がしっかりしていることで、サービス料金を確保し自力をつけていくことで、新たな「矛」を研ぐこともできるものだ。具体的な「盾」とは、例えば次のような基地局などのネットワーク基盤を指す。これが脆弱だと巨人につけ込まれ勝算は遠のく。
イー・モバイルでは「基地局」は、中国の華為技術製とスウェーデンのエリクソン製のものが用いられ、低コスト化が実現されているようだ。運用コスト(Opex)は部分的に10分の1程度になると見込まれる。しかし、初期段階で発生する設備投資コスト(Capex)要素である、鉄塔工事等を自前で用意するとなれば、グローバルスタンダードはここでは効かない。Capexの低コスト化はさほど期待できないのではないか。
ソフトバンクモバイルでは、ネットワ―ク関係の投資だけで数千億円をかけて行っているようだが、イー・モバイルが手にしたずべての「路銀」(3,600億円)をかけてもとても足りない。もちろん、いきなり全国展開をする必要はなく、当面の営業エリアを東名阪に限れば、一定の新規データ通信需要は満たせよう。しかし、音声サービスを2010年に全国展開することは、自前の設備だけではとても厳しい。ましてや現行の設備キャパシティから推定して、データ通信サービスとは異なり、音声サービスを定額で行うのは至難の業だろう。
持たざる者は巨人と「ローミング」契約を結ぶことで、全国網の擬似的整備をはかっている。ローミングとは、ユーザーが契約している通信事業者のサービスを、その事業者のサービス範囲外でも、提携している他の事業者の設備を利用して受けられるようにすることだ。持たざる者にとって、たとえ巨人の手の平に乗ったとしても、事業を拡大していけるかどうかが死活問題となっているのだ。
◆“ドン・キホーテ”か“伝説の騎士”か?
このような状況下にあるため、巨人に立ち向かおうとする千本会長がドン・キホーテに映るのだろう。冒頭のとおり、巨人は法的根拠がないことを理由に、「卸売り価格のタリフ(料率)化」を突っぱねている。わが国の場合、国民の財産でもある希少資源の電波は免許制度のもと配分されている。したがって、電波資源を最大限有効活用(市場の発展、国際競争力の強化、そして国民への利便向上)できるとすれば、根拠がない訳ではないだろう。しっかりとした根拠が見出されるのであれば、法制度はそれに合わせて改変すればよい。
また、規制当局の競争促進政策の目玉となっている、仮想移動体通信事業者「MVNO」(Mobile Virtual Network Operator)が手がける事業・サービス促進問題がいま話題になっている。イー・モバイルの親会社であるイー・アクセスは、自社のADSL網をNiftyやソネットエンタテイメントらへ貸し出す(卸売りする)件で交渉中のようだ。どの巨人も、前述のパターンAに加え、端末、インフラ、課金プラットホームおよびサービス(コンテンツ)を“垂直統合” (パターンB)するビジネスモデルをとっているのに対し、イー・モバイルは“水平分業”を目指しているようだ。イー・アクセスやイー・モバイルの携帯電話市場への参入で、MVNO市場が開拓されれば、ISPを筆頭に多くの企業がモバイルビジネスに参入しやすくなる。そうなれば新たな競争も促進され、さまざまなイノベーションが生み出されることだろう。
イー・アクセスとイー・モバイルのネットワーク基盤(盾)および端末(矛)を巡る動きは、一企業の問題では留まらぬ重要な問題を孕んでいると言えよう。だから、一見“ドン・キホーテ”に見えるケータイ新規参入者が、今後“伝説の騎士”となれるかどうか、その動静が注目されるのだ。 |
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(2006/12/25) ■■■「2007年の情報通信産業の見通しと国際競争力」 【情報通信産業】 |
| (注)JRI日本総研の社内広報誌『知新@WEB』(2007年1月4日発刊)向けに脱稿したものを、一部修正しています。 |
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情報通信産業の将来を予想してみましょう。しかし、市場や産業の予想をすることは今後ますます難しくなってきました。それは産業構造が変化しているからに他なりません。
◆新たな価値を生み出す強力な牽引産業を育てる
安倍政権は「上げ潮政策」を経済政策の看板に掲げました。小泉政権が「構造改革なくして成長なし」としていたスローガンを、「経済成長なくして財政再建なし」とするものです。確かに世界経済は、最近3年続けて4%以上の高度成長を続けており、しばらくその勢いは衰えないだろうとの見方があります。しかし、「失われた15年」で、韓国、台湾、中国、インドといった後発の国々は、製造業やソフトウェア分野などにおいて、日本を追い越そうとさえする動きになってきました。今後わが国に求められることは、新たな価値を生み出す強力な牽引産業を見出すこと、あるいは育てることだと思います。
「上げ潮政策」の重要な要素に、TFP(全要素生産性)向上があります。情報通信産業が日本経済のGDP成長に対し貢献してきた割合は近年大変高いものがあります。技術進歩、IT普及度合い、イノベーションなどが、そのTFP向上となって現れているのでしょう。私がリーダーを務めたプロジェクトでは、e-Japan戦略実施最終年(2006年)3月の総括として、TFPに注目すべきことを内閣官房IT担当室向けの報告書に盛り込みました。
◆このままでは「ICT国際競争力懇談会」も期待外れ
菅総務大臣の肝いりで2006年10月に始まった「ICT国際競争力懇談会」は、①次世代IPネットワーク、②ワイヤレス、③デジタル放送、④新ビジネス・基本戦略の分科会で構成されているようです。同①の次世代IPネットワークを整備することで、このインフラ上に様々なコンテンツを行き交わせることができます。新たなインフラは、次代の牽引産業の温床(soilまたは haven)となるものです。
ちょうどわが国では1960~70年代頃にかけ、道路や橋、鉄道、重化学工業部門の設備など社会資本を整備し経済発展を促したように、将来の経済発展には情報通信基盤が鍵を握ることになるでしょう。ある技術が商品化され産業を形成するようになるまでには、20年近くの歳月がかかることも少なくありません。従って、数年程度のスコープで新たな技術の可能性を見極めることは難しいものです。
同分科会で果たして、強力な牽引産業を生み出せるような結論を2007年3月までに出せるのか、期待が高まるところです。ただ、情報通信の枠のみで将来の見通しを立て、同様にその枠組みのみで国際競争力を強化しようとする限りでは、これまでの国のプロジェクトの多くが失敗したように、ICT(≒情報通信)産業の将来も悲観せざるを得ません。
◆「ICT国際競争力」強化にも王道はない
私は「ICT国際競争力」強化には、主に次のようなことが重要ではないかと考えています。
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① |
情報通信産業の将来は、ますます不確実な状況に入った。見通しが明瞭である場合、関係技術やその他経営資源を総動員でき、その相互依存関係のマネジメントに一日の長がある既存事業者が競争優位であり、その事業スタイルは「統合型(摺り合わせ型)」が向く。また、国はその状況下で産官学連携を先導する意味がある。
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② |
しかし見通しが不明瞭な場合、国が表に出ず市場の競争に委ねた方が産業発展の効率を高められる。無闇に垂直統合モデルを模索するのではなく、ベンチャー企業を一層活性化させ市場の「水平分業(モジュール型)」を促すことが大事。ただこの際、国際競争力の強化の観点から、事業者の「規模の経済性」追求が求められる。従って、新旧間の事業統合を含めた「水平統合型」の仕掛けが重要になる。水平統合を通じ、「範囲の経済性」(製品・サービスのラインナップ拡充に関するもの)と「連結の経済性」(異なる経営システムの連携・統合に伴う取引コストに関するもの)の2つを追求できるようになれば、国際競争力はさらに高まる。
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③ |
一方、経済性の追求はあくまで効率化の軸上の話。将来はこれら要素に加え「方向性」が国の命運を分けることになる。方向感覚を身に付けるには、国際競争を避けるのではなく、厳しい現実に目を向ける(修羅場を経験する)ことだ。失敗を怖れず初期段階でむしろ失敗をしてしまって、その経験から学習するような仕方を国も考えるべき。その経験こそが、私たちの構想力や先見力を養うことになる。現下の日本に欠如しているのは、単にハイエンドの持続的成長を目指すのではなく、新たな方向感覚を研ぎ澄ませ「破壊的イノベーション」を生起させることではないだろうか。詳しくは、拙稿「エマージング市場の"非消費層"を狙え!」をご参照下さい。 |
◆予測するよりも、将来の方向性を構想しそれに備える
2007年の情報通信産業の具体的な見通しとして、例えば、携帯電話市場にソフトバンクが本格的事業展開をすることで旧来の寡占市場に風穴を空けるだろうとか、「破壊」をもたらすYouTube型のビジネスなどについては、企画内容や戦略が貧弱であったライブドアや楽天のようなベンチャーからではなく、レガシーなテレビ放送局が検討せざるを得なくなるだろうとか、いくつか興味深いことが予測されます。
しかし、2007年の先(将来)を予測するといったアナリストが担うことよりも、その方向性を構想し、それを実現するための算段を講ずることに寄与することが、私たちには求められているのではないかと考えています。そうなれば、わが国のICT産業の国際競争力も、自ずとついてくることになるのではないでしょうか。 |
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(2006/12/14) ■■■「IT PLUS」専門家アンケート「2007年を見通す」 【情報通信産業】 |
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■Q1)個人の視点で選ぶ「今年のIT10大ニュース」を以下からお選びください。
①通信・放送の融合議論高まる・「竹中懇談会」が報告書 ②ソフトバンク、ボーダフォン日本法人買収・新ブランドで携帯参入 ③ライブドアショック――時代の寵児・堀江社長を逮捕
⑦「グーグル脅威論」高まる・国産検索エンジンプロジェクト始動 ⑧グーグルがユーチューブ買収・動画投稿サイトがブレーク ⑤コニカミノルタ、カメラ事業から撤退・ソニーに売却 ⑥家庭向けビスタ発売を07年1月に延期 ⑩ワンセグ放送開始・携帯やパソコンなど対応機器が登場 ⑨通信各社「NGN」に本腰・フィールドトライヤルがスタート ④番号ポータビリティー制度開始・ソフトバンク「\0」問題で混乱
●1-3位を選んだ理由:
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①⇒ |
「通信と放送の融合問題」は、わが国の情報通信産業の屋台骨に関するもの。竹中懇での議論内容は道半ばであったが、2010年に再検討することで将来の道を残した。同内容には稚拙なところがあるが、問題を正面から捉えた意義は大きかった。
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②⇒ |
ソフトバンクのボーダフォン買収は、寡占市場に風穴を空けることとなった。発想や適用手法などの点で、旧来2社(ドコモ、KDDI)とは大きく異なる参入者には毀誉褒貶が激しい。しかし、成熟期を迎えた携帯電話市場に待望されることは変化・変革だ。これには期待できそうだ。加えて、買収金額は過去最大、かつLBO(Leveraged Buy-out)や証券化という手法は、今後の大型買収の手本となるもの。この買収を契機にM&A市場が活性化するだろう。 |
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③⇒ |
堀江氏の無邪気さに問題が無いとは言えないものの、他の経済的・社会的事件に比し、経済的な被害額、問題の本質面における軽微さを考えると、「ライブドアショック」は検察と東証によるマクロ経済を無視した暴挙ともいえる事件であった。わが国経済史において将来に禍根を残すと同時に、わが国の資本市場を巡る問題の未熟さを海外に知らしめるようなお粗末な処理の仕方となった。 |
■Q2)2007年に注目するサービス・人物・会社は何ですか?1つだけお書きください。
●注目するサービス・人物・会社: ソフトバンクの孫正義社長
●選んだ理由:
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前述のとおり、毀誉褒貶が激しい人物。しかしながら、現下の日本に求められるのは、従来とは異なる着想による変化・変革・破壊である。ブロードバンド、ワイヤレス、ユビキタスが2007年のキーワードになることを思慮すると、どれにも最も革新的な視点やアプローチを期待できそうだ。しかしながら、個々の技術やビジネスノウハウ間に相互依存性が高い時代・状況下では、それらを縦横無尽に駆使できる、旧来事業者の統合型マネジメントが競争優位となるため予断は許さない。
加えて、ソフトバンクが「大人」になることは、持ち前の「意欲」と、最大の持ち味である革新性や野心的な思考様式(mind set)という「能力」を殺ぐことにもなる。時代を切り開くには、この意欲と能力の両面が求められる。大人へ脱皮することと、大人になる前の状態に備わっていた持ち味の二律背反(ジレンマ)に対し、どう立ち向かっていけるかがポイントとなろう。
反面教師の意味でもよい。安部政権(特に菅大臣)における情報通信政策においても、このグループ会社の動きを注視すべきだ。やや持ち上げ過ぎかも知れないが、このタイプの企業をわが国に次々と生み出すことが、ひいては国際競争力強化にもつながることになるだろう。時代を切り開くのは決してレガシー企業ではない。 |
■Q3)年末年始にお勧めの本を1つだけお書きください。
●お勧めの本: トム・ケリー著『発想する会社!(The Art of Innovation)』、出版社(早川書房)
●理由:
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今の日本や情報通信産業に求められていることは、Web技術やグーグルによる広告関連技術などの個々の技術問題ではない。個々の技術を統合して繰り出すビジネス、およびそのマネジメント手法である。そしてイノベーションがポイントだ。ただし、今後のイノベーションはハイエンド市場のみならず、まだ消費を経験していない「非消費」市場でのイノベーションの動きも考慮すべきだ。
副題が「世界最高のデザイン・ファームに学ぶイノベーションの技法」となっているこの著書には、米IDEO社が実戦で試み成果を出してきた、そのイノベーションのエッセンスが示されている。著者の兄はIDEO社の創始者であり、創業チームはほぼ全員、米スタンフォード大学の出身者。活気あるチーム(Hot team)のつくり方、顧客の目を通して学ぶこと、ブレインストーミングかた迅速なプロトタイプ製作までを示している。私の仕事(経営コンサルティング)の現場でも大いに参考になる良著である。
こうした現場(ミクロ)でのイノベーションが着実に進むことで、安倍政権が標榜する経済成長水準(名目GDP成長率4%)の実現も視野に入ることだろう。 |
■Q4)今年はまったモノ・サービス・サイトを1つだけ教えてください。
●今年はまったもの:
●理由:
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YouTubeやMy Space、ヤフー動画(チャングム)での動画の中には、確かにはまったものも多い。例えば、TV地上波の再送信をしないため、見逃した過去の映像コンテンツをこの新たな媒体で見ることもしばしば。著作権問題が横たわっているものの、確実に需要がある。迫力のある、またはリアルな映像はキラーコンテンツとなった。著作権者も、このこと(大きなビジネスの潜在性)にもはや気づいている。マイクロペイメントの仕組みが整備されると、著作隣接権者(TV局など)の中抜きが進むだろう。
しかし私にとって、この種のコンテンツはスポットで観るものだ。1日の大半を机に向かう仕事人間としては、最も有用なものは映像そのものではなく「音楽」だ。MADREDEUSの奏でる音楽は、仕事中のよき伴侶のようなものだ。哀愁たっぷりの大人の雰囲気。映像(絵)とともに伝わる、今の日本では殆ど感じられない、かつての栄光も影を潜めたヨーロッパ辺境国から発せられる鄙びた情感。ユーザーのブロードバンド通信環境を前提にした、Web画面づくりはセンス抜群。 | |
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(2006/12/11) ■■■「貧困をもたらす真因とその解決策は何か」 【社会・政治、企業マネジメント】 |
| (注)この原稿は、日本総合研究所研究事業本部のコラム「経営よもやま話」(2006年12月のプレミアムメール)に若干手を加えたものである。 |
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今朝(2006年12月11日)、新聞をグーグルでチェックしたら、ノーベル平和賞のユヌス氏「貧困は平和への脅威」 と題する記事が眼に留まった。そうか、今年もこの季節がやってきた。12月10日ノルウェーのオスロ市庁舎にて、バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏(66歳)がノーベル平和賞を授賞した。同氏の功績は、マイクロクレジット(無担保小口融資)と呼ばれる手法で貧困救済に努めたことだ。
ノーベル平和賞のユヌス氏の米国批判(“貧困との戦い”から“テロとの戦い”に)
ユヌス氏は演説で「貧困は平和への脅威」と強調。米国の中枢機能への同時テロとイラク戦争に触れ、「世界は貧困削減というグローバルな夢の追求から脱線し、“貧困との戦い”から“テロとの戦い”に注意を向けるようになった」と指摘した上で、特にイラクでの「戦い」に多額の出費を重ねる米国の取り組みを批判したようだ。
私は、素直に「貧困が平和への脅威」であることに同感だ。貧困がテロの温床になっていることもあるだろう。一方で、イスラム世界は、教祖モハメッドが確立した普遍主義的な教義によって、当時の部族の枠を超えた帝国を実現し、他の民族を征服してきた。それはイスラムが宗教であると同時に法であり、その結束の強さが軍事的にきわだっていたからだ。今もイスラムの本質は綿々と継承されている。
さすがに、統合された正規国軍としての戦いが、現下の米国およびその軍事同盟に向けられることはない。しかし、その代わりアメーバのごとき細胞としてのテロ組織が暗躍するようになった。イスラム国家はこれを否定するが、イスラム共同体のために命をかけて戦えるかどうかという精神が、現在のテロ行為の背景にあるとみなされる傾向がある。言い換えると、“テロとの戦い”の問題は、貧困だけの問題ではないはずだ。
NHKの番組「ワーキングプアⅡ 努力すれば抜け出せますか」
昨晩のNHKの番組について。「ワーキングプアⅡ 努力すれば抜け出せますか」には、大いに考えさせられた。生活保護水準以下の暮らししかできない“働く貧困層”の厳しい現実。経済的に世界有数の豊かさを誇る日本で、このような貧しい人々がいることに改めて認識した。海外との激しい価格競争の渦に巻き込まれ、廃業に追い込まれる企業が続出し、地域全体が地盤沈下するところも出ている。再チャレンジしようにも、衰退した地域の中では、なかなか新しい仕事を見つけることはできない。私も地方出張などで、かつての繁華街の商店の多くでシャッターが降りているのをよく眼にするようになった。確かに、厳しい現実だ。
さて気になるのは、この番組のアナウンサー氏が、最後に次のような総括をしていたことだ。「このような貧困を、競争社会の行き過ぎが助長していくのではないか」と。記憶不鮮明ゆえこの表現はやや不正確であるかも知れない。
ビジネスが貧困を撲滅している
誤解を恐れず敢えて私が主張したい点は、この2つのケース(バングラディッシュ、日本)において、競争社会がむしろ貧困を解消するということだ。バングラディッシュのユヌス氏は、グラミン銀行の総裁でもあり、同銀行グループのグラミンテレコムなどで、しっかりと商売もしている。そして、マイクロクレジットと組み合わせた携帯電話ビジネスが、いま同国の貧しい農村部で大きな拡がりを見せている。ある専門家によれば、そのビジネスの可能性は同国だけでも1兆円ほどの規模にも上るようだ。詳しくは、拙稿「エマージング市場の"非消費層"を狙え!」をご覧頂きたい。このビジネスの拡がり(ある種の競争)が、貧困を撲滅している。
競争力が脆弱になれば普通の人々も「ワーキングプア」へ
翻ってわが国においても、競争が依然、国富の源泉であることを肝に銘ずべきだ。富がそう簡単に手に入るはずはない。特に、堺屋太一氏やトフラー夫妻が呼ぶ「知識経済社会」になってくればなおさらだ。これからの資源は、知識に関するものであり、それはやはり競争により獲得されるものでもある。ただ、競争の仕方や仕組みは変わってきた。結局、貧困解消は教育の問題に根ざしている。競争が貧困を助長しているというのは完全なる誤解だ。競争力がこれ以上脆弱になれば、「失われた15年」で私たちが直面した厳しく、かつ惨めな状態にさらに拍車がかかるだろう。そして、今の「ワーキングプア」はさらに生活が悪化し、今の普通の生活をしている人々が、やがて「ワーキングプア」に陥ることになるだろう。
政府の役割と企業のCSR
一方で、富の社会的な配分のまずさが貧困をもたらしていることは事実だ。そして、この配分の問題は政府の役割に関するものである。一般会計とは別の「巨大なブラックホール」と化している特殊法人等に関する特殊会計に手をいれるべきなど、手を付けるべき問題は山積みである。国は人間としての尊厳が保たれる水準を、わが国民にコミット(≒約束、宣言)することが必要だ。もちろん企業も協力する。CSR(企業の社会的責任)の根本問題を直視せねばなるまい。貧困層を活用して、一定レベルの生活水準をクリアできるような方策に知恵を絞ろう。米国のHP社などはインドでそれを実施している。
自分より偉大な何かに属しているという感覚
真のグローバル企業となるためにも、まずは足元の問題に眼を向けねばならない。政府も企業も何のために活動するのか、存在するのか。これを改めて問うことが求められている。それは、ある種のエートス(精神、規範)だ。マックス・ウェーバーの時代では「神への栄光のため」、そして今のわが国の場合には「自分より偉大な何か(≒国家、組織、共同体)のために」ということであろうか。
「自分より偉大な何かに属しているという感覚」を私たちが共有することを前提とすれば、競争そのものが否定されることはないだろう。国際社会での競争を貿易問題として捉える場合、マクロ経済学における「比較優位」のことを忘れてはなるまい。コーヒー豆・紅茶とハイテク製品の間には絶対的な優位差は存在しない。このようなことも含め、競争こそが国富をもたらし、ひいては貧困をも撲滅するのだと言いたい。今朝のニュースと昨晩のテレビ番組を眼にし、このようなことを感じた。 |
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(2006/11/11) ■■■「企業価値を考える(情報提供の質と経験の学校)」 【企業マネジメント】 |
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最近(2006年11月2日)、日立製作所の時価総額が三菱電機のそれを初めて下回った。こうしたニュースを耳にするにつれ、その企業には一体どれだけの魅力または価値があるのかに私たちの関心が向く。
企業価値と将来収益
まず、企業価値について考えてみよう。「企業価値」は、一般的に企業が生み出す将来収益の現在価値として定義される。企業価値には通常、株主価値(公開企業であれば時価総額)と会社総価値(株主と債権者への帰属価値)といった概念が使われる。したがって、厳密には「企業価値=時価総額」ではないが、本稿では両者をほぼ同じ意味で用いて差し支えないだろう。
この「将来収益」を予想するのは難しい。市場によっては大変不透明な代物だ。例えば、通信やメディアの世界では、数年先の短期的な将来でさえ、市場の変化を不確実である。米タイムワーナー・AOLの事例はそれを物語っている。
タイムワーナー・AOLの合併とその後の企業価値の喪失
タイムワーナー・AOLの合併により生まれた大型メディア企業の収益が、その後大きく落ち込むことを当時どれだけの人(株主やアナリストら)が予測できたであろう。メディア業界とインターネット業界におけるそれぞれの雄同士の結婚は、大きな相乗効果を生み出すものと期待された。しかし、その結婚は間違いであることが後に判明した。米CNNの創業者でもあるテッド・ターナー氏は、次のように振返っている。
≪1996年のCNNの親会社とタイムワーナーの合併は、コンテンツと媒体の両方の力を相乗効果で高め、正しい戦略だった。その証拠に株価も3倍に上がった。だが、2001年のタイムワーナーとAOLの合併は、米合併市場最大の失敗だった。(略)結果的にタイムワーナーの大株主として私は何十億ドルもの財産を失った。≫(同紙2006年10月30日記事)
テッド・ターナー氏ほか当時の経営陣ほどの、数々のビジネスを成功させてきた、百戦練磨の人物がどうしてこのような事態を予想できなかったのだろうか。
情報提供の質を高めることの限界
株価下落について、ある大学教授は次のように指摘する。≪株主が買収後に株価下落に見舞われないようにするには、株主への情報提供の質を高めるような実務上の工夫が必要であろう≫。質を高めることにより、自社の戦略や手の内を開示することは当然ながらできるものではない。そのような行動をとる、競争者にとっても分かりやすい企業は、たちまち競争者の餌食とされかねないからだ。
「情報提供の質」の中身やその正確さ(あるいは企業環境の潮流への見通し)が問題だ。株価下落に見舞われたタイムワーナー・AOLの買収後では、単なる「情報提供の質」だけの問題では説明がつかない。では、情報提供には他に問題はないのか。同教授は≪解決されない問題もある。それは、株主に対する買収者の強圧的な情報提供と、経営側の過大広告的な情報提供をどう封じ込めるかという問題だ。≫と指摘する。
強圧的または過大広告的な情報提供を見抜く
株主に対する買収者の強圧的な情報提供と、経営側の過大広告的な情報提供がなされることで、企業価値を正確に予想することが難しくなる。なるほど、こうした側面はあるだろう。この買収者(投資銀行含む)と経営者の両者は、ともに株主に対して必ずしも中立的な意見を表明するとは限らず、≪経営陣を支持する傾向がある≫。私の過去の仕事においても、こうした傾向があることを想起できる。
この「強圧的または過大広告的な情報提供」を見抜くには、どうすべきか、どうあるべきか。それには経営陣の能力に注目する。そして、この場合の能力とは、買収後で変質する企業の舵取りに関するものだ。変質した企業ないし事業のマネジメントに関し、しかるべき事態に対し的確に判断できることが重要だ。
したがって、情報開示には、経営の舵取りに不可欠となる場面・状況と、どれだけ類似の経験を積んでいるかを示すことが求められる。ただ、安定的で成熟期の市場であればともかく、通信・メディア(IT業界)のような将来見通しが定まらないケースでは、どんか経験が役立つのか、ここが難しい。
経験の学校
解はないのか。この経営者や現場のマネジャーの経験に関し、システマティックな研究が求められる。
モーガン・マッコール氏(南カリフォルニア大学マーシャル・ビジネススクール教授)の唱える、「経験の学校」が参考になる。この学校では、マネジャーの経験を系統立てて整理し、才能を経験につなげるメカニズムや人材開発を企業戦略に直結させる方法を教える。
以上、企業価値を考えるには、情報提供の質を見極めること、さらに経営者が経験の学校にて、これからのマネジメントに必要な学習課程をどれほど済ませているのか、ということに今後注目すべきであろう。 |
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(2006/11/11) ■■■「M&Aとイノベーション経路」 【企業マネジメント】 |
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M&Aは企業価値を高めるための有力な手段だ。そして、その企業価値を測る際、大抵持続的成長を前提にすることが多いのではないか。しかしポイントは、その企業の事業が今後どのようなイノベーションを辿るか、あるいはいかなる競争を仕掛けられるかによる。その知見をもつことで、企業価値はより正確に予想することができるようになる。
ある企業に投資するとき、または買収時の買収側と被買収側の企業の置かれた状況を考えてみよう。その際、企業の置かれているポジションや状況に注意を向けることにする。例えば、どんな成長ないしイノベーションの過程にある企業なのか、あるいはその企業が置かれた競争状況はどのようにになっているのか、さらには株主が注目する企業の中長期的な見通しはどうか、といったことだ。
収益性を重視した投資先企業と成長余力の関係
現安倍政権においては、前政権と比べ遥かに成長が重視され始めた。「構造改革なくして成長なし」と主張し続けてきた小泉政権とは、その主張に大きな違いが見られる。成長重視路線が再び重視されてきたことは歓迎すべきだ。企業は成長により収益性、ひいては企業価値を高める。
では成長の中身と収益性について考えてみよう。企業価値を考える際、成長や収益性がどれほどあるかが重要なことだ。ある学者は、≪回復してきた経済状況をより力強い成長に結びつけていくためにも、安易な規模の拡大や多角化ではなく、収益性を重視した投資を行う企業が多く現れることを期待したい。≫と言う。
ここで、株価を左右するものは、必ずしも成長の方向ではないことに注意しよう。株価に影響を与えるのは、収益やキャッシュフローの変化率における予想外の変化となる。将来の投資家にもたらされるリターンとは、将来の市場平均収益率と同じになることを考えると、投資先企業の成長や減退ぶりがどの期間まで、あるいはどの程度の正確さで反映されているかがポイントとなる。
言い換えると、将来の成長率見通しが明瞭に株価に織り込まれている場合、経営者はその成長圧力に常にさらされることになる。そして、その圧力を跳ね返して期待収益率を維持することのできる企業は、内外の各種調査結果によると概ね10%程度とされる。とても厳しい世界である。つまり9割方の企業は、株主の期待に応えられず、数年程度の後には、企業価値を落とすことになる。
収益性を支配するイノベーションとそのジレンマ
一方、株価に織り込まれている場合はどうか。既存競争者がその企業に対して攻撃する気がない行動をとらせるような心的状態(=「不均等の意欲」状態)にあり、将来の成長が十分織り込まれていないような場合、投資先の規模の企業価値は大いに高まる可能性がある。当該企業は、既存競争者が油断している間に、差異化できる武器(不均等の技量)の性能を高めることができ、その武器を用いて将来の市場において大いに頭角を現すことができるようになるからだ。
なぜこのようなことが起こるのか。これは、「イノベーションのジレンマ」として、いまや私たちに知られることになった。投資先事業の成長の余地が限定的か、またはもはやほとんど存在しないことに、その企業も気づかず継続価値を維持するように自らを仕向けるゆえに、ジレンマが生じる。
したがって、投資を行う企業の現在および将来のイノベーションの経路やその様子を知ることなしに、真の収益性を予想することはできない。「収益性を重視した投資を行う企業」のことを論じる前に、収益性そのものがどのようなメカニズムでもたらされるかを知らねばならない。
投資先または買収先の企業や事業が、〔A〕満足度不足の顧客に対して生き残りのためのハイエンドに向かったイノベーション途上にあるのか、〔B〕満足度過剰にある顧客に対してローエンドの低価格でカスタマイズしやすいイノベーション途上にあるのか、さらには〔C〕これまで存在しなかった非消費の機会を突くイノベーション途上にあるのか、が十分区別されているか(そのような情報を得ているのか)。この区別の違いにより、企業価値を予想する際の振れ幅は大きくなる。この3つのイノベーションや成長の経路を十分明らかにした上で、投資先または買収先の企業や事業を改めて見ることが重要だ。
M&Aは成長力ある社会・経済を実現するための短期的な一手段
M&Aに話を戻そう。あるアナリスト氏は、≪成長力ある社会・経済の実現には、M&Aの定量的・実証的分析があってしかるべき≫と指摘する。M&Aと成長力には関係がある。しかし、それは必ずしも因果関係ではない。つまり、M&Aが株価を決め成長力をもたらすのではない。持続的成長の要素が株主価値を決定する。また、M&Aはそうした社会・経済を実現するための短期的な一手段ではあるが、多くの場合、M&Aで市場の理解が得られ企業価値を高められるのは、上述のAタイプのイノベーションか、Bタイプのイノベーション(ローエンド型)の経路をとっている場合である。
中長期で見た場合、かつてベンチャーに過ぎなかった日本企業(ソニー、ホンダ、松下、キャノンなど)が、粘り強く辿ったCタイプのイノベーション(非消費型の新たな市場創造)のほうが、M&Aよりもはるかに成長力のある社会・経済をもたらすことに寄与するはずだ。わが国には、こタイプのイノベーションを、再び生起させるメカニズムを働かせることが求められている。そして、これまでのような試行錯誤の域を脱し、実証的研究を基にした知見を総動員することが、私たちには突きつけられている。
中長期のキャッシュフローを予想する際の前提となるイノベーション経路
前に取り上げた「企業価値を考える」際、専門家は概ね、持続的成長下にある市場や企業を対象としていることが多い。過去の企業価値の算定において、数週間から4半期程度の短期的なケースならともかく、半年~1年先を超えた中長期的なスコープでは、その算定値は大きくはずれるケースも少なくない。実際の時価総額(≒企業価値)は、当初予想のものと比べ、前述の通り大抵9割方は大きく乖離する。
この乖離幅をもっと狭めることはできないものか。それには、次のようなことを考慮することが有効であることが、実証的に確かめられつつある。中長期の企業価値の予想には、当該企業がどの種別の成長・イノベーション経路に留まっているのか、そして、そこを今後も力強く突き進んでいくための変化のシグナルは何か、あるいは不均等(差異化)の盾(意欲)に隠れ人知れず矛(技量)を磨いているのか。こうしたダイナミックなメカニズムを想定することが求められる。
特に中長期のキャッシュフローを予想する際には、その前提(経路性などの市場環境、顧客の製品・サービスの利用状況など)がきわめて重要となる。企業の行動とその結果をうまく予見しえる理論やアプローチに関する研究は、年々進展している。こうした知見を考慮したうえ、企業価値にまつわるより的確な情報提供が株主へなされるようになれば、資本市場での透明度はいまより一層高まることになるのではないだろうか。
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(2006/11/11) ■■■「日経・経済教室の「企業価値を考える」を読んで」 【企業マネジメント】 |
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どの経路でもロックインが効くわけではない
日本経済新聞(経済教室)には、「企業価値を考える」をテーマにした4回シリーズ(2006年10月31日~同年11月3日)が掲載された。
「長期的な企業業績の拡大」が企業価値を左右する。株主にとっても大いに関心のあるところだ。この企業業績とロックイン効果を結びつける学者もいる。柳川範之氏(東大助教授)は、≪産業としての規模の経済性と企業レベルでの経済性を区別する必要がある。(略)また、シェアを拡大しても動学的規模の経済性、より具体的にはロックイン(囲い込み)効果がなければ、長期的な企業業績の拡大にはつながらない。≫と言う。ロックイン効果が企業業績に関連があることは正しい。しかし、逆は必ずしも真ではない。つまり、ロックイン効果が効く局面と効かない局面があるからだ。
そこで、ロックイン効果がどの局面で働くか考えてみよう。クリステンセン(ハーバード大学教授)のイノベーション理論の言葉を借りることにしよう。
企業の立ち位置として、顧客満足度が不足しており、まだ富者市場へ向かって持続的成長を続ける企業においては、ロックインは意味がある。その企業にとっては、統合的なマネジメントをするのが差別化(不均等の盾)につながり、競争優位を築けるからだ。しかし、満足度過剰にある市場では殆ど意味がない。
ロックインをねらえる企業の規模だけでは、当該企業の企業業績は予想できない。さまざまな資源要素(人的資本、技術、顧客関係など)や業務プロセス(相互調整、意思決定のパターンなど)を統合している度合いと、後述の異なったイノベーションが進展していく市場の種別が問題になる。
「プロセス買収」の難しさと中長期予想の前提
同シリーズのなか、矢野佳彦氏(ゴールドマン・サックス証券マネージング・ディレクター)は、次のように指摘する。≪株価を上回るプレミアムの支払いが正当化できるかどうかを多面的な分析によって判断することが議論の焦点であろう。(略)なぜ、当該企業の株価が正当に評価されていないのかを定量的に議論をすることが出発点。(略)要するに、株主価値の向上は企業の持続的成長に不可欠なのである。(略)M&Aの定量的・実証的分析は成長力ある社会構築に向けた第一歩である。≫
このことも、矢野氏の主張する「買収には資本の論理尊重」という文脈のなかでは異論はない。同感である。若干異なる視点を示そう。
過去3年間ほど、特に通信メディア産業におけるM&Aやそれに伴うファイナンスに関する仕事が続き、都度、事業計画などを評価する機会に私もあずかっている。株価のプレミアム性を定量的に評価することもする。決して簡単な仕事ではない。被買収企業の資源(設備や人材などの資産)やその資源を活用してキャッシュフローを生み出すためのプロセスを、買収企業側が取り込んだ際、自社のバリューチェーン上でそれらが十分機能することが明瞭である場合、買収合戦に伴うプレミアム性が高まる。
しかし、「資源買収」は簡単でも、プロセスに別のもの(買収先のプロセス要素=仕事のやり方など)を組み込むことまでを期待した、「プロセス買収」はかなり難しい。したがって、買収後にこれまで以上の力強い成長につながるケースは必ずしも多くない。
自社のプロセスに異質のものをうまく取り込めない限り、価値(収益やキャッシュフロー)には転換されないからだ。価値と希少性などなくしては、市場での競争優位は築けない。さらに、買収資源の配分プロセスにおいて、事業機会や競争優位につなけるための優先付け判断のために用いる規範(価値基準)まで考えると、大抵はプレミアムほどの価値創出には結びつかない。
また矢野氏の文脈からすれば、確かに「株主価値の向上は企業の持続的成長に不可欠」であると言えよう。その一方むしろ通常では、「持続的成長の要素が株主価値を決定する」と言う。どちらにせよ、どの成長・イノベーション市場にある企業のことを指しているのか、ということだ。ここでの矢野氏の指摘も、ハイエンド市場に向かった持続的なものに乗った企業を指しているようだ。どの経路上にある企業かどうかという前提により、その株主価値を推定する範囲は大きく変わりうるということだ。
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(2006/10/27) ■■■「MNP後に、やはり「大人」でなかったことが判明した(?)ソフトバンクモバイル」 【通信メディア】 |
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月曜。早朝から深夜までソフトバンクモバイル(SBM)のニュースが何回も報じられた。MNP(モバイル・ナンバー・ポータビリティ)が10月24日にスタートし、乗り換えのための情報システム能力が十分機能せず、携帯電話の契約業務の停止に追い込まれた。間際に価格戦略が打ち出されたために、“予想外”の需要見通しとなり、情報システムが追随できなかったようだ。そう驚くほどのことではない。
ドコモやauから、「0円広告」が不当であるとの槍玉に上がり、SBMのMNP後の船出は、ADSLサービスのYahoo!BB登場の初期のように、関係者には苦いものとなった。消費者から見ると、携帯電話の料金は大変複雑なものであり、SBMに限ったことではない。それよりも次の点は依然注目すべきことだ。深夜での自社携帯同士では通話かけ放題、あるいは明瞭も自社同士であれば無料といったように制限つきながら、0円ないし大幅な低価格戦略を講じたことの意味は画期的である。これまでの寡占市場のうまみを知るドコモやauでは、決して実施しえなかったものに違いない。
Christensenの言葉を借りれば、SBMがまず、低価格でカスタマイズ容易なローエンド市場を狙うのは正攻法のアプローチといえよう。これで一定部分の市場シェアを切り崩すことは十分できる。普及率72%の携帯電話市場では、〔A〕金払いのよい消費者を顧客とするハイエンド市場を見込んだ成長は、飽和の勢いを増しているからだ。満足度不足の顧客数は年々減少している。ハイエンド市場の成長性には陰りが見えてきたことは明らかだ。(もちろん、従来の通話サービス向けの財布とは別の財布の紐を刺激できるようなことができれば、この限りではないが。)
となれば、〔B〕今般SBMが採ったようなローエンド型イノベーションを狙うか、あるいは〔C〕現下の携帯電話サービス(通話とデータ通信)をまったく使ったことのない非消費者をターゲットにする企業が、将来の携帯電話市場を制することになろう。それが、SBMかそれとも既存大手の2社か、それともまったく別のダークホースが登場するのか、これからがいよいよ面白くなってきた。携帯電話市場を含む情報通信産業の将来見通しについては、経済学および経済学の視点からポイントを整理し、近く出版にまでこぎつけたいと考えている。 |
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(2006/10/20) ■■■「総務省CATV研究会、NGNとの関係に踏み込み議論」 【通信メディア】 |
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CATV事業が注目されてきた。 先日、ある新聞社の経済記者が私を訪ねてきた。KDDIのような通信事業者による最近のCATV事業会社の買収や提携の動きをどう思うか尋ねられた。NTTへの対抗措置でもあるため、ソフトバンクにおいても同様だ。つまり、NTTのFTTH事業への取り組みに危機感を抱いている。この記者は随分と勉強しているようだった。何人もの関係者へのインタビューを通じ業界のことに詳しかった。この種の取材では、私は今後の展望を示すのみに留めているので、特ダネ記事を書くのにはお役に立てなかっただろう。
下の参考記事では、音好宏助教授が、いくつかのポイントを総務省に示した。同助教授とは、もう10年弱近くの昔に、ある通信市場に関する業界勉強会で一緒になったことがある。私は、この夏まで総務省のNGNに関する検討会の委員を務めていた。ただ、この検討会ではCATVとNGNとの関連はあまり議論されなかった。
≪地上デジタル放送を受信できない条件不利地域でのCATV事業者のインフラ整備には、「国が財政・金融・税制上の支援を行う」とする具体案≫は、当面の策としてはまっとうと言えるかも知れない。CATVを巡る問題を整理すると2つに大別される。〔a〕国の支援を引き出すデジタルデバイド解決アプローチと、〔b〕CATVインフラを取り込みたい総合型通信事業者の戦略に関するものだ。
デジタルデバイド解消には、衛星通信もその解を与えうるオプションとなる。MSOの仕組みが導入されて久しいが、CATVというとこれまでどうしても市場競争のフレームワークには乗らないものだった。それがいよいよ、KDDIなどの総合型通信事業者が触手を伸ばしてきた。FTTHサービスの攻勢をかけるNTT東西への対抗策だ。
ただ、キャスティングボートを握っているかのような今のCATV会社は大手であってもその能力は、いずれ総合型通信事業者に統合(買収)される流れになっていくのではないか。「能力買収」において意味のある買収対象は、ネットワーク資源と顧客となる。Christensen流にいえば、プロセスや価値基準はあまり役立たないだろう。
<参考記事の全文または抜粋> http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20061020/251418/ ≪総務省は10月20日、「2010年代のケーブルテレビの在り方に関する研究会」の第7回目会合を開催した。今回の研究会は、構成員である上智大学の音好宏助教授が「ケーブルテレビの将来展望を考えるための課題」と題したプレゼンテーションを実施。それに続き、第6回目会合で挙げられたケーブルテレビ(CATV)をめぐる課題に対する方策案を総務省が提示した。 音構成員はCATV事業者が再編や統合によって、都市部を中心に複数のCATV局を手広く運営するMSO(multiplesystemsoperator)型と、特定市町村に密着する公営型に二極化している状況を説明。現在、二極の中間に位置する“地方都市型”とも言うべき事業者がMSO型事業者に吸収される構造にあるとした。 続いて総務省側が第6回会合で挙げた課題に対する方策案を提示。例えば、地上デジタル放送を受信できない条件不利地域でのCATV事業者のインフラ整備には、「国が財政・金融・税制上の支援を行う」とする具体案を示した。 映像配信市場の公正な競争環境促進という観点から、通信事業者が進めている次世代ネットワーク「NGN」との関係にも言及した。CATV事業者はNGNのインタフェース条件について、「積極的に関与し、必要に応じてインタフェース条件のさらなる開示を通信事業者に要請する」との案を示した。 総務省は、一部地域を対象とするFM局であるコミュニティFMとCATV事業者の連携についての課題にも一歩踏み込んだ案を提示した。現在は「有線テレビジョン放送法」と「電波法」の審査基準によって、CATV事業者とコミュニティFMの兼営が制限されるているが、「具体的ニーズがあるかを調査した上で、必要であれば審査基準の見直しを検討する」とした。≫ (出所)大谷晃司=日経コミュニケーション[2006/10/20] |
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(2006/10/20) ■■■「FTTH市場でのNTTグループの独走を危惧する競合事業者、対抗策を模索」 【通信メディア】 |
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イー・アクセスの千本会長の心配は、ソフトバンクの孫社長の比ではないだろう。確かにFTTH市場が、NTTグループに独占的に支配される状況が出現すれば、イー・アクセスのADSL事業は壊滅的な打撃を受けるだろう。
ADSLサービスが本格的に日本市場に登場した当時、このADSL技術は破壊的であった。イー・アクセスやソフトバンクのような新興勢力だけが、この技術を導入できた。そして、レガシーなドミナント事業者においては、当時ISDNを普及させようとした事業計画を狂わされた。しかし今や、ADSLもFTTHもブロードバンド市場という持続的成長領域での代替関係にあるサービスとなった。消費者のニーズ(用事)を片付けるレベルが、安価かつ数Mbpsで済んだ(満足した)ポジションから、消費者が許容できる範囲の安価さで、かつ数十Mbpsが求められるポジションにシフトし始めたからだ。
市場の行方は不確実で不透明な時は、市場競争に委ねるのがエコノミクスとしては効率的だ。しかし、その行方がある程度予見の範囲であれば、市場の効率化をはかる際、国の一定の関与に合理性が認められる。千本会長が訴えることは、この文脈の中にあるのではないか。
言い換えると、FTTH市場の拡大の「方法」が、わが国の情報通信市場の今後の発展の経路を規定することになろう。ただ、FTTHによる物理的インフラが整備される途上、それを基盤にしたサービスの発展形態は、きわめて多様(=不確実)な状況が予想される。つまり、このサービスレベルの競争には国の関与は原則必要ない。
<参考記事の全文または抜粋> http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20061020/251409/ ≪「現在のFTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)市場の拡大は、NTTグループの独り勝ちを反映しているだけにすぎない。このままではデジタルデバイドは拡大し、市場競争も縮小してしまう」――。イー・アクセスの千本倖生会長は、同社の子会社で移動通信事業に参入予定のイー・モバイルの事業説明会で、固定通信事業の競争状況に対する懸念を表明した。「NTTグループが異常とも言える販売促進費を投じて、ADSL(非対称デジタル加入者線)サービスの加入者をFTTHサービスに移行させている。これではADSLサービスで実現していた事業者間競争が働かなくなり、市場が拡大しない。その結果、NTTグループも採算性が悪化していくだろう」と警告する。 NTT東西地域会社のFTTHサービス契約者は2006年6月末時点で400万件を超し、シェア(市場占有率)では64.6%を占める。総務省の調査ではNTT東西のシェアは四半期ごとに数%ずつ上昇する傾向にあるという。こうした寡占傾向が強まることにより、「FTTHサービスは普及するのではなく、ユーザーを効率的に獲得できるエリアにしか提供されなくなる」(千本会長)という。全家庭に引き込まれた電話線を使えるADSLサービスでは、競合事業者が多数登場したことによって提供エリアの拡大が進んだ。だが、競争相手がいないFTTH市場では、NTT東西は、ユーザーが集中する都市部に集中して契約を獲得するだけで、グループの目標である3000万契約を達成することも可能だからだ。≫ (出所)滝沢泰盛=日経ニューメディア[2006/10/20] |
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(2006/06/08) ■■■「“この国のかたち”決める議論、広い視野必要」(「通信・放送懇」報告、専門家は何点をつけたか?) 【通信・放送】 |
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当原稿は、NIKKEI NETの緊急アンケート:通信・放送改革の論点「通信・放送懇」報告、専門家は何点をつけたか?」(http://it.nikkei.co.jp/business/special/ronten.aspx?n=MMITug000007062006)向けに寄稿したものです。 | |
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Q1)最終報告書への評価 報告書に盛り込まれた以下の点について、個人的な評価の点数(5段階評価)と、その理由を簡潔にお書きください。(特にご意見のない項目は空白でも結構です)
●NTTの再々編問題 (NTT問題は1企業や情報通信産業だけの問題ではなく、国富につながる問題) ≪3点≫
アクセス部門の問題を真っ向から取り上げたことには敬意を表したい。ただ、アクセス部門の機能分離では不十分というべきだろう。
竹中大臣も主張する「NTTの経営の自由度」と、アクセス網を維持することのメリットや経済的利得(株主価値など含む)を両天秤に架けた議論はなされたのであろうか。両天秤に架ければ、少なくとも懇談会の結論はより明確になったに違いない。 NTTと競合事業者だけの問題ではなく、新たな経済成長パターンをわが国が描けるかの試金石であったにもかかわらず、マクロ経済といった全体的な視点が欠如していたのではないか。
●NHKの経営問題 (チャンネル数削減、スポーツ・娯楽製作部門の分離、番組コンテンツのネット公開など) ≪2点≫
今議論することの問題の核心は、チャンネル数削減などの緩和策や現状の延命策ではなく、戦後のNHK設立のミッションに立ち返るところあろう。つまり、国民の娯楽提供といった機能・役割はとっくに終焉している。NHKの存在そのものを問われているのだ。
したがって、今考えるべきは、NHKを民営化(解体)するか、あるいはそれを前提にし、一部機能を切り出した上での新NHKを、いかに新たな産業の核に据えるかの問題ではなかったか。NHKの所有する膨大なコンテンツ、そしてその突出した制作能力などを、次の産業育成と発展のために活用するための枠組みを創ることが求められた。
●放送コンテンツのネット再送信問題 (IPマルチキャスト放送の地上波同時送信、伝送路の多様化に対応した著作権法抜本改正、マスメディア集中排除原則の緩和など) ≪4点≫
IPマルチキャスト放送の地上波同時送信は、IP技術により可能なこと、および消費者ニーズの観点から、それに向けて解決策をとることは時代に流れ。懇談会でその方向性が明確になった。
著作権の抜本改正には、さまざまな抵抗があろうが、ここまで踏み出した成果は大きい。ただ、著作隣接権者はともかく、個人や立場の弱い主体の著作権を無闇に毀損させるようなことは、当然慎むべきだ。産業全体の発展とこうしたマイナー領域での問題のバランスをとることが重要えあろう。
マスメディア集中排除原則の緩和を通じ、今後の民放ローカル局の再編と自立を目指せるような枠組みまで議論され、その方向が模索されることが望まれた。ただ、懇談会の期間の短さを考慮すると、集中排除原則の緩和を打ち出せただけでも大きな意義はあったのではないか。
Q2)通信・放送融合の将来像へのご意見
≪NTTの再再編問題≫
NTT問題をせいぜい情報通信産業の枠組みの中だけで捉えてしまったのではないだろうか。マクロ経済の視点が抜けていた。電電公社時代では、メタル電話網という資本と積滞解消などのために膨大な労働力が投入され、我が国の情報通信基盤が整備された。ここまでの電電公社の役割は大きかった。
その後、1985年に民営化がなされ、情報通信産業は競争の時代に入った。通信サービスが普及期にある時は、低価格競争などが進んでも市場拡大はなされる(需要の価格弾力性が大きいため)。
しかし、今日、インターネット時代に入り、電話とは質量の点で大きく飛躍したサービスが競争の鍵を握るようになた。つまり、さまざまなコンバージェンス(FMC、通信と放送の融合、端末とコンテンツの融合など)サービスの時代に入った。特に現下のデフレ経済下では、GDPの最大部門である消費重要(「財布の中身」と「財布の紐の締り具合」)をいかに刺激・喚起できるかに注目される。
1999年前のNTT再再編問題では、この本格的なインターネット時代を読むことができなかった。そして今は、多くのことが満たされてしまっている消費者の根源的な欲求・行動にいかに訴求できるかが、競争戦略のポイント、ひいては市場の発展には重要になった。このことは、従来の経済学の限界を示す、行動経済学という領域に関心がもたれている証左でもある。
成長会計モデルにおいても、新たな視点と要素がクローズアップされるべきだ。まず、新たな資本(デジタルインフラ)と知識や情報をフル活用できる知的労働力の投入が重要だ。デジタルインフラとは、さしずめ光ファイバー網やワイヤレス網のことだ。この2つの要素に加え、3つ目の要素(TFP:全要素生産性)を高めること、つまり技術革新(イノベーション)の進展や、知識・情報の蓄積とその流通(スピルオーバー)がなされることで、均衡拡大的な経済発展がなされよう。これを目指すべきだ。言い換えると、消費者は一層経済的に(も)豊かになり、情報通信産業ほか関連産業全体の発展につながる。
NTT問題は、アクセス系という情報通信産業全体のパイを広げ、新たなコンバージェンスの時代に産業全体が移行できるかどうかの鍵を握っている。アクセス部門を巡り、NTTが有利かそれとも競合事業者が有利かといった次元で、この問題をとらえると、わが国の将来の損失は計り知れない。NTT法の改正まで踏み込んだことは、大きな成果である。しかし、2010年までに先延ばしすることで、将来のあるべき「この国のかたち」形成において、またも禍根を残すことになったのではないだろうか。
NHK問題については、戦後ほぼ同じような状況下で設立された、今のNTTの発展やNTTを核に周辺市場が大きく拡大発展していった情報通信産業のこれまでの様相と照らすと、何とも旧態依然の感を抱かざるを得ない。
≪NHKの経営問題≫
NTTを巡る問題のアナロジーは、NHKや放送業界にも当てはまる。
NTTは、電電公社が民営化され、さらに情報通信産業の共有地(コモンズ)とも呼ぶべきアクセス網の開放を巡り、“飛躍”の機会に直面している。アクセス部門を切り離し、最近のマネジメント手法であるオフ・バランス的な思考をもった上で、経営の自由度を高めることのほうが、将来の事業価値(会社の価値)を高めることができよう。欧米のオペレーターには、このような経営マインドがある。
旧い資産価値がどの程度あるのか、それを維持することの経済的かつ政治的コストはあまりにも大きそうだ。スピードと創意工夫・戦略などのバランスシートに乗らない要素が、競争を決める時代となった。 NHKについても、同様だ。
最低限の“公共性”のみを残し、民営化するのが時代の主流だろう。そして、民営化した後に新たなメディアカンパニーを目指すのも有効な方策のはずだ。規模の問題とこれまでの独占的な要素があるため、幾つかの過程を踏む必要はある。
その上で、民放事業者とのダイナミックな競争のフレームワークを放送メディア業界にも導入することが求められる。業界再編の後、放送メディアカンパニーが通信網を所有するか利用するかたちで、通信と放送の両陣営のコンバージェンスを進めること(経営者の意思により自然と進むようにすること)が、国富を増大させるという観点で重要ではないだろうか。
≪放送コンテンツのネット化≫
TV番組などを含むコンテンツを放送業界のみの発想と流通の仕掛け(放送インフラなど)で囲い込んでしまっている経済的損失は大きい。2次流通させる(マルチウィンドウ化する)ことは、前述の通り、知識や情報を社会や市場に流通(スピルオーバー)させることにつながり、つまり、経済成長(関係産業の発展)の鍵を握るTFPの増大にもつながろう。
この問題に限らず、わが国の通信・放送行政は放送業界の既得権益を許してきた。英国やドイツでは既に実施されているにもかかわらず、わが国の通信・放送行政は統合的な組織の下で行政がなされて来なかった。
この再送信問題は行政のあり方へも課題を突きつけている。加えて、縦割り行政が、いかにマクロ経済という経済・社会システム全体を見渡して来なかったかの問題も惹起している。
≪総括≫
以上の当懇談会で取り上げたアジェンダは、どれも大変重要なものだった。わが国の「この国のかたち」を決定付けるような事案が多かっただけに、やや中途半端あるいは失速気味で議論が終了してしまったことは、大変残念である。
わが国は、英国や米国並みに、年率4%台(できれば5%)を狙えるような経済成長パターンを模索すべき時に来ている。懇談会のどの事案も、この国富増大に結びついていた。その意味で、より高い、あるいは全体を見渡す観点から、この議論がどこかで継続すること、あるいは結論の早期アクションを期待したい。 |
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(2006/02/23) ■■■「通信と放送の融合を読む(新媒体・種の誕生の契機) 【通信メディア】 |
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通信と放送の融合にみる媒体(メディア)の変遷は、ある種、地球上の生物進化の過程に似ているようだ。あるいは、哲学的にはヘーゲルの弁証法的な発展を遂げるかのような予感がある。
通信と放送の融合の底流にあるもの
通信と放送の融合の底流にあるもの(本質)を考えてみよう。
端末などの製品・サービスレベルでの“融合”(例:テレビとインターネットなど)とは、両者の補完関係の現われと表現できる。しかし、生物進化論の最近のある仮説を参考にすると、何も「通信⇒放送」あるいは「放送⇒通信」といった1つの媒体(種:通信インフラまたは放送メディア)が質的に変化することではない。
むしろ、「通信⇒通信+新媒体(種)」あるいは「放送⇒放送+新媒体(種)」へと、媒体(種)が1つから2つに増加すると考えられる。これは、ミクロ経済学での補完でもなく代替の関係でもない。代替というのは、いわば優勝劣敗という従来の生物進化の原理(ダーウィンの自然淘汰や適者生存に基づく進化論)によるようなものといえよう。つまり、劣者である旧種が優者である新種に取って変わられる。
しかし、クレイトン・クリステンセン(ハーバード大学教授)の研究をみても、これは必ずしももそうなっていない。むしろ、最近の動きとして、劣者であったはずのIP技術が、優者である回線交換技術を凌ごうとしている。一見ローテクの破壊的技術群が勝つ“劣勝優敗”となっている。そして、ここでの劣者に注目すると、例えば、IP技術の改良・革新には、圧倒的に多くの参加者が介在していることに気づく。
小さな改良が連続し、あるクリティカル・マス(臨界点)を超えると、まるでヘーゲル(またはエンゲルス)の弁証法において、相互対立要素が止揚(アウフヘーベン)されて、新たな異質の要素を生み出す、つまり革新(イノベーション)が起こることに似ている。
生物進化と弁証法的発展
かつてヘーゲルは弁証法的発展の説明として、古いものが否定されて新しいものが現われる際、古いものが全面的に捨て去られるのでなく、古いものが持っている内容のうち、積極的な要素が新しく高い段階として保持されると考えた。この考えは、前述の生物進化論の仮説とも重なるものがある。
ヘーゲルのいう、概念が自己内に含む矛盾を止揚して高次の段階へ至るという論理構造は、「正・反・合」という3つの段階で示される。ここで重要なことは、最初の「正」(始原または起点となる状態)の段階では、相反する要素(種)が存在しているととらえることだ。
つまり、同種のものだけがあっても、発展(進化)は起こりえない。「反」という2つの中心(種)が存在することで初めて、「合」(新種の誕生)に至るということだ。
「新媒体(種)」誕生の契機を与える主体
やや哲学的(ないし生物進化論的)になってしまったので、現実のIT産業の直面する状況に立ち返ろう。
通信と放送の融合の底流にあるものは、現媒体(種)についての変化ではなく、新媒体(種)の創出とみなせよう。そして、新媒体(新たなメディア)は、現下の伝統的な通信や放送ビジネスよりは、一見見劣りするような、しかし多様でオープンな技術群(種)が一定のビジネス環境のもと生き残ることで誕生するとも予見できそうだ。
このことは大変重要な意味をもつ。つまり、「新媒体(種)」誕生の契機を与えるのは、現下の通信会社や放送会社ではない可能性が高い。まるでまったく異質でかけ離れたところにいる経済主体(企業)が、その役割を担うことが予見される。
また、生物進化では「中間的な種」が存在しないように、媒体の進化でも、中間種(言い換えると、単なる融合・統合レベルのもの)は存在しないのかも知れない。いまの通信と放送の融合の先にあるものは、両者とはまったく異質な新種であるという可能性だ。
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(2006/02/16) ■■■「通信と放送の融合を読む(民放も例外ではない)」 【通信メディア】 |
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いま動いている竹中大臣懇では、NHKだけが改革の対象ではない。民放もその対象とすべきだろう。そうでなければ、小泉改革の目玉である“構造改革”にはならないのだろうから。現下、放送会社のよりどころとする視聴料モデルは、しだいに時代にそぐわなくなっていくだろう。通信と放送の融合という流れにおいて、インターネット(通信)と放送の関係は、いまの相互補完の関係から、やがて片方が他方を代替する局面も出てくるに違いない。
視聴料至上主義からの脱却
まず、引き続きNHKについて考えてみたい。NHKの番組のなかでもNHKスペシャルのようなものは、視聴率ねらいの低俗な番組しか手掛けられない民放ではとてもできない代物だろう。この種のものは、引き続き新生NHKに期待したい。これなら視聴者も対価を払おう。
ただ、視聴率という尺度は、わが国が高度経済成長にあったときの大衆向けのものである。人々が経済的に豊かになれば、国民の趣味や趣向は多様化する。テレビ視聴料のみに右往左往すると、NHKも民放も足元を救われる。
民放のテレビ広告市場は年間2兆円ほどある。しかし、テレビ広告をいま、どれだけの視聴者がまじめに見ているのだろうか。インターネット広告は、企業の販促市場13兆円と代替的な関係になりつつある。つまり例えば、ここ数年、インターネット広告とダイレクトメールは負の相関が認められる。
一方、インターネット広告はセグメント顧客に対して、その広告効果を把握しやすいため、テレビ広告収入の多くがインターネットに移転することもありえる。確かにテレビ広告は、流行づくりに適しており視聴者へのインパクトが大きいものだ。インターネット広告では、消費者を購入へと円滑につなげるために役割を担っている。こうした現在の実態は、両者棲み分けの関係、つまり補完関係にあるといえよう。
しかし、これがいつまで続くかだ。当初補完関係にあった財・サービスが、やがて代替関係となり、主従が逆転した(または、しそうな)ケースはいくつもある。例えば、古くはレコードとCD、最近ではCDとiPod(アップル社)、さらには、アナログカメラとデジカメなど。これらのケースでは、いずれもデジタル技術が下敷きにある。
電子ペーパー状のディスプレイでテレビを見る(テレビ画面上での融合)
広告分野では視聴者のコンテンツに対する認知の要素がその効果を左右するため、見ているディスプレイの大きさ、迫力、リードタイム性、あるいは広告コンテンツのメッセージ性などが重要となる。したがって、前述のような単なるデジタル機器のケースとは事情が異なる。ここで、テレビはケータイ端末に比べ、画面が大きく迫力があり操作が簡単といった程度のことが、視聴者の認知に有利だとすれば、いまのテレビの王様としてのポジションは今後弱まる傾向が続く可能性がある。
将来の技術的なトレンドを概観してみよう。例えば、有機ELのような素材で電子ペーパー状のディスプレイが、直に商用化されるに違いない。具体的には、ケータイ端末の背面に電子ペーパーが巻き込まれており、ユーザーはいつでもどこでも(モバイル環境)にて、その柔らかくて、引き伸ばせば大きな画面に早代わりするディスプレイ上で、コンテンツを視聴できるようになるだろう。こうなれば、着座型で楽しむいまのテレビよりも、パーソナル性とモバイル性がある分、テレビに比し別の広告効果を出せる。
以上のように、視聴者がコンテンツを楽しむ環境には着座型とモバイル型に区別できよう(他にもあろうが)。そして、自宅などの“第1拠点”やオフィス・学校などの“第2拠点”における着座環境と、その間に位置付けられる“第3拠点”としてのモバイル環境とでは、広告のねらいも変わってくる。前者(第1・2拠点)は従来の広告効果(流行づくり、インパクトのねらい)を、また後者(第3拠点)は販促向けの広告効果(セグメント別に絞り込んだメッセージ送付、および双方向コミュニケーションによる顧客接点の拡大)を期待できる。
モバイルという新たな環境で、追加的な需要をが引き出せれば、言い換えるとテレビを見る・“利用する”時間が増えれば、両者は補完関係のまま推移することともなる。マクロ経済でいう総需要(あるいは総所得)が増えれば、両者の市場規模は拡大推移することとなる。一方、モバイルの延長で着座環境にあるテレビを見るような状況となれば、確実にテレビの代替は進む。通信と放送の融合状態とは、両機能(両中心)の補完か代替かの関係を示しているともいえよう。他方、次回で触れるつもりだが、将来のIT産業の底流には、両者(産業の中心または種)とは異質の新たな中心(種)が誕生すしている可能性は高そうだ。
身近なところでは端末レベルでの融合が進む
近未来に話を戻せば、そのような産業の中心の誕生とか、その中心の位置の変化・移転といったものの前に、より現実的なものとして、いくつかの具体的な動きは出てこよう。
例えば、送り手からのメッセージに動画が含まれているような場合、受け手のケータイ端末に表示される段階ではテキスト表記であっても、その端末をテレビなどの大型ディスプレイにかざせば、当該動画コンテンツがスクリーンに映し出されるといった仕掛けをつくることもできよう。
あるいは、デジタルテレビの横長ディスプレイにおける左右どちらかの側に表示させる広告メッセージ等を、インターネットからのものとして表示させれば、視聴者はテレビの映像とインターネットの情報を、テレビ画面上に融合できよう。
通信と放送の融合は、何もどちらかの側の企業や事業を買収するなどの荒業に出なくとも、まずは端末レベルで融合させることができる。このような融合サービスは、次第に市民権を得ていくのではないだろう。
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(2006/02/09) ■■■「通信と放送の融合を読む(NHKの存在意義)」 【通信メディア】 |
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2006年は、本格的なコンバージェンスの時代の予感がする。通信と放送の融合、FMC(固定網と移動網の統合)など、コンバージェンス(融合や統合)が時代のうねりとなっている。情報技術(IT)または情報通信技術(ICT)のイノベーションは、産業全体のあり方や構造を変えようとしている。
このコンバージェンスについては、これまで私が別ページで論じてきたものとして、バックナンバー:「“IT革命第2幕”を勝ち抜くために」に再掲した。
NHKの存在意義に帰着
今年(2006年)の、いや将来のIT産業のトレンドを左右するものとして、まず竹中大臣懇(私的懇談会)におけるNHK改革問題を取り上げよう。
≪NHKの改革に関しては、私的懇談会で(1)不祥事を踏まえガバナンス(企業統治)の根本的な見直し(2)公共放送の役割や受信料制度の在り方―などを議論する考えを表明した。NHK民営化論については「公共放送は必要で、基本的に民営化とは少し違う方向と思う」とした上で、「公共放送の範囲がどれくらい必要かということや、コア(中核)でない部分をどうするかいうことを議論する。受信料制度がいいのかどうかも問題」と語った。≫(NIKKEI NET 2006年1月8日)
NHKの存在そのものが変容した。戦後の昭和時代には、力道山(伝説的なプロレスラー)の試合見たさに、街頭テレビに大衆は群がった。いまや力道山というコンテンツをしのぐまでとはいかないまでも、さまざまなコンテンツが山ほどある。
テニスのシャラポワ、卓球の福原愛、俳優の仲間由紀恵、山本耕史などなど。そして、NHK紅白歌合戦の裏番組が増えた。人気の俳優を司会役にできても、消費者は他の媒体でもお目にかかることができる。民放の存在だ。放送開始初期の頃のような独占事業ではなく、競争の時代にとっくの昔に突入している。
1951年の第1回紅白歌合戦の出場選手はわずか14組であったが、2005年では60組に増えた。一昔は夜9時スタートであったが、最近では午後7時20分からに放送枠を拡げている。NHKとしてはその存在感を示し続けたいのだろうが、結果、民放と視聴率競争をしている。
目玉のこの番組(紅白)にしても、もはや国がやるべきようなことだろうか。民業圧迫は放送業界では許されるのか。これだけを見てもNHKは事業を拡大し過ぎている。国の事業は、国しかできないものをやればよい。NHK改革の本質は、国しかできないことだけに事業範囲をとどめること。原点に帰ることだ。
NHKが存在感を示せる選択肢
通信の世界では、FMC(固定網と移動網の統合)などの動きが、今年は固定電話事業者のみならず携帯電話事業者からも活発化していくだろう。そのなか、通信インフラを通じさまざまなコンテンツが消費者へ簡単に届くようになると、コンテンツそのものの価値が自ずと高まっていく。通信と放送の融合の死生を制するのは、コンテンツに帰着するともいえよう。
その豊富で高質なコンテンツ資産を膨大の所持しているのもNHKだ。NHKには、強力な研究開発力や高度なコンテンツ制作能力がある。しかし、そのコンテンツが十分に活用(開放)されていない。視聴料という、いわば国民から徴収した資金によりコンテンツが制作されているにもかかわらずだ。ただ、NHKにすべての決定権がないのも現状だ。著作権や肖像権の権利処理はかなりの困難を伴う。紅白歌合戦の出演者のわずか1人が許諾しないゆえに、その年の番組は再放送できない事情もあるようだ。再送信(二次流通)問題は、民放でも同様であるため後述する。
NHK改革に話を戻そう。国しかできないことだけに事業範囲を再設定するための処方箋として、例えば、NHKはホールセール(卸売)をやればよい。つまり、視聴料をとるいまのBtoC(消費者)向けのビジネスモデルを改め、BtoB(民放)向けに転換する。民放は競争相手ではなく、お客様となる。ここが核心部分だ。通信業界においても、最近(2006年2月1日)、通信インフラのアクセス部分を握るNTT部門を、ホールセール機能として他から分離する案が再浮上した。同様のことだ。ましてやNHKのような国営放送局が、いつまでもアクセス系(視聴者へダイレクトに放送する機能)を堅持し続けるのは、不自然である。
ホールセーラーとしての高質な番組を、民放は新生NHKから買い上げる。そこから先の民放ビジネスモデルは現下の広告モデルでもよし、PPV(ペー・パー・ビュー)でもよいだろう。また、パソコンや携帯電話端末で映像を配信する事業者が、将来放送事業者の代替になるような存在となれば、そこへ卸してもよい。高質な番組を自ら制作できるところがあれば、そこと競争になる。
かくしてNHKの業務は制限されるが、国がやるべきことに絞るのが本来のNHKの使命・役割であろう。またそうなれば、NHKのこれまでのノウハウを民間企業が、ひいては国民がその恩恵として享受できるようになる。
再送信(二次流通)を最初から前提とした商習慣とビジネスモデルで
さて、前述の再送信(二次流通)問題について。この問題を打開するため、放送番組をはじめとする映像コンテンツをネットワーク流通させるに当たり課題となる複雑・多様な著作権などの権利処理を円滑化する動きがある。
例えば、総務省が行ってきた「権利クリアランス実証実験」(最終結果は2005年5月に公表)などだ。今後の実用面に向けた展開に期待したい。そして、権利クリアランスシステムは、国が運用するような性格のものではないため、実効性のあるレベルに早く引き上げ、そのシステムそのものを早く民間へ受け渡して頂きたいものだ。
ある面この種の問題のポイントとして、今後はコンテンツ制作の時点(あるいはその前)から、コンテンツホルダー(放送局等)と権利団体(または個人)との間で合意しておけばよいのではないか。権利クリアランスシステムを介在させることも効果があるかも知れないが、両者が二次流通を前提とした、いわば通信と放送の融合を前提としたビジネスモデルを描いておくことが重要であろう。
そのためには、これまでの慣習を改めるための軋轢が一定期間生じるだろうが、こうしておけば権利処理の問題は自ずと片付く。コンバージェンスの流れはより加速するだろうから、その時の備えになるはずだ。最後の護送船団業界といわれている放送業界が、いつまでも規制で守られた状況の延命策を取り続けると命とりになる。 |
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